保険に加入し過ぎてしまう心理とゼロリスクの欲求

もしもの時のリスクに備える保険商品には、『生命保険・医療保険(個別疾患に対応するがん保険等を含む)・火災保険・地震保険・学資保険・損害賠償保険・レジャー向けの保険(スキーや登山の保険)・クレジットカードや商品に付属した保険』など実にさまざまな種類があり、先進国の人々は一人で複数の保険に加入していることが多い。

特に、日本人は『保険好きな国民性』を持つとされており、類似した医療保障を持つような医療保険に複数加入したり、異常に掛け金の高い生命保険(保険金も高いが先進国で若年世代が事故・病気で死亡する確率は非常に低い)に若い頃から加入していたりする。

高額な保険金や支払った保険料以上の保険金が支払われる『もしもの時の発生確率』はかなり低いため、統計的には『保険に加入したことで損をする人の割合』が多く、『保険加入よりも貯蓄のほうが得をする確率』が高いとされるが、それでも過剰と思えるほどの保険に人々は加入している。

保険商品は『生命・健康・家族・財産』といった人間が最も大切にしているものを補償しようとする性格を持っていて、人はもしもの時に生じるであろう損失・被害を耐え難いもの(もしもの時になってお金がなくて後悔するような事態だけは絶対に避けたい)として見積もっているので、保険商品を購入する時には『冷静で合理的・現実的な判断力』が機能しにくくなるとも言われている。

以下のような、問題設定を考えてみる。

問題1

約10万円の新品のスマートフォン(スマホ)を購入したが、スマホは統計的に0.1%の確率で水没・落下で故障してしまうリスクがあるという。月額400円の損害賠償保険(スマホ補償サービス)に加入すれば、もしもの故障の際に無料で新品のスマホと交換してもらえるというが、あなたはこのスマホ補償サービスに加入しますか。

問題2

A.100%の確率で確実に毎月400円を失う。

B.0.1%の確率で10万円を失うが、99.9%の確率で何も損失が出ない。

『問題1』も『問題2』も客観的には同じ状況であるが、『問題1』であれば大多数の人が、もしもスマホが壊れて全額自己負担で買い直さなければならない状況になったら困ると考え、『スマホ補償サービス』に加入するだろう。しかし、同じ0.1%の確率で10万円を失うが99.9%の確率で1円も失わないという『問題2』になると、100%確実に保険金と同じ400円を失う『Aの選択肢』を選ぶ人はぐっと少なくなる。

もちろん、『問題2』の場合にはスマートフォンという客観的商品が介在していないので、『何も保障してもらっていないのになぜ毎月400円も支払わなければならないのかという不条理・納得しがたさ』もあるので単純比較はできない部分もある。一般に『100%確実な小さな損失(確実な400円の損失)』よりも『賭けの要素がある大きな損失(0.1%の確率での10万円の損失)』が選ばれる理由は、『プロスペクト理論の反転効果』で説明されている。

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プロスペクト理論の反転効果というのは、『人間一般の損失回避の例外』とされる効果であり、一定以上の損失を被ることが確実なネガティブ・フレームワークでは一か八かで損失額を減らそうとする『リスク追求』の意思決定が行われやすくなるのである。損失を被ることが不可避なネガティブ・フレームワークで『確実な損失=保険料の支払い』が選択されるというのは、プロスペクト理論の反転効果では説明できない選択であり、『保険文脈(保険文脈の心理)』と呼ばれている。

保険文脈(保険文脈の心理)では、損失が不可避である“ネガティブ・フレームワーク(損失領域)”であっても、『かけがえのないモノ・非常に大切なもの(生命・健康・家族・財産・高額商品)』を保険商品の加入によって守ることができるという“ポジティブ・フレームワーク”への転換が起こると考えられている。

ポジティブ・フレームワークでは、プロスペクト理論が示唆するように『損失回避・リスク回避の傾向』が顕著になるので、非常に大切なものを守る(もしもの時に絶対にお金に困らないように備えたい)というポジティブ・フレームワークで判断を下すようになれば、『ゼロリスク追求』によって人々は確実な保険料(損失)を支払ってでも保険に加入してしまうのである。

だから、保険に加入する人の多くは、守るべき家族がいる人であったり、自分の将来を計画的に考えている常識人であったりするのであり、『家族をつくらず自分一人でマイペースに生きていくと決めている人(病気の後や死後に自分以外の誰かが困るという憂いのない人)・刹那主義的で将来の心配をしてもムダだと思っている人』の多くは、保険に加入する動機づけがかなり低くなると予想される。

“損失回避(ゼロリスク追求)”“反転効果(賭けのリスク追求)”かの選択の違いは、単純な『利益‐損失の比較』に基づいているのではなく、『ポジティブ・フレームワーク‐ネガティブ・フレームワークの転換』に基づいていると推測されるのである。

保険商品は大きな損失が不可避だという『ネガティブ・フレームワーク(賭けのリスク追求)』になってしまうと需要が減ってしまうが、大切なものや幸せな現状を何とかして守りたい維持していきたいという『ポジティブ・フレームワーク(ゼロリスク追求)』に転換させることができれば保険文脈の心理で需要が増えるのである。

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保険会社が生命保険・医療保険の保険商品を販売促進するためのCMで、幸せな家族や健康な毎日、大切な家をこれからも順調に守っていきたいという『ポジティブ・フレームワーク(ゼロリスク追求)』のほうを強調するのは偶然ではない。確実にやってくる不幸・病気・死を回避するために保険で防御しましょうという『ネガティブ・フレームワーク』のCMを放送すると、賭けのリスク追求(毎月の保険料を支払わずに今を楽しむ)のほうがマシという人が増えてしまう恐れがあるのである。

何としてでも守りたいかけがえのない家族や大切な日常・健康があるという、希望や明るさを感じられるメッセージを伝えることが、保険会社の広告宣伝の主要な戦略を構成していると言えるだろう。だから、何としてでも守りたいパートナー(配偶者)や子供が増えてこない晩婚化・未婚化・少子化といった先進国のトレンドは、保険会社にとっては『将来の保険市場のボリューム』を縮小させる困ったトレンドにもなっているだろう。

人間は自分ひとりだけのミニマムな生活では、『将来の大きな損失・破局』を家族を持っている人ほどには恐れないから(困るのが自分だけであれば自分が何とか節約・我慢すればそれで良いと思うから)であり、『今・ここでの満足』を追求して病気になったらなったで諦めるしかないという将来設計の乏しい刹那主義(現在主義)に傾きやすいからである。貯蓄するかしないかの『貯蓄性向』についても、『貯蓄=現在の消費可能性の楽しみを奪う損失』とネガティブに見なすか、『貯蓄=自分の将来の人生設計を安心して実現するための余力の蓄え』とポジティブに見なすかによって、貯蓄する動機づけは大きく変わってくる。

先進国の人々が『実際の人生設計・リスク回避』に必要な分以上のムダな保険に加入してしまう、過大な高額の保険料を掛けてしまう理由については以下のようなものを想定することができる。

1.大きな損害の発生確率の低さを考えずに、損害が起こった場合の悲惨さ(自力で立ち直れない状況)ばかりを重視してしまう。

2.損害の発生確率(統計的な確率の数値)を、実際よりも極端に高いもの(今すぐにも起こりそうなもの)として実感してしまう。

3.疾患ごとの医療保険では『病因別の死亡率・各世代の平均余命』を無視して、自分がその病気に罹るはずという悲観的な認知を持ってしまう。

4.ポジティブ・フレームワークの損失回避が極端になり、ゼロリスク追求の心理に陥ってしまう。

5.航空機・船舶・大火災などの大事故をテレビの映像で見て(あるいは身近な人が大事故に遭って)、その強烈な視覚的インパクトに影響されてしまい合理的な判断ができなくなる。

6.上記してきた『保険文脈の心理』が働く。

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