唯一の客観的真理を前提とする“論理実証主義”と現実の多様性の生成を前提とする“社会構成主義”

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『臨床心理学の統合的な発展』という記事で、臨床心理学の基本的な3つの研究方法である実験法、調査法、臨床法を挙げて、それぞれの研究法の概説を施した。

理想的な心理カウンセラーやサイコセラピストは、クライアントの心理的な苦悩や症状を緩和し援助する実践家であると同時に、基礎理論を検証する科学者であることが望まれるわけだが、日本では科学的な理論仮説の提示と検証があまり精力的には行われてこなかったという経緯がある。

また、実証的な自然科学を模範とする基礎心理学と実践的な有効性の発揮を目的とする臨床心理学との性格や歴史の違いを指摘して、科学的研究者と臨床的実践家との領域を区別すべきではないかという反論もある。

医学分野では臨床医と研究医は明らかにその仕事内容と期待される役割が異なっており、それぞれが、専門領域での仕事に励むことで結果としての利益や発展を生み出してきた歴史もあるので、臨床と研究を統合すべきか役割分担すべきかという議論に単一の正答はないと私は考える。

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しかし、心理カウンセラーにせよ臨床心理士や精神科医にせよ、精神機能や心的過程に関する一般法則の定立につながる“実験法や調査法による量的研究方法の成果”を完全に無視することはできない。

個人的な経験に基づく治療計画やカウンセリングプログラムの有効性や妥当性を盲信して新たな情報への無関心な態度をとるべきではないし、心理療法やカウンセリングの有効性をより高める為に科学的な研究成果にも目を向けていかなければならない。

医療分野では、数年前からEvidence-based Medicine(科学的根拠に基づく医療)の重要性が叫ばれているが、心理学分野でも、一人一人の人格や症状、特性といった個別的要因を十分に考慮した上で、必要に応じてEvidence-basedな客観妥当性のある技法やカウンセリングを提起していく必要があるだろう。

『我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)』……ルネ・デカルトの近代的自我の発見は、即ち、“観察する視点としての主観”“観察される対象としての客観”であり、機械論的自然観を前提として一般法則を探究する科学研究の始まりであった。

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合理主義と経験主義が未だ統合されていない近代科学の黎明期に、理性的思考力を持つ人間は科学的主体となって、客体としての自然世界を観察して分類整理し、あるいは、実験的に分析操作して『自然の摂理を理論的に把握して、その一般理論を人間の利益になるように応用する営為=自然科学的探究』を行うようになった。

自然科学は、『知は力なり』という経験主義者フランシス・ベーコンの格言に従うかのように、苛酷な自然の脅威を科学知を応用して技術的に征服することを可能ならしめたが、一方で、行き過ぎた森林伐採や自然開発による環境破壊問題を生み出し、機械的な大量殺戮を可能とする大量破壊兵器(核兵器:atomic・生物兵器:biological・化学兵器:chemical:ABC兵器,NBCR兵器)の開発による無差別テロや大規模戦争の恐怖を作り出すという弊害も生み出した。

ここでは、科学技術の利用に関する倫理的問題や自然科学研究が取り扱う問題事象の範囲や研究目的の是非について詳細に語る余裕がないが、そういった科学哲学や環境倫理学の分野に相当する内容についてもその内ゆっくりと考えてみたいと思う。

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自然科学的な研究方法によって、誰にでも適用することのできる客観妥当性のある一般法則を構築し、その検証過程を経た明晰で確実な知に基づいて、心理療法やカウンセリングを行うべきだと考える人達の思考方法の基盤には、“論理実証主義(logical positivism)”の考え方があると考えられる。

反対に、心理療法やカウンセリングは、主観的で相対的な人間存在と心理を取り扱う理論・技法であるだけでなく、温かく安心できる信頼関係といった感情的な要素が大きく影響するので、過度に自然科学的な客観性や実証性のみに傾斜することは望ましくないという人達もいる。

個人的な臨床経験による事例研究や数量化できない人間関係を重視する人達は、科学的客観性への偏重の批判を論理実証主義に対する批判として主張することがある。

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論理実証主義とは、科学哲学の成立に寄与し、科学による統一的な世界把握の可能性の夢想を押し広げた科学原理主義的な思想運動であり、時代潮流である。

論理実証主義(logical positivism)

■論理実証主義について

論理実証主義とは、世界のあらゆる現象や事物を、論理的思考と実証的検証によって、客観的に理論化・法則化して把握できると考える思想的立場である。論理実証主義者は、この世界には『人間・時間・場所といった主観的要素に左右されない唯一の普遍的客観的事実』が存在しているという確信的前提を持っている。

その前提の下で、論理実証主義者は、この世界の唯一の客観的事実のメカニズムを説明する一般理論の仮説を提示して、その仮説が普遍的に正しい事を実験・観察といった方法を用いて証明・検証しようとするのである。

論理実証主義は、神・精神・魂・心霊・善・美・自由・愛といった定量化できない形而上学的命題を論理的・経験的に無意味なものだとして否定し、厳密な言語の使用と正確な対象の検証によって『客観的な知』を獲得することで世界を科学的に把握しようとする。

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1.論理実証主義は、感覚的経験による観察、即ち実際に自分で見たり触れたりする経験的事実を重視し、観念的思索による思想や物語、即ち個人の頭の中で展開される主観的な心理内容を排除する。

その事から導かれる事は、形而上学を否定する論理実証主義の説く『客観的な知』の基盤は経験主義にあり、経験的に観察・実験して理論法則の正しさを検証・確認することによって世界事象に関する有意味で正確な理解を得る事が出来るのである。

2.ウィトゲンシュタインが、哲学史上の解決困難な難問(アポリア)は、言語の間違った使用による混乱や言語の不正確で曖昧な使用による誤解に基づくものであると語ったように、論理実証主義は言語の間違った使用によって生まれる『論理的に無意味な形而上学的な問題』を回避する為に、知識の表現形態である言語の論理的分析と整理を厳密に行うことを研究目的の一つに置いた。

3.論理実証主義の究極的な目標は、偽なる命題を排した諸学問分野の統合によって、客観的・普遍的な知識を獲得し、科学的世界把握を完成させることにある。

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■論理実証主義の歴史過程

論理実証主義は、科学経験主義とも呼ばれ、新実証主義の流れから発展してきた自然科学運動であり、科学的な世界把握といった目的理念を持つ思想潮流である。 論理実証主義を標榜した学者集団には、ウィーン学団、ウプサラ学団、ケンブリッジ分析学派など幾つかの集団があるが、その中で最も大きな功績と役割を果たしたのは、ウィーン大学の哲学教授だったシュリック(Moritz Schlick 1882~1936)が中心となって1920年代に結成されたウィーン学団である。

ウィーン学団は、会員ではなかったルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』やバートランド・ラッセルの論理学などから大きな影響や示唆を受け、厳密な言語分析に基づく正確な記述と妥当な論理によって自然科学的な世界分析を行っていくことになる。

科学者・哲学者・数学者などから構成されるシュリックのサークルに、ルドルフ・カルナップが加わって、実証主義に基づく統合的な研究は一層その勢いを増し、ドイツのライヘンバッハ、ヒルベルト、ヘンペルらを中心とした『経験哲学協会』が会合に参加し始めた1929年頃をもってウィーン学団が成立した。

ウィーン学団には、反証可能性の概念を提示して、科学と非科学の境界問題に対する暫定的な回答を示し、ウィトゲンシュタインとの確執があったことでも有名なカール・ポパーなどがいる。

ウィーン学団という名称そのものは、『科学的世界把握――ウィーン学団』という学団のマニュフェスト(研究綱領文書)を中心となって執筆したオットー・ノイラート(Otto Neurath 1882-1945)によって名付けられた。

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この綱領の刊行によって、欧米の進歩的なインテリゲンチャ(知識人階層)は強烈な影響を受け、論理実証主義は単なる学説研究の範疇を超えて、分野横断的な学問領域全体を統合的に方向づけていく革命的な思想運動として展開されていくことになる。

論理実証主義は、ナチスドイツによるウィーン学団弾圧によって、事実上その活動基盤としての学者集団が崩壊するが、分析哲学や科学哲学の発展を促した論理実証主義は、マルクス主義哲学(共産主義思想)、現象学、実存主義と並び立つ主要な近代哲学思想の一つとして位置づけることが出来る。

■論理実証主義の有意味・無意味の判断基準としての『検証可能性』

論理実証主義がこの世界で有意味と判断する命題は以下の検証可能性命題を用いて判定される。

『真なる命題の全体は、自然科学の全体であり、自然科学の外部には偽なる命題しか存在しない――形而上学の無意味化・否定』

『有意味な命題は、すべて経験的に検証可能でなければならない――自然科学的世界観』

『真なる命題は検証可能な命題であり、偽なる命題は反証可能な命題である――ポパーの反証可能性』

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ここまで、論理実証主義の思想内容や目的理念についての概略を述べてきたが、経験的に真偽を検証できない命題(問題)は端的に無意味であるとして退ける論理実証主義には、『複雑多様な現実世界の理解を妨げる還元主義の限界』がある。

論理実証主義の確信的前提である『唯一の客観的実在』という前提そのものを懐疑し、日常的に多元的な様相を呈する現実世界をありのままに認識しようとする思想的立場が現れてきた。

この現実世界の多様性や複雑性を肯定的に捉えて、唯一の客観的現実のスキーマ(理論的枠組み)を相対化する立場を『社会構成主義(social constructionism)』という。社会構成主義については、またの機会に詳述したい。

元記事の執筆日:2005/05/16

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