『旧約聖書』の全39書の構成:ユダヤ教とキリスト教の神との契約の違い

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『旧約聖書』の構成と歴史

『旧約聖書』は古代イスラエル人(ユダヤ人)が使っていたヘブライ語で書かれた書物であり、ユダヤ教だけではなくキリスト教にも共通する聖典とされています。『旧約聖書』は全39書から構成されていますが、旧約聖書が成立した年代は紀元90年頃と考えられています。旧約聖書の中で最も古い書物は、紀元前1500年頃とされているので、パレスチナのヤムニアに集まったイスラエル人(ユダヤ人)の律法学者らによって、90年頃に全39書で編纂されるまで1600年近い長い年月がかかっているのです。

旧約聖書に収載されている全39書は、その内容によって大きく以下の4つのジャンルに分けることができます。

1.モーセ五書,トーラー(律法)

ユダヤ教で最も重要な預言者とされるモーセ(モーゼ)が書いたとされる聖典である。神による天地創造の壮大な世界の起源を描き、モーセに率いられた古代イスラエル民族(ユダヤ人)が神から与えられた約束の地『カナン』にやってくるまでの旅程の歴史を書き残している。

『創世記』

『出エジプト記』

『レビ記』

『民数記』

『申命記』

2.歴史書

古代イスラエル民族(ユダヤ人)が、約束の地であるカナンを手に入れて、ダビデ王・ソロモン王がイスラエル王国の黄金時代を築き上げる。しかし新バビロニアの王ネブカドネザル2世の侵略を受けて、南部のユダ王国のユダヤ人は『バビロン捕囚(紀元前597~538年)』の苦難を被ることになる。この歴史書では、カナン獲得とソロモン王の黄金時代、イスラエル王国の南北分裂(ユダ王国の誕生)、バビロン捕囚を経て、ユダヤ人がアケメネス朝ペルシアの王キロスにイスラエルに帰還を許されるまでの歴史を記している。

『ヨシュア記』

『士師記』

『ルツ記』

『サムエル記 上下』

『列王記 上下』

『歴代誌 上下』

『エズラ記』

『ネヘミヤ記』

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3.知恵文学

一神教の聖典の中心にあるべき『神との契約』とは直接的な関係がない書物群のことで、古代イスラエル人(ユダヤ人)の知恵が反映されている文学的な書物である。神そのものよりも人間や人間世界の処世術に焦点を合わせており、人生の助言・忠告に当たるような箴言・警句(アフォリズム)、人の愛と悲しみを歌った歌などが収載されている。

『ヨブ記』

『詩篇』

『箴言』

『コヘレトの言葉』

『雅歌』

『エステル記』

『ダニエル書』

『哀歌』

4.預言書

古代イスラエル人(ユダヤ人)の歴代の預言者が、神から預かった言葉を収めた聖なる書物とされるものである。預言者が神から預かったとされる言葉(預言)には、神の命令・意志・警告が含まれており、更に人間である預言者の苦悩と実際に取った行動についても書き残されている。

『イザヤ書』

『エレミヤ書』

『エゼキエル書』

『ホセア書』

『ヨエル書』

『アモス書』

『オバデヤ書』

『ヨナ書』

『ミカ書』

『ナホム書』

『ハバクク書』

『ゼファニヤ書』

『ハガイ書』

『ゼカリヤ書』

『マラキ書』

宗派によっては『旧約聖書』に収録されていることもある『旧約聖書続編』というものもあり、ギリシャ語では『アポクリファ(秘密の~、隠されたもの)』、日本では『外典』と呼ばれています。旧約聖書続編は紀元前2世紀頃から紀元2世紀にかけて編纂されたものと推測されており、16世紀にプロテスタント・聖書中心主義の『宗教改革』が起こるまではユダヤ教・キリスト教の正典に含められていました。

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『旧約聖書(古い契約)』『新約聖書(新しい契約)』の区別はキリスト教から見た区別ですが、ユダヤ教とキリスト教の最大の違いは、ユダヤ教がイスラエル人(ユダヤ人)だけを救済の対象にする『選民思想』の影響があるのに対して、キリスト教は信じる人間すべて(クリスチャン全員)を救済の対象にする『博愛主義』の影響があるということです。

ユダヤ教の神(ヤハウェ)は、神に忠実に従う者には恩恵を与えて、神に従わない(神を信じない)不遜な者には罰を与えるという『厳格・処罰の神』の側面が強くなっています。ユダヤ教はイエス・キリストを『メシア(救世主)』とは認めない立場であり、旧約聖書ではメシアはダビデ王の子孫から現れるとされています。

キリスト教の神は、ユダヤ教の神と比べると自分に従わない人間を罰するという部分は弱く、神に忠実ではない者(神を信じない者)にも『愛・赦し』を与えるという『寛容・博愛の神』の側面が強調されています。キリスト教ではイエス・キリストが神の子である『メシア(救世主)』とされ、メシアであるイエス・キリストの贖罪の死と復活の奇跡によって、神と人間の間に『新しい契約(新約)』が結ばれたと解釈されています。

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ユダヤ教の『旧約聖書』では、エジプトで奴隷として虐待・使役されていたイスラエル人を神が救って、約束の地カナン(現在のパレスチナ)へと導いてくれましたが、その『出エジプト』の途中で指導者モーセがシナイ山で神から十戒の律法(トーラー)を授けられたと伝えられています。このモーセのシナイ山における預言と十戒は、ユダヤ人にとっては『ユダヤ人(古代イスラエル人)が神から特別に選ばれた民族であることの証』であり、唯一の絶対神を崇めて律法を守れば必ず恩恵を受けていつか救済される『神との契約』にもなっているのです。

キリスト教では、確かに預言者モーセは神から十戒の律法を授かって『神とイスラエル人との間の古い契約』を結んだかもしれないが、イスラエル人(ユダヤ人)は神との約束を守れず何度も繰り返し律法を破ってしまったので(神の言葉を授かった預言者を軽視したので)、神が改めてメシア(救世主・神の子)であるイエス・キリストを地上に送って下さったのだという解釈になっています。

イエス・キリストは神の子(神と三位一体)でありながらも、人類の原罪を贖うために敢えて、十字架上でイスラエル人(ユダヤ人)によって磔刑(はりつけ)で殺されたとされています。そして磔刑(たっけい)で人類の贖罪のために血を流して殺されたイエスは、三日後に復活するという神にしかできない奇跡を起こし、神と人類との間に『新しい契約(新約)』が結ばれることになったというのがキリスト教の考え方になっています。

新しい契約(新約)は古い契約(旧約)とは違って、ユダヤ教のようにイスラエル人(ユダヤ人)だけを救う選民思想の民族宗教ではなく、神を信じるすべての人間(すべてのキリスト教徒)を救うという明らかな違いがあり、キリスト教は『世界宗教(普遍宗教)』としての道を歩み始めたのでした。

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