医療水準の向上と生活環境(衛生・栄養・住宅)の改善によって、日本人の平均寿命は延び続け現在(2005)では男性は78.56歳・女性85.52歳となっています。途中で平均寿命が若干下がることはあるものの、特別な病気や事故、事件、貧窮、自殺などの不幸に見舞われない限り、男性は80歳近くまで、女性は90歳近くまで生きると予測できます。老後の生活で心配になってくる問題として、『健康の喪失(入院・介護の必要性)』と『お金の不足(貧窮の恐れ・生活保護の必要性)』、『家族(配偶者・親族・子ども)のいない孤独』を考えることが出来ます。
この中で若い頃から意図的に備えることが出来るのは『お金の不足』だけであり、どんな病気を発病するかは事前に予測することが難しく、配偶者や近親者のいない孤独な状況になるかどうかもその時になってみないと分からない部分があります。勿論、規則正しい生活と栄養バランスの取れた食事、適度な運動をすることで生活習慣病をある程度予防することは出来ます。また、老後の孤独な生活を回避する方策として、自分の子どもを育てたり人間関係の範囲を広げておくといった方法も考えることが出来るでしょう。
人生の三大出費として、『育児資金(教育費)』と『住宅取得資金(住宅ローン)』について考えましたが、その二つ以上に大きな出費となるのが『老後の生活資金』です。現役を終えた後に平均寿命付近まで大多数の人が生きるであろうことを考えると、老後の生活資金の問題は誰もが避けては通れない『現実的な問題』であると言えます。日本人(サラリーマン)の多くは60歳の定年まで働きますが、60歳以降に寿命を終えるまでにかかる生活資金はどのくらいかかるのでしょうか。
金融広報中央委員会が実施している『家計の金融資産に関する世論調査』によると、老後の生活に対して不安を抱いている国民は、60歳以上の世代で8割、60歳未満の世代では何と9割にも上ります。老後の生活に不安を抱く理由として最も多いのは、『十分な貯蓄がないから』と『年金や保険が十分でないから』という理由です。これを裏返せば、『十分な貯蓄』があり『老後の生活を支える年金・保険』があればある程度は老後の生活を安心して送れるということになります。
少子高齢化の進展によって、団塊の世代が退職し始めると公的年金(厚生年金・共済年金・国民年金)の給付が急速に拡大し、若い世代の支払う保険料で高齢者の年金を支えるという『賦課方式』が限界に達するのではないかとも言われています。公的年金制度の持続性に対する不信や毎月の年金保険料を負担するのが難しい低額所得者層(無職者層)の増大によって、今後、公的年金の支給開始年齢が高くなったり、年金の給付額が切り下げられたり、医療費や介護費の負担率が上がるのではないかという不安も強まっています。老後の生活設計も基本的に自己責任だという新自由主義(市場原理主義)的な見かたもありますが、60歳以上の年齢になると所得を得る為の有効な雇用も殆どありませんから、老後の生活保障の問題はますます深刻になっていくと予測されます。
それでは実際問題として老後の生活には毎月どれくらいの生活資金が必要になり、寿命を終えるまでに総計どれくらいのお金がかかるのでしょうか。衣食住を賄うだけの最低限の生活で良いとすれば夫婦二人で月に15万円~20万円あれば足りるかもしれません。一人だけで生活して持ち家があるのであれば月に10万円前後でも何とか生活できるでしょう。しかし、ある程度の娯楽や買物、贅沢、レジャーを楽しむ老後生活をしたいと思うのであれば、夫婦二人で月に25万円前後は欲しいというところかもしれません。実際の老齢夫婦世帯の生活費を統計データで見てみると、平均は月額25~26万円ということですから、大体20万円代の収入が安定してあれば老後の生活を安心して送れると考えられます。
死亡までの老後の生活資金の総額が幾らかかるのかを、平均的な生活費(月額)を25万円として考えてみると、85歳まで生きると仮定すれば25(万円)×12(ヶ月)×25(年)で総額7,500万円という莫大な金額となります。無論、実際にはもっと早く病気や事故で寿命を終えるケースもあれば、更に長生きして90歳、100歳まで生きるケースもあるわけですから、老後の生活資金の総額には大きなバラツキがあることになります。しかし、公的年金のように死ぬまで毎月支給される生活保障がない場合に、自己責任で老後の生計を維持しようとすれば7,500万円(最低限の生活水準でも3,500万円以上)という膨大な金融資産(預貯金)が必要になるわけです。それを考えると、余ほど金融資産に恵まれている人でもない限り、公的年金を利用したほうが結果として得る利益は大きいと考えられます。
厚生労働省が実施している『国民生活基礎調査』でも、老後の生活資金の7割近くを公的年金に頼っているという統計データが出ており、老後の生活資金に勤労収入や財産所得(不動産・利子・配当金など)が占める割合はごく僅かです。この調査では老齢者世帯の平均所得のデータも出ていますが、概ね、300万円代前半で平均所得が推移しています。また、現在80歳代以上の人で戦争に従軍した人や原爆の被害を受けた人は、公的年金以外にも恩給を貰っていることが多く、それ以下の世代よりも公的給付が若干高くなっています。
サラリーマン(会社員・公務員・団体職員)の場合には、老後の生活資金として『退職一時金・公的年金・企業年金』を考えることが出来ますので、老後に維持したい生活水準を見据えながら一定の貯蓄(1,500万円~2,000万円くらい)を形成していけばとりあえず大丈夫でしょう。国民年金しかない自営業者の人はそれだけでは老後の生活資金を賄えないので、それ以外の国民年金基金(公的年金の上乗せとなる基金)や個人年金に加入したり、十分な金額の預貯金(3,000万円~5,000万円くらい)をしておくことが必要になってきます。
大多数の人は、死亡時まで支給され続ける公的年金が老後の生活資金の中軸となります。老後社会保障の仕組みの一つである公的年金とは具体的に、『国民年金・厚生年金・共済組合』のことを指します。現在、一番給付水準が高く有利な年金は、公務員が加入する共済組合ですが、将来的には厚生年金と共済組合は一本化される見通しとなっています。しかし、不祥事が続発した社会保険庁の解体を含めて公的年金の抜本的な制度改革は遅々として進んでおらず、実際にはいつから一本化されるのかは全く分からない状況です。60歳以上のサラリーマンの大半は退職して現役の労働者ではなくなるので、家計収入から勤労収入がなくなり、年金収入が勤労収入の代わりになってきます。
公的年金のうち、全国民が共通して加入するのが『国民年金』であり、企業から雇用されていない自営業者や自由業者は国民年金基金などそれ以外の上乗せの年金に加入しない限り、国民年金のみの支給しか受けられません。企業に雇用されている被雇用者が加入する公的年金が『厚生年金』であり、国や地方公共団体、特殊法人に雇用されている公務員が加入する公的年金が『共済組合(共済年金)』です。それ以外にも勤めている会社によってその会社独自の『企業年金』がある場合もあり、個人が任意に加入することの出来る民間金融機関が運用している『個人年金』もあります。給付される年金の予定額が少なくて不安な人は、漫然と預貯金だけをするのではなく一時金や定期的な給付を受けられる『個人年金』への加入も検討してみると良いと思います。
公的年金に加入していれば、『老齢年金・障害年金・遺族年金』の3つの受給資格を得ることができます。一般に年金と呼ばれているのが老齢年金であり、国民年金によって受給される老齢年金を『老齢基礎年金』といい、それ以外には厚生年金によって得られる『老齢厚生年金』、共済組合によって得られる『退職共済年金』があります。
実際に年金を幾ら貰うことができるのかの受給額は、『年金の保険料を支払った年数』と『厚生年金の保険料の金額(報酬比例部分)』と『加入している年金の種類(国民年金・厚生年金・共済組合)』によって変わってくるので個々人でかなり変わってきます。年金の受給資格についてはシンプルに考えると、『1.65歳以上であること。2.老齢基礎年金の受給資格期間を満たしていること(25年以上の年月にわたって国民年金の保険料を納付するか免除されていること)』になります。
厚生年金の場合には『厚生年金保険料を1ヶ月以上納付していること(当然、納付した期間と金額によって受給額は変動します)』が必要になってきます。老齢基礎年金の受給資格期間を考えると、最低でも40歳までに年金保険料を納め始めないと受給資格期間を満たさない恐れが出てくるので注意が必要です。もちろん、納付した年数によって給付額が大きく変わってきますので、25年ぎりぎりしか納付していなければ給付額は相当に少なくなってきます。
公的年金制度のように、将来受給できる年金額が既に確定しているものを『確定給付型年金』といいます。また、企業によって個人の自己責任で年金基金を運用してその配当利回りを受給できる『確定拠出型年金(日本版401K)』を採用している企業もあるので、自分の勤めている企業がどういった企業年金制度を運営しているか必ず確認するようにしましょう。厚生年金とは別に厚生年金基金を用意している会社もあり、それに加入しておけば将来年金を受給する時に、厚生年金基金から『加算部分・代行部分』の割増しの給付を受けることが出来ます。