日本国憲法の第41条に『国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である』とあるように、国会の仕事の中心は法律(法案)を議決して成立させる『立法』です。法律以外にも『政令・規則・通達・命令』など行政機関が作成するさまざまな規範がありますが、厳密な意味での強制力のある『法律』は国会(議会)でしか成立させることが出来ません。国会が所有する『立法権』とは『国民に新たに義務を課し、国民の権利を制限する一般的・抽象的な成文法規範』を制定する権限のことであり、『犯罪への刑罰・禁止・許認可・免許制・課税』など様々な規制を含んでいます。
『一般的・抽象的な法規範』というのは、特定の個人や法人を対象にした規範ではなく、不特定多数の個人・法人を対象にして『類似の事象・問題』すべてに適用することのできる一般性・抽象性を備えた規範という意味です。市民生活を直接に規制する一般的法規範を作成する行為は『立法』であり、立法行為は唯一の立法機関である『国会(議会)』にしか出来ません。その為、内閣が作る『政令』や省庁が出す『通達・省令』では、国民の権利を制限したり新たな義務を国民に課したりすることは出来ないということになっています。こういった一般市民の生活・行動を一般的抽象的法規範によって制限するという立法作用の内容のことを『一般的権利制限説』といいます。一般的権利制限説では、立法の仕事(作用)は『国民の権利制限・国民への義務賦課』ということになります。
しかし、一般的権利制限説では『利益の給付・勲章の授与』を立法概念に含めることができないという問題があり、年金制度の改正案の立法や給付金・福祉制度・生活保護の立法などを上手く説明することが出来ません。『一般的・抽象的な規範』という点でも、特定の産業分野・業者(金融業・風俗業・暴力団)だけを対象にした法律も多くあり、極めて稀な異常事態に対処するために再現可能性(一般性)の低い法律が立法されることもあります。その為、立法の概念を憲法規定の直接の執行と定義する『市民生活規範説』という考え方もあり、この学説に従えば、立法とは『直接に憲法規定を受けてその内容を執行することであり、原則として一般的抽象的な成文法規範を制定すること』を意味することになります。
更に、国会の立法権を最大限拡大した学説として、市民生活と関係なく一般的抽象的な成文法規範を制定すること全般を立法と定義する『一般的規範説』があります。一般的規範説では、行政内部の組織・職掌の規範も『国会』が作成することになるのですが、実際には行政内部の細かな組織構成や職掌分担を決める規範は『国会』ではなく『国務大臣の訓令,官僚の局長・課長の内部規則』によって定められています。一般的規範説が正しいとすれば、国会の議決によって成立した『法律』ではない『国務大臣の訓令,官僚の局長・課長の内部規則』によって行政の組織・職掌が定められているのは違憲状態となります。しかし、現実には国務大臣や官僚が定めた省庁(行政機関)に対する内部規則が違憲とされた事例(判例)はないので、立法の概念定義としては『市民生活規範説』がもっとも実態に近いと言えます。
国会は憲法の第41条によって『国の唯一の立法機関』と定義されていますが、この記述は『国会中心立法の原則』と『国会単独立法の原則』を示していると考えられています。国会中心立法の原則というのは、そのままの意味で『市民生活を規制する一般的抽象的な法規範』を成立させられるのは国会だけであるという原則であり、『実質的意味の立法』の権限が国会にあることを示します。国会単独立法の原則というのは、“法律”という名前がつく規範は国会しか制定できないという原則であり、『形式的意味の立法』の権限が国会にあることを示しています。地方分権の観点では、地方自治体(地方公共団体)は『条例の制定権』を有していますが、国会は『国の唯一の立法機関』なので、その立法権の独占は地方の条例制定権にまでは及ばないと考えられています。
議院の規則制定権や裁判所の規則制定権という『立法権(国会中心立法)の例外』もありますが、これは憲法の条文に明文で規定が為されています。第58条2項には『両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする』とあり、第77条1項には『最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する』とあります。
国会中心立法の代表的な例外として『行政立法』がありますが、行政立法というのは行政機関が作成できる『命令(行政命令)』の制定権のことです。国会中心立法の原則に基づけば、国会の議決を得ることなく行政機関が単独で国民生活を規制する『命令(行政命令)』を出すことは違憲に当たりますが、第73条6項に『この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない』とあり、この条文が命令・政令が合憲であることの根拠とされています。第73条6項の規定により、内閣(行政機関)が制定する法律の施行細則である『執行命令』と法律の委任を受けている『委任命令』は合憲であると解釈されるわけです。
『国会単独立法の原則』は、両議院(衆議院)で可決されさえすれば法律が制定するということを意味していますが、その根拠は第59条1項の『法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる』にあります。第59条2項には『衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決したときは、法律となる』という“衆議院の優越”を明文化した条文があります。日本国憲法の第41条は、国会以外の機関による『法案拒否権の否定』を意味しており、現状では『国民投票・住民投票』などの直接民主主義的な方法によっても『国会で可決された法律』を拒否することはできないとされています。
衆議院・参議院で法案が可決されて成立すると、第74条の規定によって主任の国務大臣の署名と内閣総理大臣の連署が行われますが、国会で成立した法案に対して、国務大臣・内閣総理大臣は拒否権を持ちませんから必ず署名と連署を行わなければなりません。その後に第7条1項の規定によって、天皇が成立した法律を公布するが、天皇にも法律の公布を拒否する権限は与えられていません。法案提出権については、行政機関(官僚機構)だけではなく内閣・議員にも認められていますが、大日本帝国憲法の時代には天皇(主権者)が統制する『行政部(官僚機構)』による法案提出が主流でした。
憲法規定によって国会に認められている権限には、立法権(法律制定権)以外にも以下のようなものがあります。
外交権と条約締結権は『内閣』が所有していますが、国会には内閣が締結した条約を承認するか否かの権限があり、国会が署名された条約を否決すれば、内閣はその条約を批准することができず効力が発生しません。しかし、現在日本が締結している条約の9割以上は、批准を必要としない交換公文・交換書簡の『簡略な手続きによる条約締結』なので、それらの批准を要しない条約に対しては国会の承認は不要と解釈されています。財政統制権というのは『国家の税制・歳出・歳入』を、国民の目線から国会が監視するもので、『法律の制定・予算の議決・内閣の報告に対する承認』などの国会の権限が定められています。
国民に対する課税(税制)については、第84条の『あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする』という条文によって、“租税の種類・税率・納税義務者・徴税方法”などは『税務署』ではなく『国会』だけが定められるという『租税法律主義』が原則となっています。国会の重要審議である『予算』については、『予算の作成・提出権』は内閣にあると第86条で決められており、第60条1項の規定によって予算案は『衆議院の先議』で審議が始められます。
予算案は国家財政を規定する重要事項なので、第60条2項の『予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて30日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする』の記述によって衆議院の優越が明文化されています。一般の法律では『否決された法案』は衆議院の3分の2以上の賛成による再議決を必要としますが、予算案ではそういった再議決は必要なく衆議院の優越の程度が強くなっています。そのため、予算は法律とは別の種類の制定法だと考える『予算法規範説』という学説が多数説となっているわけです。