日本国憲法第25条の第1項には『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』とあり、第2項には『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』とあります。この憲法の規定は、国家が全ての国民に最低限度の文化的な生活(生存権)を保障しなければならないとする『社会権』を示しており、社会福祉制度の充実した先進国では、社会権は基本的人権の一つと考えられるようになっています。社会権の存在は、何もしなくても最低限の生活を無条件に保障されるとするものではありませんが、リストラや失業、病気、怪我、高齢、貧困などによって自力で経済生活を維持していけない人たちを公的給付で救済する強力な法的根拠となっています。
人間らしく文化的に生きることを保障する基本的人権の一つである『社会権』は、生存権だけでなく、教育を受ける権利や労働基本権も含みます。人間の尊厳に関わる社会権は無条件で守られているわけではなく、国民の相互扶助(労働と納税)や公共精神(社会貢献)、人権意識(弱者救済)によって支えられています。その為、基本的には、自助努力や心身機能の限界に達した困窮者や傷病者(障害者)を公的に保護するセーフティネットとして生活保護制度(公的扶助制度)は認識されています。公的年金(年金保険)を含む社会保険制度とは、病気や怪我、家計の担い手の死亡、老齢、心身障害、失業、生活の困窮など『公的な経済援助・介護援助を必要とする人たち』を支える相互扶助的な保険制度のことです。
社会保険制度は大きく分類すると『社会保険・社会福祉・生活保護(公的扶助)』の3つの領域に分けることができます。『生活保護(公的扶助)』の給付は、何らかの理由で通常の労働ができなかったり、心身に回復困難な障害を負った人になされる緊急避難的(貧困救済的)な色彩の強いものですが、公的年金などの『社会保険』と公共サービスなどの『社会福祉』は一般の国民(勤労者世帯)のほぼ全てが利用しているものです。日本は全ての国民が一定の生活保障(公的保険)を受けられる国民皆保険制度の国だと言われてきましたが、ここでいう皆保険(かいほけん)とは、全ての国民が建前上は社会保険に加入していることを意味しています。
サラリーマンや自営業者といった勤労者の社会権を守っている社会保険には、『労働保険』と『労働保険以外の公的保険』があります。代表的な労働保険には、会社員やパート・アルバイトのほぼ全員が加入する『雇用保険』と『労災(労働者災害補償)』などがあります。労働保険以外の公的保険には、『年金保険(国民年金,厚生年金,共済年金)・医療保険(健康保険・国民健康保険)・介護保険』などがあります。
ハローワーク(公共職業安定所)を窓口とする『雇用保険』は、失業期間中の生活保障や再就職支援を目的として設立されている保険制度ですが、厳密には、全ての失業者に対して無条件に給付されるものではなく、失業して一定期間以上、求職活動をしたのに次の仕事が見つからない人に給付されるものです。雇用保険は、失業者の生活を保障する保険というよりも、失業者の再就職を促して経済的自立を早める為の保険制度になっています。その為、受給要件には、『ハローワークに来所し、求職の申込みを行い、就職しようとする積極的な意思があり、いつでも就職できる能力があるにもかかわらず、本人やハローワークの努力によっても、職業に就くことができない「失業の状態」にあること』と書かれており、『病気・怪我・妊娠・出産・育児・休養(自発的失業)』の場合には雇用保険の基本手当を受けられないと定められています。
雇用保険の受給をハローワークに申請する場合には、『雇用保険被保険者離職票・雇用保険被保険者証・身分証明書(運転免許証など)・写真2枚(3×2.5)・印鑑・普通預金通帳(郵便貯金通帳は不可)』が必要となります。しかし、それらを準備して雇用保険を申請しても無条件で給付されるわけではなく、就職できる可能性の高い若年者の場合には雇用保険を受け取ることは一般的に難しいです。
雇用保険受給者初回説明会に出席した後に、ハローワークから4週間に1度の『失業の認定』を受け続けないと雇用保険は給付されないのですが、ここでいう失業は『就職しようとする意思といつでも就職できる能力があるにもかかわらず職業に就けず、積極的に求職活動を行っている状態にある』という定義なので、自分の意志で『ハローワークが認める就職活動(求人への応募やハローワークの職業相談など)』をしない場合には失業者として取り扱われません。特別な問題のない自己都合で自発的に離職した場合には、就職活動の回数などに関して雇用保険受給までのハードルが高く設定されます。
雇用保険料の納付期間による受給要件として、サラリーマン(会社員)の場合は『離職の日以前1年間に、賃金支払の基礎となった日数が14日以上ある月が通算して6ヶ月以上あり、かつ、雇用保険に加入していた期間が満6ヵ月以上あること』とされており、パート・アルバイトなど短時間労働者の場合は『離職の日以前1年間に短時間労働被保険者であった期間と1年間を合算した期 間に、賃金支払の基礎となった日数が11日以上ある月が通算して12ヵ月以上あり、かつ、雇用保険に加入していた期間が満12ヵ月以上あること』とされています。雇用保険で給付される基本手当については、原則として、離職した日の直前の6か月に毎月きまって支払われた賃金(つまり、賞与等は除きます。)の合計を180で割って算出した金額(これを「賃金日額」といいます。)のおよそ50~80%(60歳~64歳については45~80%)と決められています。
労働災害について本人や家族(遺族)の生活を補償する労災保険は、労働基準監督署が窓口になっている社会保険です。業務上の事由又は通勤途上の『労働者の負傷・疾病・障害又は死亡』に対して給付をするもので、保険料は全額事業主(会社)が負担しなくてはなりません。業務上の理由によって、負傷をしたり病気になったり障害を負ったりした場合には、病院の治療費や休業中の生活費が補償されます。また、業務中や通勤途上において不慮の死亡事故などに遭った場合には、残された家族は遺族給付を受けることができます。
雇用保険や労災保険は労働保険ですが労働保険以外の公的保険として、国民の医療負担を軽減して健康を守る為の『健康保険(医療保険)』、老齢年金・心身障害の保護・遺族補償などがパッケージングされた『年金保険(国民年金・厚生年金・共済組合)』、認知症の老人の世話や寝たきりの老人の介護にかかる負担を緩和する為の『介護保険(40歳以上は強制加入)』があります。
サラリーマン(会社員・公務員)が加入する公的医療保険には、社会保険事務所が運営している政府管掌健康保険(政管健保)と健康保険組合が運営する組合管掌健康保険(組合健保)があり、病気・怪我・出産などの給付内容では組合健保のほうがやや優れている部分があります。公的医療保険の保険料は、会社員・公務員と事業者(企業官庁)が折半して支払いますが、被保険者の家族(被扶養者:年収130万円未満)も健康保険の対象者となります。
現在は、被保険者と被扶養者の医療負担は3割負担となっていますが、少子化対策のために、就学前の乳幼児の医療費については原則無料にする自治体が多くなっています。健康保険には、病院の窓口に支払う治療費(入院費)を軽減する『現物支給』と傷病手当金・出産手当金・出産育児一時金・埋葬費給付のような『現金支給』があります。サラリーマンが退職した場合には、『家族の被扶養者になる』『退職前の健康保険の任意継続被保険者になる(資格喪失後20日以内)』『市町村の国民健康保険に加入する(資格喪失後14日以内)』のどれかを選択することになりますが、任意継続被保険者になる場合は最長2年までしか期間を延長できません。
サラリーマンでない自営業者や自由業者、無職者などは市町村の役所が窓口となる国民健康保険に加入することになります。それらの公的医療保険によって賄えない自己負担分としては、『入院時の差額ベッド代や生活雑貨費・病院への交通費・特殊な高度先端医療・病気の治療ではない美容整形やエステ』などがあります。75歳になればどの公的医療保険に加入していた人でも、自己負担1割の老人健康保険に加入することができるようになります。