失語症(aphasia)

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このウェブページでは、『失語症(aphasia)』の用語解説をしています。

カール・ウェルニッケと失語症の古典論

失語症のタイプと脳の器質的損傷の部位


カール・ウェルニッケと失語症の古典論

失語症(aphasia)の古典的理論の歴史は、ドイツの神経学者・外科医のカール・ウェルニッケが、1874年に『ウェルニッケ失語症(感覚性失語症)』を発見したことに始まる。カール・ウェルニッケは『ウェルニッケ野(聴覚性・感覚性言語中枢)』を発見した人物でもあるが、この脳の領域が障害されると他人が話す言語を理解することができなくなるという『機能局在的なウェルニッケ失語症』が発症するのである。

話し言葉(音声言語)を聞いて理解する左半球のウェルニッケ野は、脳の上側頭回の後部に位置して聴覚野を取り囲んでおり、『ブロードマンの脳地図』では“22野”に該当する。C.ウェルニッケの仮説理論は、脳の各部位が精神・身体の各機能をそれぞれ司っているという『機能局在説』に依拠していたが、20世紀前半には脳は全体的に心身機能を司っていて各機能に分割して考えることはできないという『全体説』が医学会・心理学会を席巻した。そのため、ウェルニッケの失語症の古典論は一時的に学会から忘れ去られていたのだが、1960年代に脳の機能局在説を復興させたN.ゲシュウインドが現れて、ウェルニッケの失語症理論の有効性を改めて実証したのである。

失語症の古典論における極めて大まかな分類は、運動性言語中枢である“ブローカー野”が障害されて意味のある複雑な音声言語を適切に話すことができなくなる『ブローカー失語症(Broca aphasia)』と、聴覚性(感覚性)言語中枢である“ウェルニッケ野”が障害されて音声言語の意味を理解することができなくなる『ウェルニッケ失語症(Wernicke aphasia)』の分類である。

この二つの失語症以外にも、超皮質性運動失語、超皮質性感覚性失語、混合型超皮質性失語、伝導失語、健忘失語などさまざまな失語症の症状と脳の障害部位が定義されている。『ウェルニッケ野』は『弓状束』の神経経路を介して『ブローカー野』とつながっており、更に音声言語の理解の機能を発現するために『一次聴覚野』ともつながっている。運動性言語中枢である『ブローカー野』は、19世紀のフランスの外科医・内科医であるポール・ブローカー(Pierre Paul Broca,1824-1880)が命名したものであり、脳の機能局在説を強化することになった。

『失語症』は『構音障害』と並ぶ言語障害の一種である。失語症は『会話の内容(言葉の理解と発話の内容)・意味のあるやり取り』に問題が起こる脳機能障害であり、構音障害のほうは『舌や口唇の運動麻痺』が起こることで(会話の内容はきちんと理解できているが)物理的に音声言語が話しにくくなってしまうという障害である。

C,ウェルニッケの名前を冠した『ウェルニッケ脳症(Wernicke's encephalopathy)』という病気もあるが、これは失語症などの言語障害ではなくて『アルコール依存症・栄養の極端な不足や偏り(ビタミンB1の欠乏)』によって発症する脳の機能異常のことである。ウェルニッケ脳症はビタミンB1の極端な欠乏によって引き起こされ、『部分的眼球運動障害(眼球の動かしにくさと寄り目)・運動失調(歩行困難)・精神運動抑制(抑うつ状態)・記憶障害や意識障害のあるコルサコフ症候群』などの症状が起こってくる。

ロシアの精神科医セルゲイ・コルサコフ(1854-1900)が発見した『コルサコフ症候群』も重症アルコール依存症やビタミンB1の欠乏を原因として発生する『健忘症』を特徴とする脳機能障害であるが、コルサコフ症候群の病変部はウェルニッケ野とは関係がない。コルサコフ症候群は視床背内側核か両側乳頭体の障害を起こしており、ウェルニッケ脳症と併発して発症することが多いことから『ウェルニッケ・コルサコフ症候群』として一まとめにして診断されることもある。コルサコフ症候群の主要症状は『長期記憶の前向性健忘・見当識障害を伴う逆向性健忘』であり、過去の記憶が曖昧になり新しい出来事を覚えられなくなる健忘に対しては、辻褄合わせの『作話(作り話)』をすることで自分が正常であることを訴えようとすることが多い。

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失語症のタイプと脳の器質的損傷の部位

古典論をベースにした『失語症のタイプ』とそれぞれの特徴は以下のようなものになる。失語症の原因になるのは、脳腫瘍や頭部外傷、脳卒中(脳血管性障害)、脳梗塞などの『大脳の局在性の病変・損傷』である。ブローカー野やウェルニッケ野に代表される大脳の言語機能を司っている部位に障害が生じることで、各種の失語症が発症することになる。

1.ブローカ失語(運動性失語)……滑らかに話せない非流暢性、言語理解はある程度良好、構音(発音)が悪く間違いが多い、失文法(agrammatism)の症状で名詞だけを羅列しやすい、復唱障害、呼称障害、音読障害、書字障害。病変部は左半球前頭葉下部のブローカー野。

2.ウェルニッケ失語(皮質性感覚性失語)……発話そのものは引っかからずに流暢である、言い間違いの錯語や文法の誤りが多い、言語理解(文字理解)の障害、復唱障害、呼称障害、音読障害、書字障害。病変部は左半球上側頭回後部のウェルニッケ野。

3.超皮質性運動失語……ブローカ失語と類似した失語症だが、正しい構音(発音)で滑らかな復唱ができる。言葉数は少なく発話そのものは非流暢、口頭での理解力は高い、復唱能力は高い、呼称障害、音読障害、読解力は保たれる、書字障害。病変部はブローカー野の周辺部であり、ブローカー野と他の大脳皮質との連絡を切断している可能性が指摘される。

4.超皮質性感覚失語……ウェルニッケ失語と類似した失語症だが、正しい構音(発音)で滑らかな復唱ができる。言葉の聴き取りと復唱の能力はあるのだが、言葉の意味を理解することができない。発話そのものは流暢、言い間違いの錯語がある、口頭(文字)での理解力の障害、復唱能力は高い、呼称障害、音読障害、書字障害。病変部はウェルニッケ野の周辺部であり、ウェルニッケ野と他の大脳皮質との連絡を切断している可能性が指摘される。

5.伝導失語……復唱の障害が特別に目立って見られる失語症である、発話そのものは流暢、言い間違えの錯語がある、口頭や文字での言語理解能力はある、復唱障害、呼称は軽度の障害、音読障害、書字障害。病変部は左半球頭頂葉下部で、ウェルニッケ野とブローカ野を接続する『弓状束』を切断する恰好になっている。

6.混合型超皮質性失語……伝導失語と類似した失語症であり、その病変部から『言語野孤立症候群(isolation syndrome)』と呼ばれることもある。発話は滑らかではない非流暢性、口頭や文字の理解能力は障害されている、復唱能力はある、呼称障害、読解障害、書字障害。病変部は言語機能に関係する皮質領域とそれ以外の健全な皮質領域を切断する形で広がっているのだが、ブローカ野やウェルニッケ野、弓状束そのものは損傷していないという特徴がある。

7.健忘失語……発話は滑らかで流暢性がある、口頭や文字での理解能力も高い、復唱能力も高い。しかし、話そうとする言葉を思い出す喚語能力が著しく低下しており、話したい言葉を適切に思い出せないので話が続かない。特に名詞の喚語能力が低下するので、『失名辞失語(anomic aphasia)』と呼ばれることもある。

8.全失語……言語機能が全般的に障害される重症度の高い失語症である。滑らかに話せない非流暢性、口頭や文字での理解能力の障害、復唱障害、呼称障害、音読障害、書字障害。病変部はブローカー野とウェルニッケ野を含んだ広い領域が障害されている。

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