このウェブページでは、『R.E.ニスベットらの分析的思考と包括的思考:文化心理学』の用語解説をしています。
文化心理学の定義とH.R.マーカス、北山忍の文化的自己観
R.E.ニスベットの分析的思考と包括的思考
文化心理学(cultural psychology)とは、日常生活ともつながった文化的・社会的・歴史的な要因や視点から、人間の心的プロセスを解明しようとする応用心理学の分野である。文化心理学は人間の心理が『文化的・社会的・歴史的な諸要因(人間の精神活動と生活活動が生み出す諸要因)』から形成されるという立場に立つので、心理学以外にも『社会学・文化人類学・歴史学・哲学』などの分野の知見を縦横に活用しながら研究を進めていくという学際主義的な特徴がある。
文化心理学の観点からすると、人間の心理は『親の養育態度・教師の指導内容・友達や恋人とのコミュニケーション・民族的伝統的な価値観・政治的な権力や法律の作用・あいさつや会話の慣習とマナー・国家や集団の歴史認識』などの文化的・社会的・歴史的な諸要因によって形成されていることになる。文化や社会の中を現実に生きていくことによって、人の心的プロセスの具体的な内容や推移が作られていくのである。
心理学者のH.R.マーカスと北山忍(きたやましのぶ)は、文化的要因と心的プロセス(性格傾向)の相互作用について『文化的自己観(cultural construal of self)』という概念を用いて説明している。
文化的自己観というのは『ある文化圏において歴史的に共有されている標準的な自己像についての素朴理論・素朴定義』であり、H.R.マーカスと北山忍は西洋文化と東洋文化における文化的自己観の二元論的な差異について語っている。文化的自己観の差異は、その文化圏に属する人々の『認知・思考・感情・人間関係・動機づけのパターン』を大枠において規定する働きを持っている。
西洋文化圏の相互独立的自己観(independent self)……西洋文化圏(欧米圏)に生きる人たちは、個人の気質・性格においても社会の制度・規範においても、相互に『独立した個人』が判断と選択をしながら行動するという文化的自己観を持っている。
東洋文化圏の相互協調的自己観(interdependent self)……東洋文化圏(東アジアの儒教文化圏)に生きる人たちは、集団社会における自己の位置づけ(役割規範)や他者からどう見られているかという自意識(世間体)に影響されやすく、相互に『協調・依存する個人』によって社会生活が営まれるべきという文化的自己観を持っている。
西洋文化の文化的自己観は『相互独立的自己観の個人主義』とされるが、それと同時に『個人志向性の強い社会状況』がそこにはある。東洋文化の文化的自己観は『相互協調的自己観の集団主義』とされるが、それと同時に『対人志向性の強い社会状況』がそこにはある。
心理学者のR.E.ニスベットは、上記したH.R.マーカスと北山忍の『西洋文化圏・東洋文化圏の文化的自己観の二元論(西洋文化の個人志向性と東洋文化の対人志向性の二分類)』を参照して、この社会的・文化的な差異が生み出してきた文化的自己観の分類を『認知パターンの違い』にも応用できると考えた。
R.E.ニスベットは文化的・社会的・歴史的な諸要因の影響を受ける認知パターン(認知様式)の二分類として、以下の『分析的思考(analytic mode of thought)』と『包括的思考(holystic mode of thought)』の差異を提唱したのである。
分析的思考(analytic mode of thought)……さまざまな刺激の中から最も関心のある刺激(対象)だけに注意を向けて、その刺激(対象)から得た手がかりを元にして仮説演繹的に対象の心的表象を作り上げていく思考のプロセスのことである。その刺激(対象)以外のノイズと見なされた刺激は無視されることが多い。
包括的思考(holystic mode of thought)……特定の刺激(対象)だけではなくその刺激を取り囲むコンテクスト(文脈)にも広く注意を向けて、さまざまな手がかりを得ながら全体的配置・記憶を検索(照合)しながら心的表象を作り上げていく思考のプロセスのことである。特定の対象とそれを取り巻く対象・環境のコンテクストも合わせて考えるので、心的表象の材料となるサンプルが豊富である。
分析的思考と包括的思考の認知パターン(認知様式)の違いを検証するテストとして、『線の長さの判断課題』と呼ばれるものがある。被験者に対して枠組みの中に線を書いた刺激を呈示してから、以下の2つの異なった課題のどちらかを与える。
課題1(絶対判断課題)……初めの枠組みとは大きさが異なる枠組みを呈示して、初めの線と同じ長さの線を引きなさいという課題を与える。
課題2(相対判断課題)……“初めの枠組み”と“線の長さ”の比率と同じ比率で、次の枠組みの中に線を引きなさい(線の長さが枠組みの長さの4分の1の比率なら、次の枠組みの長さの4分の1の長さになるような線を引く)という課題を与える。
課題1の絶対判断課題は、背景情報である枠組みを無視して線の長さだけに注意を向けるという『分析的思考(分析的知覚)』が用いられている。課題2の相対判断課題では、背景情報である枠組みと線の長さの比率に広く注意を向けるという『包括的思考(包括的知覚)』が用いられている。
日本人とアメリカ人の集団を対象にしたこの線の長さの判断課題では、日本人は包括的思考(包括的知覚)を調べる課題2(相対判断課題)の正答率が高く、アメリカ人は分析的思考(分析的知覚)を調べる課題1(絶対判断課題)の正答率が高かったのだという。R.E.ニスベットはこの実験結果から、日本は対人志向性(集団協調性)の高い文化であることから包括的思考が適応的になりやすく、アメリカは個人志向性(相互独立性)が強い文化であることから分析的思考のほうが適応的になりやすいのだとした。
言語的な情報処理プロセスにおいても、西洋文化の欧米人と東洋文化の日本人(東アジア圏の人)では違いが見られるという。感情刺激的な発話(メッセージ)を呈示された場合に、欧米人は感情的に話された“言語内容”そのものに注意を向けて理解しようとするが、言葉が話された状況や関係性を反映した“語調情報”にはほとんど注意を向けない。反対に、日本人は感情的に話された“言語内容”そのものには余り注意を向けず、その言葉が話された状況や関係性を反映している“語調情報”のほうに半ば反射的に注意を向けてしまうのだという。
文化心理学の研究成果から見ると、認知パターン(性格傾向)として現れてくる『個人志向性』や『対人志向性(集団志向性)』は、個人の持つ生得的な気質・性格の要因にだけ基づいて作られるのではなく、各文化圏で歴史的に蓄積されてきた慣習・意味・生活・価値などの文化的諸要因によって恒常的に喚起されている個人の心理傾向として理解することができるだろう。
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