北欧神話の太古の時代には、オーディンを主神とする『アース神族』だけではなく、豊かな作物の実りをもたらす豊穣神を起源とする『ヴァン神族』がいた。美と愛の女神として知られるフレイヤは、元々はそのヴァン神族の一員であり、アース神族とヴァン神族が和睦をした時にアース神族の仲間に組み入れられた神である。北欧神話に登場する神々の中で、最も美しい神とされており、ヨーロッパでは“Friday(金曜日)”や“Frau(女性)”の語源として知られ、金曜日は『結婚式に適した吉日』とも言われている。
遥か昔に、アース神族(オーディンの一族)とヴァン神族は対立していたが、劣勢に追い込まれたヴァン神族はアース神族と和解するために、ニョルズとその双子の子供であるフレイヤとフレイを人質として差し出し、そのヴァン神族の三神はアース神族となってアースガルドで暮らすようになった。ニョルズ、フレイヤ、フレイは『和睦のシンボル』として理解されている。
フレイヤは、ギリシア神話のアフロディーテ(美と狩猟の女神)やローマ神話のヴィーナス(美と愛の女神)に相当する北欧神話の太母のような『美と愛の女神』である。フレイヤは美と愛以外にも、『豊饒・戦い・魔法・死・月』といった属性を持っており、自由奔放かつ天真爛漫な明るい性格をしており、異性関係に積極的で自分の欲望や要求を抑えるということがない。フレイヤは万人を魅了する非常に美しい女性の容姿を持っており、女性の美徳と悪徳を全て兼ね備えている女神なのである。
フレイヤには、夫オーズに対する純愛の物語もある。フレイヤにはオーズという名前の夫がいて、オーズが突然失踪してしまったため、夫を探し求めて『黄金の涙』を流しながら放浪の旅に出たのである。結局、オーズについての情報や他のエピソードもないので、フレイヤの夫がどのような人物(神)だったのかを知ることはできないのだが、フレイヤは自分の浮気が原因でオーズとは離婚することになる。フレイヤはフォールクヴァングという館に住み、その館にある広間セスルームニルで、死者の戦士として復活させる戦死者を選び出していたと言われる。
フレイヤは戦争を司る女神でもあり、女戦士ワルキューレ(ヴァルキューレ)たちを従えて戦場を駆け巡り、戦死した戦士・英雄を集めてオーディンと分けあったとされる。フレイヤとオーディンが死者を集めて分け合う理由は、『死者の軍団』を結成するためとも言われるが、実際は何のために死者を分けあったかは不明である。フレイヤは神さえも魅了する黄金製・琥珀製の魔法の首飾りである『ブリーシンガ・メン(ブリーシンガルの首飾り)』を所持していたが、これはスヴァルトアールヴァヘイムに住む4人の黒い小人たちが作成したものである。
おしゃれで綺麗なアクセサリーが大好きなフレイヤが、ブリーシンガ・メンの首飾りが欲しいと4人の黒い小人にいうと、小人たちは『私たち4人とそれぞれ一夜を共にしてくれれば首飾りを上げよう』と言ってきた。フレイヤはその要求を受け容れて、4人の黒い小人たちとそれぞれ一夜を過ごすことによって、ブリーシンガ・メンの首飾りを手に入れたのである。性的に奔放なフレイヤは人間や神々の中に多くの愛人がいて、特に人間のオッタルを気に入って、オッタルを猪に変身させてそれに乗って一緒に遊んだりしていたが、そういった浮気の数々が露見したのか、夫オーズとは離婚している。
ヴァン神族は近親姦を禁止していなかったので、フレイヤは双子の兄のフレイとも関係を持っていたとされ、ロキからその事を暴露されたこともあった。フレイとフレイヤの双子の神は、アース神族では『豊穣の神』として讃えられている。恋愛や性を自由奔放に謳歌したフレイヤは、人間の恋愛や性にまつわる悩み・願い事を叶えてくれることもある『愛の女神』として認識されていた。またフレイヤは『鷹の羽衣(魔法の羽衣)』を身にまとっていて、自由自在に大空を飛び回ることもできた。
絶世の美女である美と愛の女神フレイヤは、巨人族の霜の巨人にも好かれていて、度々その身柄を要求されている。巨人フルングニルが、オーディンのヴァルハラ宮殿内で酒に酔って暴れまわった時には、フレイヤとシヴ(トールの妻)だけを巨人の国へ連れ帰り、後の神々は皆殺しにしてやると叫んでいた。巨人スリュムがアース神のトールが愛用する最強の戦鎚『ミョルニル(ムジョルニア)』を盗み出した時にも、ミョルニルを返却する条件としてフレイヤとの結婚を要求していた。フレイヤは巨人族からも熱烈な思いと欲望を向けられている女神だったのである。
フレイヤは、戦場で死んだ勇敢な戦士をオーディンと分け合うということから『死の女神』とも言われるが、戦士だけではなく女性の死者もフレイヤに迎え入れられるという説もある。『黄金の力』を意味するグルヴェイグ(Gullveig)という名前の女性の正体もフレイヤとされるが、フレイヤは流した赤い涙が黄金に変わったと言われるように『黄金のメタファー』のように機能していた女神でもあるのだ。黄金はフレイヤが名乗っていた別名から『マルデルの涙』とも呼ばれた。
フレイヤは『豊饒の女神』として多くの動物と深い関わりを持っており、夫オーズを探し求める放浪の旅でも、二匹の『猫』が牽く車に乗って疾走したという。フレイヤを象徴する聖獣は多産の傾向を持つ『豚』である。ヒルディスヴィーニという『イノシシ』に乗って移動することもあったが、これはフレイヤが気に入っていた人間の愛人オッタルを変身させたイノシシであった。フレイヤ自身も夜になると牝山羊に変身して牡山羊と交わったりしていたというが、鷹に変身して自由に飛び回れる『鷹の羽衣』という魔法の衣服も持っていた。