スタンレー・ミルグラムの服従実験

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アイヒマン裁判の影響を受けたスタンレー・ミルグラムのミルグラム実験

ミルグラム実験(アイヒマン実験)から導かれた権威主義・役割規範に弱い人間像

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アイヒマン裁判の影響を受けたスタンレー・ミルグラムのミルグラム実験

アメリカの心理学者スタンレー・ミルグラム(Stanley Milgram,1933年8月15日~1984年12月20日)は、両親がユダヤ人であるということもあって、大勢のユダヤ人及び障害者・高齢者(無能力者)・ロマが機械的かつ組織的に虐殺されたホロコーストの心理メカニズムに学術的関心を持ち、『権威・命令に対する服従の心理や行動』を検証するための一連の心理学的実験を行った。

アドルフ・アイヒマンはナチスドイツの支配下にあった東欧で、数百万人のユダヤ人を強制収容所に輸送する職務を遂行した『ナチス戦犯』であり、戦後に南米アルゼンチンに逃亡していた。しかし、イスラエルの諜報機関によって1960年に逮捕され、翌年エルサレムでアイヒマンが戦争犯罪者として裁判に掛けられると、アイヒマンの実像は『残酷・冷淡な異常人格者』などではなく『職務命令に忠実なだけの平凡・生真面目な人物』であることが明らかになった。

スタンレー・ミルグラムはイスラエルでの『アイヒマン裁判』を経て、『平凡で真面目な一般市民であっても、閉鎖環境で一定の条件下(役割分担下)に置かれると、誰でもナチスの戦犯のような残虐行為を犯す可能性があるのではないか』という疑問を持つようになり、一定の上下関係(役割関係)の下で権威者(上位者)から指示・命令を出されるという人為的な環境を準備して心理学実験を行った。1962年に実施された権威に対する服従を検証したS.ミルグラムの実験を指して『ミルグラム実験』『アイヒマン実験』と呼んでいる。

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ミルグラム実験の結果及び解釈は、1963年に『異常心理学・社会心理学ジャーナル』『服従の行動研究(Behavioral study of obedience)』として発表されている。

ミルグラム実験の被験者は、『記憶・学習に関する実験の仕事(一定の報酬あり)』に参加してくれる協力者(20~50歳の男性)を求めるという新聞広告を通じて集められたが、協力者の学歴は中卒から博士号所有者までバリエーションに富んでいた。『学習における罰の効果』を測定するという実験目的について説明を受けた参加者は、くじ引きで『教師役(罰を与える役)』『生徒役(罰を受ける役)』とに分けられたが、実際にはすべての被験者が教師役になるように仕掛けがされていた。

教師役となる被験者は最初に『罰の痛みの体験』として、45ボルトの電気ショックを受けさせられて、生徒役の人が受ける痛みを体験することになる。二つの対になる単語リストを読み上げてその組み合わせを記憶する学習課題(=対連合学習の課題)を行い、生徒役の人が間違える度に電気ショックを与えるように指示されるのだが、実際には『生徒役=サクラ(やらせ)』であり本当は電気は流れていないので痛くはない。しかし、教師役の被験者には、生徒役がサクラであることは分からないので、『電気ショックを受けて痛がる(苦しむ)演技』を見れば、本当に電気ショックを受けた生徒役の人が痛みや恐怖を感じているという風に受け取っているはず(自分自身も最初に電気ショックの痛みを経験しているので共感しやすいはず)である。

教師役の被験者は、対連合学習の問題を一問間違えるごとに、15ボルトずつ電圧の強さを上げて罰を与えるように指示されており、『生徒役の中止の要請(もうやめたいという訴え)』があっても電気ショックを与え続けるようにとも言われていた。しかし、罰の電圧を高くするにつれて生徒役が苦痛・恐怖を訴えるアクションが大きくなっていくので、普通であれば、幾ら権威者(雇用者)から指示・命令を出されていたとしても、途中で『自分の同情・不安・判断』によって電気ショックを与える罰をやめるだろう(生徒役の苦痛の訴えや中止の願いを受け容れるだろう)と予測されていた。

電気ショックの機械の電圧調整つまみには、200ボルトの部分に『非常に強い』、375ボルトの部分に『危険』などの表示があり、誰もが視覚的にすぐに『これ以上の電気ショックを与えると危ない』という知識が得られるようにもなっていた。

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ミルグラム実験(アイヒマン実験)から導かれた権威主義・役割規範に弱い人間像

ミルグラム実験は条件や環境をさまざまに調整して、20回以上にわたって行われたが、『間違いに対して電気ショックの罰を与え続けろという雇用者の指示・命令』『もうこれ以上電気ショックを与えないでくれ(自分はもうこの実験をやめたい)という生徒役の苦痛の訴え・中止の要請』では、過半の被験者が程度の差はあっても『権威者(雇用者)の指示・命令に従属するという行動選択』をしたのである。

電圧が高くなるにつれて生徒役(サクラ)の被験者は、次第に『強い苦痛・恐怖・不安』を訴え始め、150ボルト以上になると『拷問を受けているような絶叫・悲鳴』を上げていたにも関わらず、過半の教師役の被験者は電気ショックを与えることをやめなかったというショッキングな結果であった。

確かに、生徒役の苦しむ声を聞いたり恐怖を感じている様子を見て、途中で電気ショックを与えることをもうやめようとした被験者も少なからずいたのだが、その時には白衣を着た権威のある博士役の人物が現れて、『実験をそのまま続行してください』『この実験はあなたに続行して貰わなくてはならない』『あなたに続行して いただく事が絶対に必要です』『迷わずにあなたは続けるべきです(責任は我々が負いますので)』などのコメントを冷静な態度で話して、被験者に飽くまで実験を続行するよう指示を出した。その博士役のコメントによって、いったん電気ショックをやめようとした被験者でも、再び強い電気ショックを与え始める事が多かったのである。

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あるミルグラム実験の結果は、被験者40人のうち25人(62.5%)が用意されていた最大電圧である450ボルトまで、指示に従って電気ショックの電圧を上げたというものであり、事前の精神科医や心理学者の予測(事前予測では数%程度の人しか最大電圧を与えないと見られていた)よりもこの確率はずっと高かった。途中で実験の中止・辞退を申し出る者、実験の報酬を返金するからもうやめたいという者も確かにいたが、それでも博士役の人物の『実験の責任はこちらが負いますので続けてください』のコメントによって、300ボルト以下の電圧で電気ショックを与えることをやめた被験者は一人もいなかったのである。

実験の状況や条件を細かく変化させることで、『権威者(雇用者)の指示・命令に対する服従率』は0~93%までの大きな変動が見られたが、この事は人間の行動選択は『主体的・自律的・自由選択的』ではないことを意味している。即ち、人間の行動選択は『相手の権威性(立場上の優位性)の有無』『自分と相手との上下関係』『権威者の指示の強さや内容』『指示・命令を実行する環境(状況)』などの要因に大きく左右されるのであり、自分が思っているような『善悪の分別・他者への思いやり・道徳観や倫理感』に従った行動選択が実際にはできないことのほうが多いのである。

ミルグラム実験は『権威主義・上下関係・役割規範(決められた役割への適応)』に弱くて、権威的な命令や役割分担の遂行に服従しやすいある種の『人間の本性(社会的動物としての行動傾向)』を炙りだしたのだが、ミルグラム実験の意義はE.フロムなどが哲学的・社会学的に指摘した『権威主義的パーソナリティー』を実証的に証明したところにもある。

ミルグラム実験(アイヒマン実験)は、自分個人の善悪の分別や倫理規範に逆らってでも、権威主義的な指示・命令に半ば無意識的に従ってしまいやすいという人間の本性を浮き彫りにして、『自分の自己判断(善悪観)』では通常できないような残酷で恐ろしい行為でも『権威者からの命令(お墨付き)・集団内での役割』があればやってしまいやすいという危険性を示唆した。

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ミルグラム実験は『特定の条件下(役割規範の下)で残酷な行為をしてしまうことがある人間心理の本質』を解明したとして国内外で評価されたが、『サクラを用いて被験者を騙すような手順を踏んだこと・被験者に虐待や拷問をしているような心理的苦痛を与えたこと』などの点で倫理的な問題(研究倫理上の問題)があるのではないかという批判を受けたりもした。

『権威・役割規範に人間が従いやすいという実験の結果』についても、同じような閉鎖環境・役割関係でも、小さな条件や要素の変更によって全く異なる結果が出てしまうことがあるという反論も出されている。1974年にスタンレー・ミルグラムは『権威に対する服従』(邦訳は『服従の心理―アイヒマン実験』)を出版したが、この著作はアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science)に評価されて同年の社会心理学賞を受賞することになった。

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