このウェブページでは、「アイデンティティ(identity:自我同一性・自己同一性)」と「アイデンティティの拡散(identity diffusion,同一性拡散)」の用語解説をしています。
アイデンティティとは、『自分は、何者であるのか?』という人間の原初的で根源的な問いかけの答えとしての『自己同一性』のことである。その自分の存在意義の確認にも関わってくる自問に対して毅然と、『私とは、○○であり、自分は、今ここにある自分以外の何者でもない』と応えられる状況を『自己アイデンティティの確立』という。『自分は自分である』という明瞭な自己同一性を安定して保てていれば、将来に対する不安や人生に対する無気力、職業生活に対する混乱を感じる危険性が低くなる。
自己アイデンティティは、通常、一人の孤独な状態では確立することが出来ず、他者との相互作用や社会的な活動による属性(職業・地位・評価)の影響を強く受けて段階的に確立されてくることが多いものである。社会的行動や社会的属性(国家・民族・地位)によって自己の存在意義や役割行動を強く自覚する形のアイデンティティを、社会的アイデンティティと呼ぶこともある。
精神分析学者で、心理社会的発達理論を提唱したエリクソン(E.H.Erikson)は、アイデンティティ確立を『青年期の発達課題』とした。また、アイデンティティ確立という困難な発達課題に立ち向かう青年期には、アイデンティティの拡散や混乱といった精神的危機に陥る危険性も高いとした。
アイデンティティには、国家・民族・言語・帰属集団・職業・地位・家族・役割などの社会的な属性への帰属・関係によって自己認識する『社会的アイデンティティ』と実存的な存在形式(私は私以外の何者でもなく唯一無二の存在であるという実存性)によって自己認識する『実存的アイデンティティ』に大きく分けられる。
エリクソンによると、アイデンティティは、明瞭な自己意識が、過去から現在までの時間的連続性に支えられ、幼少期からの自分と現在の自分が同一の自己であるという記憶の一貫性に支えられているという。これを『自己の一貫性』といい、自分は他の誰でもなく自分として生きる他はないとする『自己の独自性(唯一性)』と共にアイデンティティを構成している。
アイデンティティとは、存在意義を求めてやまない人間精神固有の特性の現れであり、青年期を越えてもなお私たちは絶えず『自分は一体何者であるのか』の問いに対する答えを、様々な場面や人間関係を通して模索していくことになるだろう。
アイデンティティ拡散とは、『自分は、社会環境においていかなる存在であるのか?』という青年期の発達課題である『アイデンティティ確立』がうまくいかない状態のことである。アイデンティティの確立が停滞して曖昧化しているために、『自分がどういう人間であるのかという自己意識(自己概念)』を定めることができず、職業選択や進路の選択ができないなどの問題が起こってくる。
『自分が何をやりたいのか・自分は今、何をすべきなのか』に対して明確な答えが出せないような状態がアイデンティティの拡散であり、多くの場合、現実的な社会環境にうまく適応できなくなり、仕事・学問・職業訓練などへの興味や意欲も弱くなる。現在、マスメディアなどで取り上げられやすい心理的問題であるひきこもり、不登校、青年期モラトリアム(社会的決断の猶予期間)、NEET(Not in Employment, Education or Training)などもアイデンティティ拡散と密接な関係のある問題である。
自己意識が、曖昧化して不明瞭になり、自分の人生を主体的に選択できないぼんやりしたアイデンティティの形成不全を『アイデンティティの拡散』というのに対して、『どの進路や職業を選ぶべきなのか』『何が本当の自分なのか』といった選択に対して混乱し激しい葛藤状態に陥ることを『アイデンティティの混乱(identity confusion)』と呼ぶこともある。
心理社会的精神発達理論をもとにライフサイクル理論を提起したエリクソンの用いた概念で、青年期の発達課題である『アイデンティティの確立』を達成する過程における心理的苦悩や葛藤、逡巡の状態がアイデンティティ・クライシスである。
アイデンティティを確立するためには、それまでの価値観や判断基準、社会に対する姿勢を整理して心理的な再構築を成し遂げなければならない。社会的な役割や責任を引き受けて、安定した自己意識を持てるようになるまでの間、不安や葛藤が強まり、不安定な自己意識や精神的混乱などのストレス反応が見られやすい。
程度の差はあれ、誰もが通らなければならない危機の時期であり、いったん形成したアイデンティティが様々な情勢の変化で揺らぐときには、中年期以降にもアイデンティティ・クライシスの状況は起こり得ることにも注意が必要である。
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