大人のADHDの増加と現代で求められる知的学習・適応能力のハードル上昇:1、大人のADHDの増加と“中枢神経の情報伝達・遺伝・近代的環境”のADHDの原因論:2

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大人のADHDの増加と“中枢神経の情報伝達・遺伝・近代的環境”のADHDの原因論:2


ADHDの不注意優勢型における注意力・集中力の障害と心理社会的ストレス(注意力のむら)


生物学的原因を重視する発達障害と親子・養育要因を重視する愛着障害:社会階層の影響とADHD


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大人のADHDの増加と現代で求められる知的学習・適応能力のハードル上昇:1

発達障害の一つであるADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder:注意欠如多動性障害)は、かつて小児期(児童期)・思春期に特有の『子供の発達障害』と考えられていたが現在は『大人のADHD』が問題になることも多い。DSM-5からは『大人(成人期)のADHD・ADD』が存在することを前提にして診断基準が策定されており、ADHDの発症年齢もかつての7歳以下から12歳以下に引き上げられて、小学校高学年くらいの年代で初めて発症するケースが想定されるようになった。ADD(Attention Deficit Disorder)というのはADHDから“Hyperactivity(多動・過活動)”を除いた不注意(注意障害)をメインとする発達障害である。

大人(成人期)のADHDといっても厳密には『大人になってから初めて発症するADHD・ADD』というのはDSMでは想定されておらず、『子供時代(12歳以下)で発症していたものが気づかれずに遷延し大人になって不適応・困難の問題が出てきたケース』が前提になっている。ADHDをはじめとする発達障害は1990年代後半から増加を始め、近年特に他の精神疾患と比べても増加率が高いとされるが、最近になって突然発症率が高まったというよりも、過去に類似の症状や困難を抱えて悩んでいる人はいたが医学的に診断すべき障害として認知されていなかったという理由が大きいのだろう。

発達障害の人自身が困っていても受診・診断の動機づけがなかったり、発達障害の概念・知識そのものが医師にもほとんど普及していなかったため、集中(遂行)できない注意散漫や落ち着かない多動、セルフコントロールしづらい衝動性などがあっても本人の性格傾向(生得的・学習的な欠点の一つで医学では対処困難なもの)として解釈されやすかった。ADHDやADDの根本的原因は今でも不明であり、自閉症スペクトラムなど他の発達障害と同じく、こうすればADHDで困難や問題になっている症状が短期間で良くなるというような決定的な治療法もないが、早期発見(早期診断)による段階的な療育・心理教育・自己洞察などによって、『自分らしい状況適応・能力発揮の仕方(できそうな仕事・参加しやすい集団・やりやすい作業など)』に目処がつきやすくなるという利点はある。

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ADHDの患者が21世紀に入ってから急増した背景には『精神科医・神経科医の発達障害関連の知見・認識の高まり(発達臨床精神医学の観点からの医師・患者双方の発達障害の意識化と診断されやすさ)』があるが、それと併せて『現代社会で健常者(普通の発達を遂げた人)に求められる適応能力・遂行能力・対人能力(コミュニケーション能力)のハードルの上昇』も影響しているだろう。ADHDに関連するとされる遺伝子レベルの要因は、人類の歴史を遡れば元々は病気や障害につながるだけの不適応なものではなく、遊牧民族(ノマド)などに多く見られたもので、『移住生活における高い活動性・外的状況の変化に合わせた注意力の移り変わり・反射的な狩猟や戦闘への適応能力・自然環境でのサバイバルに役立つ運動神経』を発現するメリットもあったのではないかという仮説もある。

一つの場所(部屋のデスク)でじっと落ち着いて過ごすとか、身体を動かさずに物事やテキストに集中して頭だけで学習するとか、反射的に動かずに自己制御して我慢するとかいう、『近現代的な勉強・授業・労働』につながるライフスタイルとその適応能力は歴史は浅く、むしろ人類全体の今までの歴史プロセスでは一般的なものとまではいえず、特異的・近代文明的なものだという見方も成り立つからである。『時代・環境・条件・目的』が変われば『不注意・多動(過活動)・衝動性』に代表されるADHDの症状とされる行動・意識の特徴が逆に適応的になって役立つ可能性もあるというわけである。とはいえ、現代の一般的な学習・労働・社会参加・対人関係への適応においては、ADHDの人は落ち着けず不利になったり、仕事(コミュニケーション・業務遂行)の支障になってしまいやすいので『発達障害』の一つとして分類されることになってしまう。

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大人のADHDの増加と“中枢神経の情報伝達・遺伝・近代的環境”のADHDの原因論:2

ADHDの歴史的な原点は20世紀半ばの『MBD(Minimal Brain Disorder:微細脳機能障害)』にあるが、現在では脳組織に微細な傷があるとか脳の器質的な異常・病変があるとかいう『器質的な原因(検査によって確認できる脳の物理的な病変や病因)』はないことがわかっている。ADHDや自閉症スペクトラムなどで軽度の脳波異常は見られるケースもあるようだが、大部分のケースでは脳の中枢神経系にMRIやCTなどで確認できる種類の異常・病変はない。

ADHD(注意欠如多動性障害)の歴史とMBD(微細脳機能障害):DSMやICDの診断基準

ADHDの根本原因は遺伝要因か脳内の情報伝達の生理学的要因であり、ADHDに対して中枢神経刺激薬のメチルフェニデート(リタリン、コンサータ)を用いた薬物治療が行われて一定の改善効果が確認されていることから、『ドーパミン系・ノルアドレナリン系の神経伝達プロセスの機能低下(精神運動性を司る脳内のドーパミン系・ノルアドレナリン系の濃度低下)』がADHDの生物学的原因の一つとして推測されている。ADHDではドーパミン系・ノルアドレナリン系の濃度が低下して脳内の神経伝達プロセスが阻害されることで、『注意力・集中力・遂行力・状況適応力・衝動抑制(セルフコントロール)』などが低下しやすくなっているとされるが、脳内の神経伝達物質はドーパミンにせよノルアドレナリン、セロトニンにせよその他の精神疾患の症状形成とも関係しているので、メチルフェニデートに効き目があるとしても、ADHDだけに特有の生理学的異常なのかははっきりしない部分が多い。

ADHDの発症原因には、胎児期(胎生期)における母体の薬物使用や中毒物質・劇毒物への接触なども関係するとされ、胎児期・新生児期の中枢神経系の形成プロセスの障害も指摘されているが、現段階では双生児研究における一卵性双生児のADHD有病の一致率の高さや家族歴の研究などから『遺伝要因』の影響もあるとされている。ADHDの家族歴では両親や近しい親戚などにADHDを持つ人の割合が高く(家系・親族関係を調査するとADHDとアスペルガー障害などの発達障害の有病率が平均よりも高く)、双生児研究では同じような養育環境で育てられても二卵性双生児よりも一卵性双生児のほうがADHDを持つ一致率が有意に高くなっているのだという。

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ADHDの平均的な有病率は小児期(幼児期・児童期)においては約5~6%であり、約17人から20人に一人と考えるとやはり多いが、小児期から気づかれずに遷延したものを含めた大人(成人)のADHDの有病率も3~4%で、(研究者によって数字の多少の変動はあるにせよ)かつて子供の疾患・発達障害と認識されていた時代の常識から考えると少なくはない数字になっている。国際的に国ごとの大人のADHDの有病率を見ると、やはり『先進国で有病率が高くて途上国で低い傾向』があり、『昔ながらの農業国よりも工業国・先端産業の国(企業中心の経済・雇用労働の国)で高い傾向』がある。

このことはADHDやLD、自閉症スペクトラムなどの広義の発達障害が、現代文明(学校教育・企業労働・情報社会・知識経済・資本主義など)への適応能力と一定以上の相関を持っていることを示唆しているように感じられるが、最近になってADHDが急増した理由の一つに『前近代的な農業経済(コツコツ作業する第一次産業)・時間割に拘束されないライフスタイル・過度の集中力や注意力が求められる課題の少ない社会』ではADHDの症状が大きな問題になりにくかったこともあるのだろう。

ADHDの不注意優勢型における注意力・集中力の障害と心理社会的ストレス(注意力のむら)

精神疾患全般の誘因として『心理社会的ストレス(原因論の素因ストレスモデル)』は作用するとされるが、大人のADHDが発見されるきっかけになるのも『思春期以降の社会的・職業的なストレス(就労困難・仕事がうまく遂行できない・集団関係に適応できない・一つの場所で集中できないなど)』が多くなっている。特に不注意優勢型のADHDでは、多動性・衝動性が見られないために子供時代にはそれなりに上手く学校環境・勉強や進学・友達関係に適応できることも多く、実際に職場で仕事をやってみないとADHDの困難や不利益に気づくことができないようなケースもある。

社会人・職業人としてのストレスや拘束時間、仕事の難易度は、学生時代とは比較にならないほどきつく厳しいものになることが多く、特に高度な情報処理の作業や注意力を持続しなければならない知識労働において、ADHDの症状による環境不適応・仕事の困難が浮かび上がってくることがある。仕事面におけるADHDの分かりやすい典型的な特徴としては『ケアレスミスが増える・同じミスを繰り返して何度も注意される・人の話をしっかり丁寧に聴くことができない・ある程度の時間デスクに座って作業すると集中できなくなる』などがあるが、知識や能力そのものは人並みにあるのに仕事が上手くできない、適切に遂行できないこと(真面目にやっているのに手抜きをしているとかミスが多い人と見られること)が大きなストレスや劣等コンプレックスになりやすかったりもする。

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ADHDの理解されにくさの一つとして、注意力が常にどんな時も低下しているわけではないということもある。ADHDには自閉症スペクトラムよりかは軽度だが『興味関心・注意力・集中力の偏り』があり、自分の好きな仕事や興味のある趣味であればかなりの注意力・集中力を示すことができる。そのことで、新型うつ病(非定型うつ病)のストレス反応性と似たような誤解釈をされて無理解・偏見を受けやすいという対人評価の問題が悩みになることも少なくないが、ADHDの場合には『気分・感情・体調の問題』によって仕事や義務的な作業に集中できないのではなく、『注意力の各種の機能障害』によって注意力・集中力のむらが生み出されるという違いはある。

近現代で正常とされる注意力は、ある程度までの勉強・学問・情報処理に耐えられるだけの注意力であり、前近代社会と比べれば『相対的に高度な注意力・集中力』を持っていて当たり前とする基準の高いものになっている。だが現実にはADHDやLD(学習障害)の問題を持っていないとしても、その人の個性(体調・気分・境遇にも影響は受ける部分はある)としての注意力の相対的な低さ・むら・乱れはあるはずで、勉強・学問・情報処理のような一つの場所に落ち着いてじっとしながら注意力を使う作業が苦手だなと感じる人はかなりの割合でいると想定することは可能だろう。

注意力には『持続性・配分性・転換性(注意の対象の切り替え)』などの要素があるが、特定の課題や物事に対して注意を向けてやるべきことを遂行するには、それらの要素を適切に組み合わせて使える必要があり、多くの人は半ば無意識のうちに課題に適切な注意を向けて集中できるが、ADHDの人ではこの要素がちぐはぐに組み合わされて持続できなかったり違う刺激や考え事に注意が向いたりしてしまう。ADHDの不注意優勢型で問題になるのは、『計画的な仕事・手順のある作業』などの複数のタスクやプロセスが組み合わされた複雑な行動の遂行であり、全体的な順番を考えながら一定の時間のかかる複雑な仕事・作業をやり遂げることが困難になりやすい。

複数の行動・課題に注意を配分して振り分ける必要のある『マルチタスク』もADHDの人が苦手な状況であり、どちらを優先してやるべきかわからなくなったり、途中まで注意を向けていたやりかけの作業を忘れてしまったりしやすい。思いつきや衝動の影響も受けやすく、今注意を向けてやるべき仕事・課題があっても、『頭に思い浮かんできたこと・急にやりたいとか行きたいとか感じた衝動』に気を取られてしまうと、本来やるべきことに注意を持続して向けることが難しくなる問題が起こることもある。

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生物学的原因を重視する発達障害と親子・養育要因を重視する愛着障害:社会階層の影響とADHD

幼少期の良好な親子関係の相互性を通した『愛着(attachment)』の形成は、自分の存在を支えて居場所を作ってくれる『対象恒常性』の確立につながりやすい。無条件の愛情を注いで傍にいてくれた『親・養育者』を原型とする対象恒常性は、自分の内面にある安定したイメージであり信頼・安心のある人間関係のパターンである。この自分の存在を好意的に受け止めてくれる愛着と対象恒常性によって、『精神状態(思考・情緒・認知)の安定+人間関係と社会生活に対する肯定的な認知・解釈』が生み出されやすくなるので、幼少期の愛着障害がなければ発達障害の発現率も下がるといわれる仮説もある。

愛着障害には、他者に対して注意や関心を向けづらくなり安定した人間関係を作りにくくなる『抑制型の愛着障害』と寂しさ・孤独感から誰に対しても注意や関心を向けすぎて落ち着きを失い、逆に特定の相手との安定した人間関係を作りづらくなる『脱抑制型の愛着障害』があることが知られている。表面的な行動パターンや症状としては、抑制型の愛着障害は『自閉症スペクトラム』との共通性を持ち、脱抑制型の愛着障害は『ADHD(注意欠如多動性障害)』との共通性を持っているが、愛着障害と発達障害の原因は『先天的原因と後天的原因』がはっきりと区別できないケースもある。

精神医学の発達障害の原因論の定義では、『後天的な環境要因・養育要因が関係していない発達上の遅れ・問題』を発達障害としていて、『生理的な脳(中枢神経系)の成熟障害・機能障害』のみによって発達障害は発症するとされている。だが、重症度の高い他人に一切の関心を見せない自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)でもなければ、厳密にどこまでが脳の先天的原因で、どこからが養育環境・愛着の後天的原因なのかを区別することは簡単ではない部分も多い。ADHDでは脱抑制型の愛着障害(注意散漫・情緒不安定・他者への過剰な関わりの原因となる)との混合も多いようだが、環境要因と全く関わりがないかどうかの見極めは困難である。

先天的な遺伝や生理(体質)だけが原因となる『脳(中枢神経系)の成熟障害・機能異常』が、ここ数十年のスパンで急増したと考えることは難しいので、ADHDや学習障害(LD)、自閉症スペクトラムの高機能群の軽症例をはじめとする広義の発達障害の原因にはある程度『後天的な養育・環境の要因』も影響していると推測される。ただし『養育要因の良い-悪い・望ましい-望ましくない』を客観的基準で判定することは難しく、子供との接し方・育て方や接触頻度において何が良くて何が悪いかには、多分に主観的な感情バイアスや子供側の受け止め方なども関与してくる。発達障害の原因に先天的な脳の成熟障害と後天的な養育環境の要因のどちらが強く影響しているのか、どれくらいの割合で影響しているのかを、実証主義の科学的研究で明らかにすることは、『倫理的問題・養育環境の条件統制・原因遺伝子の特定』などから難しいのである。

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先進国で近年になって急増した発達障害であるが、以前から『社会経済的階層』によってその有病率が変わることが知られており、特にアメリカの大規模調査では自閉症・アスペルガー障害などの自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)は、『社会経済的な上流階層・シリコンバレーなど研究職や技術職の多い都市』で有意に有病率が高くなっているという。それに対してアメリカのADHD(注意欠如多動性障害)では、逆に『社会経済的に不利・不遇な貧困層』ほど有病率が高くて近年の増加率も高いとされる。ADHDには一定の遺伝性もあると考えられているので、『ADHDの不注意・集中困難・遂行能力の低さ・多動性』などの問題によって、学業・職業(仕事内容)に適応的に集中できずに中退・失業も多くなりやすい。アメリカの貧困層にADHDが増加している理由としては、そういった一つの仕事や物事、話題に集中しづらいADHDによる親子間に共通するハンディキャップの継承によって、『貧困の連鎖』が起こりやすくなる面が指摘されることもある。

親がADHDで育児や子供とのコミュニケーションに集中し続けることが困難だったりすると、『情緒的・教育的な関わりの不足,注意や話題が転々と移り変わる落ち着かない不安定な状況』など好ましくない養育環境の要因も出てくるだろう。そして、ADHDはアメリカや日本、イギリス、フランスといった先進国で多く確認されやすい発達障害であり、途上国・貧困国では先進国の貧困層と同等以上に貧しくてもADHDの子供は少なくなっている。

単純に途上国・貧困国では、子供に集中困難や注意散漫、話を聞けない、落ち着きがない、多動性などのADHDを疑うような特徴が見られても、精神科(児童発達臨床)・心療内科を受診する人が少ないということもある。更に、多世代の大家族で生活する農業国の多い途上国では『家族関係のふれあい・スキンシップ・共同作業・ほどほどの学校適応(勉強・就職の競争もほどほど)』によって、愛着障害のリスクが低くなっていることもADHDの有病率の低さの一因になっていると推測される。

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自閉症スペクトラムの限られた分野の集中力とADHDの新奇性探求:時代・環境で変わる発達障害の適応度

児童期前後から競争原理や経済活動に全面的にコミットして、夫婦が共働きで必死に生きていくようになってきている物質的に豊かな先進国では、親が子供に十分に構って上げられる時間やスキンシップ、対話が少なくなりがちである。早い段階から親と子は別人格という個人主義的な認識になり、小学生くらいでもう個室を持って自分のプライベートを守るようにもなる、『家族・血縁・仲間という生活共同体の一員』としての帰属感・安心感が弱くなりがちなのである。その結果、特定の相手との絆を築けない愛着障害を背景に持つADHD的な症状が発現しやすい可能性が出てくるのかもしれない。

そもそも論でいえば、ADHDの子供がアメリカや日本などの先進国で急増した理由の何割かは、『発達障害の診断概念の普及・軽症例に対する診断基準の過剰適用(社会福祉的・特殊支援的なサポートを受けるための医学的な診断名の必要性)』によって、それ以前の時代にはADHDの発達障害とは診断されてこなかった子供達が診断され支援されるようになったということも大きい。発達障害の概念・受診・診断の増加という時代的な変化には、好ましい面も好ましくない面も双方あると思うが、仕事をはじめとしてさまざまな場面で、高度なコミュニケーションスキルや社会適応性が求められやすい現代社会では、概ね発達障害の診断・支援によって社会生活のストレス・不安感・負担感が減るという好ましいメリットも小さくないだろう。

ADHDを発現させる遺伝子多型はその遺伝的な歴史を遡れば、『行動力・新奇性探求・迅速な反応と発見・冒険心と移住生活』が適応的に作用した前近代のノマド(遊牧民)に起源があるのではないかという仮説も提唱されたことがある。ADHDの注意散漫や多動性、興味関心の移りやすさなどは確かに、『落ち着いて集中して話を聞く・学校で授業を受ける・勉強や記憶をする・知識や技能を習得する・室内でデスクワークをする』を求められる近現代社会では不利に働きやすく、障害や病気のように見なされやすい。

だが『時代・環境・仕事』が変われば、ADHDのような色々なことに素早く注意を向ける、すぐに反射的に身体を動かす、一つの場所にじっとしておらず移動したがるといった特徴が有利に働く可能性はある。アフリカや東南アジア、ポリネシアなどに今もいる狩猟採集や遊牧で生活する原住民には、『現代の資本主義・経済社会で求められる非ADHD的な特徴(落ち着き・集中力・努力の持続・計画性・デスクワーク・勉強の知識習得など)』をあまり持っていない部族・人々もいるだろうし、前近代的な生活様式であればADHD的な特徴があってもさほど困らないだろう。

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自閉症スペクトラムに限っては社会経済的な上流階層ほど有病率が高いとされるが、その理由は様々な推測があるものの、知的障害のない高機能自閉症の一部でサヴァン症候群と呼ばれる記憶力・集中力が天才的に高まる症状があるように、自閉症の原因遺伝子群のいくつかだけが発現すれば『技術者・研究者・作家などに向いた社会適応的な知的能力(対人関係の要素の薄い特定分野に絞った集中力・記憶力・応用力)の上昇』が見られるのではないかとも考えられている。

自閉症スペクトラムとは『コミュニケーション能力(言語能力)・社会性・想像力の障害』のグラデーションであり、軽症から重症までの幅広い段階があるわけだが、知的障害のない高機能自閉症やアスペルガー障害は元々『他者やコミュニケーションにほとんど関心がない』代わりに『自分の内面および限定された分野に対する突出した興味関心・集中力』があるという特徴を持っている。

重症度の高い自閉症スペクトラムでは仮に知的障害がないとしても、コミュニケーション能力や社会適応性が極端に低くなってしまい、他者と目も合わせず言葉も交わせないといった『自分の内面世界へのとじこもり・他者と隔絶した生き方』が激しくなってしまう。だが自閉症スペクトラムでも、その特徴・問題が軽度であれば『人間関係・社会生活にもある程度まで適応可能な集中力・思考力・知的能力の高さ』といった長所になることもあるだろう。自閉症スペクトラムという非社交性(人づき合いの苦手さ)を主な特徴とする連続体には、健常に近づくほどに『社交的ではなく人付き合いは苦手だがそれなりに社会生活を送ることができる人』や『内向的な性格で人にはあまり関心がないが、特定分野に対して抜きん出た関心や記憶力・集中力を見せる人』が含まれるようになる。

その中には専門家や研究者(学者)、技術者としての高い適性・能力を持つ人も当然含まれる。そう考えると、シャイで寡黙、人付き合いは苦手だが特定の専門分野において豊富な知識や高い技術を持っている人、そういった知識・技術を磨くために一人で黙々と努力して研鑽することが好きな人というのは、一般社会においても珍しい類型ではないし、軽度の自閉症スペクトラムに近いような非社交性・コミュニケーション回避・空気が読めず会話下手などの特徴を示すこともある。

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落ち着きのない注意・関心が安定しないADHDと比べると軽度の自閉症スペクトラムは、『現代社会でニーズのある専門的な勉強・研究・職業』に対する適応性を発揮できるケースが少なからずあると予測される。その適応性の要因になっているのが『人間よりもモノ・知識・概念・数字に対する興味関心に集中しやすい,特定の限られた対象や知識に対して飽きずにコツコツと努力を続けることができる』といった自閉症スペクトラム的な特徴であるが、どういった特徴や行動パターンが有利に働くのかは『時代・環境・仕事・課題・TPO』によって大きく変わる。

ADHDでも自閉症スペクトラムでもその程度が強くなれば(最低限度の集中力・落ち着き・コミュニケーション能力・社会性がないレベルになれば)、社会生活・職業活動に対してマイナスに作用しやすくなってしまうが、その特徴によって職業活動や日常生活が上手くいかなくて困る(その特徴によって不利益や不適応が出てくる)ということになれば発達障害として診断されることになる。

元記事の執筆日:2017/02/23

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