E.H.シャインの組織心理学:組織・人材の管理に影響する人間観と自己実現欲求

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このウェブページでは、『E.H.シャインの組織心理学:組織・人材の管理に影響する人間観と自己実現欲求』の用語解説をしています。

E.H.シャインの合理的経済人・社会人の人間観とホーソン工場の研究

自己実現人の人間観と人間の仕事に対する複雑な動機づけ


E.H.シャインの合理的経済人・社会人の人間観とホーソン工場の研究

アメリカの組織心理学者・キャリア心理学者のエドガー・ヘンリー・シャイン(Edgar Henry Schein, 1928-)は、企業の組織開発や個人のキャリア開発の理論・実践・助言(コンサルティング)の分野で活躍した人物である。E.H.シャインは、組織・企業の意思決定はその集団組織が属している社会の人々に共有されている人間観に影響を受けると考え、近代社会の発展プロセスを踏まえた『3つの人間観』を提示した。

1.合理的経済人の人間観

2.社会人の人間観

3.自己実現人の人間観

『合理的経済人』とは経済学の前提にされている人間観でもあり、人は自らの利益を最大化して損失を最小化するために合理的に判断して行動するというものである。合理的経済人を動機づける要因は『報酬(利益)』となる経済的・実利的な刺激であり、合理的経済人である人は分かりやすい『外発的動機づけ(メリットを生む外部からの刺激)』に突き動かされる存在だと考えられている。

合理的経済人である人間は、基本的には自己の利益を最大化する合理的行動を取るが、『不合理な感情・気分』によってその合理的行動が歪められたり妨害されたりすることもある。企業の経営者や組織の管理者は、この『不合理な感情・気分』による悪影響(仕事・作業のムラ)を無くすために、金銭的報酬(経済的刺激)を活用した組織の管理統制を行っていくことになる。この合理的経済人の人間観のモデルには、損得に対して合理的で計算高いが、不安定で信用することができないという『性悪説的な人間観』が含まれている。

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アメリカの経営学者・エンジニアのフレデリック・テイラー (Frederick Winslow Taylor, 1856-1915)は、工場の労働者の生産性・効率性を高めるために『科学的管理法(scientific management)』を考案した。経営者・管理者の指示命令に従って働く労働者に対して、『課業管理・作業の標準化・作業管理のために最適な組織形態』を調整しながら実施・構築するのがF.テーラーの科学的管理法である。この科学的管理法も金銭的報酬(経済的刺激)によって動機づけられる『合理的経済人』のモデルに依拠している。

F.テーラーの科学的管理法は客観的な管理方式・評価基準・作業内容を設定することによって『労使協調体制』を円滑に構築することに役立ち、その結果、『労働現場の生産性・効率性の向上』『労働者の賃金上昇』という恩恵を生み出した。しかし、組織や仕事が複雑化して生活水準が上昇する近代社会では、人々の仕事の価値ややり甲斐についての意識も変容していくことになる。合理的経済人を突き動かす『賃金(金銭的報酬)』という直接的な外発的動機づけ以外の要因にも注目が集まるようになり、組織活動・集団生活における社会的・関係的な欲求を重要視する『社会人』という人間観が提示されることになった。

社会人の人間観のモデルでは、金銭的報酬よりも『職場の人間関係を通した承認・好意+職場の仲間との連帯感・協働性』のほうが、労働者をより効果的に動機づけるとされた。産業心理学の分野で社会人のモデルを支持するものとして知られる精神科医E.メーヨーと心理学者F.J.レスリスバーガー『ホーソン研究・ホーソン工場の実験(Hawthorne Study)』は、1920年代~1930年代にかけてシカゴのウェスタン・エレクトリック社(従業員2万9千人)のホーソン工場で行われたものである。

ホーソン研究ではどのような要因が『労働者の生産性・労働意欲』に影響を与えているのかが実験的に調査されたが、当初はF.テイラーの科学的管理法などからの推測で『職場の物理的環境要因・金銭的報酬要因』が最も大きな影響を与えていると考えられていた。心理学者のF.J.レスリスバーガーは、工場の『賃金・照明の明るさ・温度・休憩時間・勤務時間(勤務後の睡眠時間)』などの物理的環境条件を調整して、労働者の生産性・労働意欲との関係を解明しようとした。

ホーソン工場で労働条件と労働者の生産性・労働意欲(作業効率)との相関関係についての研究をしたわけだが、その結果は『物理的環境要因・金銭的報酬要因』よりも『社会的環境要因・人間関係の要因』のほうが仕事の生産性・効率性に大きな影響を与えるという意外なものであった。このホーソン研究の結果を受けて、人間の持つ社会的・人間関係的な欲求の充足によって仕事の生産性・効率性を高めようとする『人間関係論の管理技法』に経営者(管理者)の注目が一気に集まることになった。

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自己実現人の人間観と人間の仕事に対する複雑な動機づけ

『社会人』の人間関係論に基づく組織管理技法は、『職務満足度の向上・職場の人間関係の改善・上司と部下の円滑な意思疎通・モラール(士気)の引き上げ・小集団の連帯感』を目指すことによって、仕事の生産性・効率性を高めようとする技法である。こういった人間関係や社会的・対人的欲求の充足を前提とする『社会人』の組織管理技法は、一定以上の生産性上昇の有効性を確かに持っているのだが、それでも職務・人間関係・連帯に対する満足感が必ずしも『生産性・効率性の上昇』につながるわけではないという限界もあった。

1960年代に入ると、良好・円滑な人間関係(コミュニケーション)を重視する社会人の組織管理モデルの限界・欠点も指摘されることが多くなり、社会人に代わる第三の人間観としてヒューマニスティック心理学(人間性心理学)や経営管理論の影響を受けた『自己実現人』のモデルが登場・発展することになった。

自分の職能・成長・使命感にまつわる潜在的な可能性を実現したいという『自己実現人のモデル』の登場は、高学歴化・高技能化を背景にしてさまざまな仕事が専門化・細分化を繰り返していく『高度資本主義社会』においては必然的なものであったと言える。高度資本主義社会や高度産業経済の中で、労働者としての人間は『巨大な生産システムの部品』としてメカニカルに組み込まれ、高度な専門性を持つ人材や抜きん出た実績を挙げる人材であっても、『自分の仕事の意義・価値』を見失う社会的アイデンティティの混乱に陥りやすいからである。

『合理的経済人のモデル』では人は『金銭的報酬・物理的環境の要因』によって強く動機づけられる受動的(機械的)な存在と見なされ、『社会人のモデル』では人は『人間関係・社会的欲求(承認・尊重)の要因』によって強く動機づけられる関係的(共同体的)な存在と見なされるが、『自己実現人のモデル』ではより直接的に『仕事のやり甲斐や自分の能力開発を通した価値・意味』が強く求められることになる。

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合理的経済人や社会人の仕事のモチベーションは、外部にある賃金(金銭)・人間関係(他者からの承認)を求めて行動するという『外発的モチベーション』であるが、自己実現人の仕事のモチベーションは、内部にある仕事の価値・自分の成長や達成感・可能性の実現を求めて行動するという『内発的モチベーション』であり、外的報酬を求めるか内的報酬を求めるかの違いがある。自己実現人は企業活動や仕事・職業を通して、自分のやりたいことや潜在的な可能性を実現したいと考えており、『自己成長の実感・達成感の満足・仕事の意味に対する納得』を強く求めているのである。

自己実現人の人間観を前提とした組織管理・人材管理では、金銭的報酬の増加や社会的・対人的欲求の充足よりも、『仕事のやり甲斐・仕事の意義や価値の実感・自分の潜在的な可能性や成長の実現』が重要視されることになり、各人に心から『自分のやりたい仕事をしているという意欲・責任・自尊心』を持ってもらうことが大きな課題になる。

自己実現人の人間観のモデルを説明する心理学・組織経営学の理論としては、アブラハム・マズローの欲求階層説・自己実現理論、C.アージリスの成熟・未成熟のパーソナリティー理論、ダグラス・マクレガーのX-Y理論、F.ハーズバーグの動機づけ理論・衛生要因理論などがある。

組織心理学者のE.H.シャインが提唱した『合理的経済人・社会人・自己実現人』という3つのモデルは、近代産業社会や企業社会における組織管理技法・人材管理論に大きな影響を与えたが、これらのいずれか一つだけを採用してしまうと多種多様な特徴・適性を持つ個人を『画一化・単純化・一般化』し過ぎてしまう弊害が出てしまうことになる。E.H.シャインは個別の人間の欲求(動機づけ)は、それぞれの人間が置かれた状況・境遇・心理状態や精神発達段階によっても大きく変わると述べ、現実の組織管理や人材活用を行おうとする場合には『合理的経済人・社会人・自己実現人』をその都度適切に使い分けたり組み合わせたりする必要があるとした。

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