聖ボナヴェントゥラ,ドゥンス・スコトゥス,ウィリアム・オッカム

プラトン哲学と神の融合を目指した聖ボナヴェントゥラ
ドゥンス・スコトゥス(1266-1308)
ウィリアム・オッカム(オッカムのウィリアム, 1285頃-1350)

プラトン哲学と神の融合を目指した聖ボナヴェントゥラ

ボナヴェントゥラ(1221頃-1274)は、トマス・アクィナスと並び称されるフランシスコ会学派の二大神学者の一人でした。ボナヴェントゥラは1221年頃にイタリアのトスカーナ地方のバニョレア(現在のバニョレージョ)で生まれましたが、幼少期から宗教界(修道会)に入ることが親によって取り決められていたといいます。

ボナヴェントゥラ登場以前の修道会では、フランシスコ修道会(小さな兄弟修道会)『禁欲・清貧・労働』の規律を重要視しており、『学問・神学・異端論駁』といった学術活動を重視するドミニコ修道会(説教師修道会)よりも聖書研究や神学論争でやや遅れを取っていました。フランシスコ修道会は良くも悪くも、所有権の完全放棄と物理的幸福の否定の上に成り立っていた禁欲主義の修道会でしたが、ボナヴェントゥラは厳格過ぎる規律に応用を効かせて、『衣食住の需要』に関して最低限の所有を認めたのです。

厳格に規律を守る規範主義の修道士たちは、その場その場で托鉢僧になって『必要な食糧』をお布施してもらうことを説いていましたが、ボナヴェントゥラは必要最低限のパンや貨幣などであれば所有しても良いとしたわけです。行き過ぎた贅沢や安楽は当然戒めるべきだが、神に奉仕するために必要な『心身の健康』を維持するために、必要最低限の所有物は認めるべきだと考えたのです。ボナヴェントゥラは1243年にフランシスコ会の修道院に加入して、パリでヘイルズのアレクサンデルやロケルスのヨハネといった豊かな知識を持つ博学な神学者に教えを受けましたが、その研究過程でアウグスティヌスを経由して、プラトン哲学のイデア論の影響を受けました。

ボナヴェントゥラは当時主流であった合理主義的なアリストテレス哲学に批判的であり、人間の知覚機能を超えたイデア(実在)の存在を説くプラトン哲学を神学に融合させようと試みました。『目で知覚できない神』と『目で知覚できないイデア(事物の元型)』を形而上学的な実在というラインで結び付けようとしたボナヴェントゥラは、神について『その中心がどこにでもあり、その周辺はどこにもない、知的な球のようなものである』という遍在性を定義しています。ボナヴェントゥラが傾倒したプラトン哲学は、本来のプラトンの思想ではなく、古代最大のラテン教父であるアウグスティヌスが理解したプラトンの思想でした。

ボナヴェントゥラは哲学的思索の果てにセネカのように『人生の時間の短さ』について強調し、人間の存在意義を(直接的に知覚できない)『神聖なイデア(神の実在)』の直観にあると考えました。ボナヴェントゥラは『神への心の旅路』という著作の中で、人間の理性を『上級の理性』『下級の理性』に区別して、日常的な問題を解決する下級の理性ではイデアとしての神を直観できず、上級の理性によってのみイデアとしての神の光を直観できると主張しました。ボナヴェントゥラにとってプラトン哲学とは『神との合一(忘我の恍惚)』のための道具であり、その神秘的な合一のために日々の禁欲的な瞑想と愛(献身)の実践が必要だと考えたのです。

ボナヴェントゥラの神学では、万物創造の偉業を成し遂げた神は『純粋無垢な光』であり、そのイデア的な神が放つ光によって世界のあらゆるものに生命が吹き込まれるのです。人間の『魂』はアリストテレス哲学が説くように『形相』と『質料』を持つ実在であるが、魂はそれ単体では不完全な『可能的知性』しか持たない。そのため、全知全能の神が有する完全な『能動的知性』の光に照らされなければ、真の普遍的な知性を持つことが出来ないのである。

ボナヴェントゥラは個物の一般的特徴を抽出した『概念』のことを指して普遍的な知性と言っていますが、この時代には実在論と唯名論が対立する普遍論争が盛んに行われていました。ボナヴェントゥラは、1257年にフランシスコ会の総長に選出される栄誉に預かりましたが、オックスフォード大学でのロジャー・ベーコンの講義を禁止するなど言論弾圧的な活動も行いました。教皇グレゴリウス10世のコンクラーベでの当選に貢献した功績で、枢機卿へと出世したボナヴェントゥラは、アルバーノの司教にまで登りつめました。ボナヴェントゥラは『熾天使的博士(Doctor Seraphicus)』という称号も持っています。

ドゥンス・スコトゥス(1266-1308)

トマス・アクィナスによってスコラ哲学の体系が論理整合的に確立されますが、そのトマス神学の体系に反駁を試みたのが、ボナヴェントゥラの系譜に属するフランシスコ学派のドゥンス・スコトゥス(Duns Scotus, 1266-1308)でした。ドゥンス・スコトゥスは神を経験的事実によって認識可能な存在と考え『無限の存在』として定義しましたが、ドゥンス・スコトゥスは『存在という概念の意味』が一義的に決定していなければ神を認識することは出来ないと考えました。

つまり、『人間の存在』の意味と『神の存在』の意味が異なっていれば、例え神が存在するといってもその存在を経験的事実として認識することは出来ないというわけです。神の知性・権力・愛情は無限であり神は無数のイデアを持っていますが、一つ一つのイデアはオーダーメイド的なもので『偶然の要素』を含まないといいます。偶然の要素や事物は、神が新しいイデアを創造する場合などに限られ、同一の種(分類)に属する事物の内部では偶然の要素というのは発生しないとスコトゥスは考えたのです。

ドゥンス・スコトゥスは、神の持つ無限のイデアによって万物(被造物)が創造されると考え、個物としての人間は『知性・意志』を持っていて、自律的な自由意志によって『知性の獲得』と『行動の選択』を実現できると主張しました。これは、伝統的な『主知主義(intellectualism, 意志に対する知性・理性の優越)』を否定する『主意主義(voluntarism, 知性・理性に対する意志の優越)』を説く画期的なものでした。ドゥンス・スコトゥスの主意主義的な主張によって、イデア(真理)を志向する理性を拒絶することのできる『人間の自由意志』が承認されてきたと言えます。

ウィリアム・オッカム(オッカムのウィリアム)

中世ヨーロッパのローマ・カトリックでは、『実在論(実念論)』『唯名論』が対立する普遍論争が激しく行われていました。ウィリアム・オッカム(William of Ockham, 1285頃-1350)は、アンセルムスやトマス・アクィナスによって確立された観念論的な実在論を厳しく批判して、経験論的な名目論によって普遍論争を終結させようとしました。

中世ヨーロッパの時代には、カトリック最大の神学者でありスコラ哲学の完成者であるトマス・アクィナスが実在論を提起して『神と精霊の実在』を証明しましたが、ウィリアム・オッカムはトマス思想に反旗を翻して『普遍(一般概念)』は実在しないと主張しました。また、ローマ・カトリック教会(キリスト教の聖職者階層)自体が世俗世界(現象)に優越する『普遍的な存在』と見なされていたので、唯名論(名目論)はローマ・カトリック教会の権威と正統性を否定し兼ねない異端思想としての特徴を持っていました。

実在論(実念論, realism)というのは、感覚器官で知覚できない形而上学的な『イデアとしての実在』が存在するという主張であり、思考内容と実在的なイデア(事物)を同一のものと見なす立場です。唯名論(名目論, nominalism)を唱えたロスケリヌスは実在するのは目に見えない『普遍(イデア)』ではなく、目に見える『個物(実際の事物)』だけであると主張しましたが、ウィリアム・オッカムも基本的にこの路線を継承しました。唯名論(名目論)というのは、思考内容と客観的な実在(事物)を区別する思想であり、思考(知性)によって形成される『普遍(概念)』は『名称(言葉)』に過ぎず客観的に実在するものではないという考え方です。

実在論(実念論)と唯名論(名目論)がぶつかり合った普遍論争は、『個物』『普遍』のどちらがより本質的なのかという論争であり、中世ヨーロッパでは普遍的なイデアという実在から個別的な個物(事物)が生まれるという世界観が支配的でしたが、名目論を強く主張するウィリアム・オッカムによって、『概念の持つ普遍性』は事物を指示する『記号(言葉)』に過ぎないと看破されたのでした。

今まで普遍的な実在と信じられてきた思考内容・一般概念(イデア)は、『現実の事物・現象・思考』を代理的に指示する記号に過ぎず、客観的な実在というのは知覚可能な『個物』なのであるというのがウィリアム・オッカムの主張でした。この唯名論(名目論)は時代が下るにつれて『唯物論』とつながっていきますが、実在論(実念論)のほうは反対に『観念論』とつながっていきます。言葉の語感からすると、実在論と観念論は正反対の立場(思想)を意味する言葉に思えますが、実在論とは『精神的なイデア(観念)の実在』を主張するものですから、内容的には中世の実在論と近代の観念論はほぼ同一のものと考えることが出来ます。

ウィリアム・オッカムは、中世ヨーロッパにおいて実在すると信じられてきた『普遍』『記号・名辞・概念』に過ぎないと主張しましたが、オッカムは記号を『習慣に基づく記号(書き言葉・話し言葉)』『自然に基づく記号(自然現象・生理現象・苦痛や感情によって出す言葉)』とに分類しました。認識の対象となるものは個別的な事物しかないという定理によって、『神の権威・教会の影響力』が格段に落ちることになり、科学技術と経済制度によって運営される近代社会の成立を早めた側面もあります。哲学史上で重要視される『オッカムの剃刀』というのは『より簡単(シンプル)な説明ほど正しい』という信念に支えられた思考方法であり、因果関係や事実説明に不必要な『余計なもの(観念的なもの・検証不可能なもの)』を剃刀で切るように削ぎ落としていく考え方のことです。

オッカムの剃刀によって、普遍論争の普遍(実在)と個物(自称)が切り分けられ、知覚不可能な普遍概念(思考・意識される観念的なイデア・内容)が実在すると考えるのはおかしいとして切り捨てられることになりました。オッカムの剃刀は、『イデア論的な本質主義』を乗り越える道具となり、目に見える物理的な事物を中心とした『唯物論的・機械論的・科学的な世界観』を再構成するきっかけとなりました。

しかし、現代社会においても『精神的な構成物(愛・正義・理念)』が実在するという実在論(観念論)の立場が完全に消滅したわけではなく、スピリチュアル(心霊主義)の流行などを見ても、物質(個物)よりも精神(観念)が先行して存在するという本質論に魅了される人は少なくないと言えます。更に言うならば、目に見えない精神的な事象や知覚できない形而上学的なイデア(神)が実在するという実在論の価値観こそが『宗教の本質』であり、『有限・脆弱な自己の存在』に不安と孤独(無価値感)を覚えやすい人間は、そう簡単には宗教的な救済を無視することができないのです。

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