『枕草子』の現代語訳:130

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『世の中に、なほいと心憂きものは、人ににくまれむことこそあるべけれ。』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

252段

世の中に、なほいと心憂きものは、人ににくまれむことこそあるべけれ。誰てふもの狂ひか、我、人にさ思はれむ、とは思はむ。されど、自然に、宮仕へ所にも、親、はらからの中にても、思はるる、思はれぬがあるぞ、いとわびしきや。

よき人の御ことは、さらなり、下衆(げす)などのほどにも、親などのかなしうする子は、目立て、耳立てられて、いたはしうこそおぼゆれ。見るかひあるは、ことわり、いかが思はざらむ、とおぼゆ。

ことなることなきは、また、これをかなしと思ふらむは、親なればぞかしと、あはれなり。親にも、君にも、すべてうちかたらふ人にも、人に思はれむばかり、めでたきことはあらじ。

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[現代語訳]

252段

世の中で、やはりとても憂鬱なもの(嫌なもの)は、人に憎まれるということだろう。誰でも、どんな狂人であっても、どうして自分が人に憎まれたいなどと思うだろうか。しかし、自然に宮仕えをする所でも、親ときょうだいの間でも、愛される者と愛されない者とがいるのは、とても悲しいこと(とても情けないこと)である。

身分の高い人のことは言うまでもなく、下々の身分の者でも、親などが可愛がる子は、目立っていて注意を集めて、可愛がられるものである。見るだけの綺麗な容姿をした子は道理である、どうして親が可愛がらないことがあるだろうかと思う。

格別な魅力もない子は、またこの子を可愛いと思うのは親なればこそだと、しみじみとした気持ちになる。親にでも主君にでも、一般的に仲良くしている人にでも、人に愛されるということほど、素晴らしいことはないだろう。

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[古文・原文]

253段

男こそ、なほいとありがたくあやしきここちしたるものはあれ。いときよげなる人を捨てて、にくげなる人を持たるも、あやしかし。公所(おおやけどころ)に入り立ちたる男、家の子などは、あるが中によからむをこそは選りて(えりて)思ひ給はめ。及ぶまじからむ際(きわ)をだに、めでたしと思はむを死ぬばかりも思ひかかれかし。人の女(むすめ)、まだ見ぬ人などをも、よしと聞くをこそは、いかでとも思ふなれ。かつ女の目にもわろしと思ふを思ふは、いかなることにかあらむ。

容貌(かたち)いとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれに詠みて、恨みおこせなどするを、返事(かへりこと)はさかしらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち嘆きてゐたるを、見捨てて行きなどするは、あさましう、公腹(おおやけばら)立ちて見証(けんしょう)のここちも心憂く見ゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。

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[現代語訳]

253段

(女である私から見れば)男というのは、やはりとても珍しくて奇妙な心を持った存在である。とても綺麗な女を捨てて、醜い女を妻に持っているのも、不思議なものだ。禁中に入って勤めている身分の高い男、良い家柄の子弟などは、綺麗な女の中で良い女を選んで思いを寄せられたら良いのに。手が届きそうにない女だって、素敵だと思う女性を、死ぬほどに思い焦がれたら良いのに。人の娘やまだ見ない女などでも、綺麗だと聞く女をこそ、どうにかして妻にと思うものだが。更に、女の目から見ても美しくないと思うような女を男が好きになるのは、一体どういうことなのだろうか。

容貌がとても美しくて、心も魅力的な人で、文字も上手で、歌も情趣のある歌を詠んで、男に恨みの手紙を寄越したりするのに、その返事は小賢しくするのに寄りつかず、哀れな感じで男の薄情を嘆いている女を見捨てて、他の女の所に行ったりするのは、呆れてしまって腹が立って、客観的に見ていれば憂鬱な気持ちになるものだけれど、(男が自分のほうを選んでやってくるという)自分の身の上の話になってしまうと、まったく相手(見捨てられた女)の心苦しさというものがわからなくなる。

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