依存性人格障害(dependent personality disorder)

DSM-Ⅳによる依存性人格障害の診断基準
依存性人格障害の性格行動面の特徴
依存性人格障害の各種タイプ

DSM-Ⅳによる依存性人格障害の診断基準

アメリカ精神医学会(APA)が作成した“精神障害の統計・診断マニュアル”であるDSM‐Ⅳ‐TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)は、世界保健機関(WHO)が定めたICD‐10(International Classification of Diseases:国際疾病分類)と並ぶ精神医学的な疾病分類と診断基準の国際的なスタンダードとなっています。DSM‐Ⅳによると依存性人格障害の診断基準は以下のようなものとなっています。依存性人格障害は、『不安感と依存性の強い行動パターン』を特徴とする人格障害のクラスターC(C群)に分類されます。アメリカの疫学的調査では、依存性人格障害の発症率(比率)は1.0~2.0%程度と見られており、依存性人格障害単独よりも他の人格障害とオーバーラップすることが多いようです。思春期以降も母子関係が深くなりやすい日本ではもう少し発生率が高いと推測されます。

DSM‐Ⅳによる依存性人格障害(Dependent Personality Disorder)の診断基準

A.他人に世話をされたいという過剰な欲求があり、そのために従属的でしがみつく行動をとり、分離に対する不安を感じる広範な様式である。成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下の8つの基準のうち、5つ以上があてはまる。

1. 日常の些細なことでも、他人から有り余るほどの助言と保証が無ければ決断できない。

2. 自分の生活のほとんどの主要な領域で、他人に責任をとってもらいたがる。

3. 他人の支持または是認を失うことを恐れて、他人の意見に反対を表明することが困難である。

4. 自分の判断や能力に自信がないため、自分で計画を立てたり物事を決めることができない。

5. 他人から愛情や支持を得るために、自分の不快なことでもやってしまうことがある。

6. 自分で自分のことができないという強い恐怖や無力感を感じている。

7. 親密な関係が終わったときに、自分を世話して支えてくれる別の関係を必死で求める。

8. 自分が世話をされずに放っておかれるという恐怖に、非現実的なまでに捕らわれている。

依存性人格障害の性格行動面の特徴

依存性人格障害(dependent personality disorder)は、他人から保護(世話)や是認(保証)を得ようとする依存的な性格構造であり、『自分の人生に対する主体的責任』から逃れようとするところに最大の特徴があります。依存性人格障害(DPD)では、親密な他者に対する強い見捨てられ不安と持続的な依存性が見られ、常に受動的で無力な態度を取ることで『他人の世話・是認・愛情』を引き出そうと試みますが、その根底にあるのは『私一人ではこの現実社会を生き抜くことはできないだろう・私には絶えず私の人生の責任をすべて引き受けてくれる保護者が必要である』という自己否定的な認知です。

依存性人格障害の人は、『他人からの世話・保証・愛情』などを絶えず必要としているので、基本的に『他人の意見・感情・判断』を否定することはなく、他人に合わせることで自分を安全な方向に導いて貰おうとします。DPDの人は、この人に全部任せていれば私の人生は大丈夫と思えるような『リーダーシップや独立心のある人(面倒見が良く適応力の高い人)』を強く求めているので、他人に対しては協調的(迎合的)であり自分の意見や価値観を強く主張することなどはありません。

依存性人格障害(DPD)の基本的な行動戦略は、他人を拒絶せずに自尊心を満たすことで、自分に対する好意と保護(世話)を継続的に引き出そうとすることであり、受動的(消極的)な態度によって面倒見の良い相手(無力な人を放っておけない相手)をコントロールします。DPDの人の中核的信念は『他人の世話と援助がなければ、私は一人では生きていけないだろう』というものであり、頼りになる強い相手から見捨てられることを極端に恐れ、その相手から嫌われないために従属的で消極的な態度を常に取ります。彼らは『他人と対等な立場』に立つために自分の能力や技術を高めることには関心がなく、『他人よりも格下の弱い立場』にあることを強調して他人からできるだけ手厚い保護や支援を得たいと望んでいますので、自己主張と能力の発揮をできるだけ抑制しようとするのです。

DPDの人にとって自己主張や能力(技能)のアピールは『精神的・経済的自立の顕示』に当たり、自分が自立可能であることをアピールすると『他人の世話や是認』を失ってしまうのではないかと強く恐れています。彼らの『自己の自立』に対する強固な不安とは『もう、あなたは一人でも大丈夫だね』と頼りにしている相手から思われてしまうことであり、自立(自信)による『自尊心の強化』よりも従属(調和)による『他者からの保護』に高い価値を置いているのです。そこには『自分の本当の適応力・精神力』に対する根深い自信の欠如があり、中途半端に自立能力をアピールすることは『他者からの見捨てられ』につながるという保身的な認知があります。

依存的・受動的な彼らは『他者からの世話』を失えば、自分は厳しく過酷な現実世界の中で生きていくことが出来なくなると考えています。依存性人格障害では、自分の人生に対する主体責任を放棄したいという異常なまでの依存性・受動性によって、心理的・社会的デメリットが大きくなるという問題があります。依存性人格障害の一部はひきこもりや無職者(ニート)などの非社会的問題行動群へと遷移しますが、回避性人格障害のように『他人との関係』を避けようとするのではなく『他人(母親・配偶者・恋人)との依存関係』にしがみつくという特徴があります。

精神分析学の性格理論では、依存性人格障害は『口唇期性格(口唇期へのリビドー固着・退行)』と解釈され、発達早期の母子関係に依存性(従属性)を強化するような何らかの問題が発生したと考えます。フロイトが提起した精神分析の性的精神発達論(性的発達論)では、『口唇期(oral stage, 0~1歳6ヶ月頃)』の発達段階にある乳児は完全に無力であり、母親による全面的な保護(世話)と愛情を必要とします。口唇期の乳児は自他未分離な状態にあり、自分と母親が異なる個体(存在)であることを認識できませんが、自分の空腹(死の不安)や孤独(寂しさ)を適切に癒してくれる母親(自己対象)に全面的に依存することで安心感を得ることができます。

自分と母親を区別できない口唇期の乳児は自分の不安や孤独は泣き叫べば癒されるという『幼児的全能感』を持っており、弱った態度を取ったり泣いたりすることで自分の問題が魔法のように解決するという『魔術的思考』を身に付けることになります。口唇期への退行という側面がある依存性人格障害(DPD)にも、幼児的全能感に近い『未熟な子どものような弱さ(泣き・孤独・無力)』によって相手をコントロールしたいという欲求が潜在しています。母親からの愛情と保護によって人間は『他者に対する基本的信頼感』という適応的な心理特性を獲得するのですが、過保護な溺愛や過干渉な介入などの問題があると基本的信頼感が『甘え・依存・受動性』といった非適応的な形で身についてしまうことがあります。この口唇期へのリビドー固着と退行(精神発達上の障害)が、主体責任や独立心をスポイル(放棄)された依存性人格障害の形成要因の一つと考えられています。

メラニー・クラインの対象関係論では口唇期(妄想-分裂ポジション)の乳児は、『完全に良い乳房』『完全に悪い乳房』という幻想的無意識の世界を持っているとされ、幼児的全能感の中で『良い乳房(部分対象)』を所有し『悪い乳房(部分対象)』を破壊しようとします。元々は、同じ母親に帰属する良い乳房と悪い乳房という部分対象は、乳児の『分裂機制』によって生じたある種のファンタジーですが、良い乳房と悪い乳房は同じ母親のものなのだと気づくことで『妄想-分裂ポジション(0~3ヶ月)』から『抑うつポジション(3ヶ月~12ヶ月)』への精神発達が起こります。

妄想-分裂ポジションの段階では自分の思い通りにならない『悪い乳房』に対する破壊衝動が見られますが、抑うつポジションでは『良い乳房』と『悪い乳房』が一人の母親の表象(全体対象)に統合され、優しく自分を世話してくれた母親(悪い乳房と認知していた母親)を傷つけようとしたことへの抑うつ感(罪悪感)が芽生えます。自分と母親が異なる存在であることを自覚し始める抑うつポジションでは『対象喪失(母親喪失)の悲哀感情』『幼児的全能感の弱体化』が起こりますが、愛する者を傷つけたことによる悲哀は『見捨てられ不安』へとつながっていきます。対象関係論的な発達論でも早期発達段階における母子関係が重要となっており、『母親からの見捨てられ不安』が強まって思春期以降にまで遷延すると依存性人格障害が発生するリスクが高くなります。

依存性人格障害(DPD)の形成機序を精神分析的に考えると、『早期母子関係における依存性の遷延・その依存性の他者への投影』をDPDの根本原因として想定することができ、分析家カール・アブラハムはこの他者の全面的な世話(保護)を求める受動的性格構造を『口唇-受容的性格』と呼びました。『観察可能な臨床症状(客観的特徴)』によって現象学的な診断基準を確立しているDSMでも、初期の頃(DSM‐Ⅰ)から依存性人格障害に関心が寄せられていましたが、DSM‐Ⅱでは特殊なその他の人格障害に分類されて依存性人格障害という診断名は消えていました。DSM‐Ⅲで診断名が復活しており、DSM‐Ⅳでは他人から世話(保護)を受けようとする過度の依存性と自己の主体責任を放棄する強固な受動性に焦点が合わせられ上述した依存性人格障害の診断基準が確立されました。

DPDの人は日常生活では不安を余り意識しない幼児的な楽観性が見られ、他人に対して従順で受容的な態度を取ることで『自分の人生に対する責任・決断』を自分の代わりに誰かに取ってもらおうとします。その為、DPDの特徴として『頼りになる強い人・依存できる賢い人・責任を押し付けられる人』と好んで親密な関係を持とうとすることがあり、そういった人たちに調和して服従することで『他人からの世話と愛情』を一時的に得ることに成功します。しかし、そういった依存のための行動戦略が失敗すると、頼りにしていた強い相手から見捨てられるのではないかという不安感と絶望感が非常に強くなり、抑うつ的に塞ぎ込んで一切の行動力や活動性を失ってしまうことがあります。こういった自分の人生に対する自信の喪失と重度の抑うつ感が長期化した場合には、非社会的なひきこもりや就業困難などの問題が長引いてしまうことも少なくありません。

他人からの注意・関心を強く求めるという意味では、クラスターBの演技性人格障害と類似した特徴を持ちますが、依存性人格障害は他人に従属して世話をして貰いたいという『依存欲求』が強いのであり、演技性人格障害の他人に自分の価値を認めてもらいたいという『承認欲求』とは質的な違いがあります。また、演技性人格障害は精神的自立と自信(自尊心)が極端に障害されているわけではないので、他人に合わせて従属的に振る舞うというよりも他人を操作するためにオーバー(自己顕示的)に振る舞うのです。近代精神医学を網羅的に体系化したエミール・クレペリンは依存性人格障害に近い性格のことを『無気力な人』と位置づけており、クルト・シュナイダーは『意志薄弱者』として従属的な依存性人格障害を表現しました。

依存性人格障害の各種タイプ

セオドア・ミロンの依存性人格障害についての仮説によると、『不安を与えるタイプ・適合的なタイプ・未成熟なタイプ・自己無きタイプ・無能なタイプ』の5つのタイプに分類することが出来ます。

『不安を与えるタイプ』とは、周囲の人たちに自分の無力さや不幸(悲惨)な末路を伝えて不安感情を与える依存性人格障害であり、回避性人格障害のように『困難な社会的活動・自己責任を問われる状況』から出来るだけ遠ざかろうとする特徴を持ちます。自分を世話(保護)してくれる有能な人物に全面的に従属して、自分の人生に対する責任とイニシアティブをその人物に預けようとしますが、その頼りになる人物がいなくなることを極度に恐れています。不安を与えるタイプの依存性人格障害は病院や福祉施設のような保護的環境を好んでおり、一般社会における責任が問われる人間関係を回避する傾向が見られます。身体の疲労感や自信の喪失感が強く、社会的責任と人間関係の回避を行うので孤独な状況に置かれやすいという問題もあります。自分の能力の無さや社会的な弱さを強くアピールすることで周囲の人たちに不安感を与えますが、彼らに対するカウンセリングでは『過度に悲観的な人生の見方・自分ひとりでは何一つ満足にできないという自己否定感』を訂正していく必要があります。

『適合的なタイプ』とは、依存性人格障害の中でも最も服従性と協調性の強いタイプであり、他者からの世話と愛情を引き出すために自分の不快なことでも我慢して行うという特徴を持っています。他人から見捨てられると自分には何もできないという不安感が強いので、他人の要求や感情に合わせて演技的に陽気に振る舞うことで周囲の人たちの支援・注目を集めようとします。社交的で表面的な人間関係が得意なタイプであり、孤立する不安が強いため自分の欲求や価値観を犠牲にしてでも他者との人間関係にできるだけ適応しようとします。自己アイデンティティの大部分は『他者からの保証・承認』に依拠しており、自分一人だけでは自己アイデンティティが空虚化して自己の存在意義を失う危険があるので、できるだけ誰かと一緒に共同活動をしようとするのです。自己主張を抑制して自己犠牲的な行動傾向を示しますが、彼らは自分の内面的問題や情緒的葛藤からは目を背けています。外向的な活動によって自我を内的不安から防衛しているので絶えず意識は『外部の人間関係』に向かっており、どうすれば他人を喜ばせて自分に好意を向けさせられるかということを考えています。他人の反応(好意)によって自己アイデンティティを確立しているので、周囲からの世話と支持を失ってしまうと途端に環境適応力が低下してしまい、それまでの社交性や友好性が消えて抑うつ的な雰囲気にはまり込んでしまうこともあります。

『未成熟なタイプ』とは、人格的成熟や精神的自立から遠ざかろうとする依存性人格障害であり、成熟しないことで『自分の人生に対する責任』を免除して貰おうとする傾向を持っています。つまり、『子どものような外見・態度・仕草・話し方・価値観』を大げさにアピールすることで、『まだ私は一人では現実社会の中では生きていけません』という暗黙のメッセージを相手に伝えるのです。その自己否定的なメッセージによって『他人の世話・支持・援助』を引き出そうとしており、未成熟さを絶えずアピールすることで『自分は完全に無力である』ということを周囲に納得させようとします。人生全般に対して受動的であり、社会的責任や職業的役割を引き受けることを嫌って、子どものように周囲(親・配偶者)から保護されて生きるという抑制的な生活を選ぶことが多くなります。彼らは自分ひとりでは生き抜く力がないと強く実感しているので、成熟に向かう支援をすることは困難であり、無理やりに社会的責任(職業的役割)を負わせようとすると心身の調子を完全に壊して社会生活から退却してしまう(ひきこもってしまう)ことも少なくない。

『自己無きタイプ』とは、自己アイデンティティを意図的に拡散させて『自分の人生』と『他人の人生』を依存的に融合しようとする依存性人格障害です。『他人との愛着・親密さ』を維持することに自己無きタイプの依存性人格障害の人の目的があり、自己犠牲的に他人に奉仕することで『他人の幸福』と『自己の幸福』を密接不可分に一体化しようとします。自分と他者の境界線が消えるほどの依存性と従属性を示すという意味で、依存性人格障害の中で最も深刻な精神退行(精神発達上の問題)が見られるタイプだと言えます。彼らは自分の独立したパーソナリティを放棄して、『他人の人生の成功と幸福』のために自分の人生の時間と労力を使おうとしますが、それは自分の人生固有の責任や挫折から逃れるためです。基本的に、『逃避のための他者との融合』を望んでおり、他人の人生と自分の人生との間の距離感がなくなるほど自己無きタイプの人の精神状態は安定してきます。自己アイデンティティを他者の人生と同一化させることにより、自分の人生に対する決断(選択)を回避できるというメリットがありますが、『良好な対人関係』に自己価値を全面的に依存しているので、対人関係が破綻すると重篤なうつ病や境界性人格障害を発症するリスクがあります。従順な妻が夫の仕事を甲斐甲斐しく助けて自己犠牲的に生きようとする時にも『自己無きタイプの問題』が生まれてくることがあり、『閉鎖的な家族関係・親密過ぎる友人関係』において自分独自の存在感を見失わないことが大切になってきます。自己無きタイプとは、自分ひとりでは自分の存在価値を全く感じられないタイプであり、彼らが自然に生きる喜びや活力を感じるためには『全面的に同一化する対象(他者)』が必要になるのです。

『無能なタイプ』とは、自発的な行動力や精神的なエネルギーが決定的に不足しているタイプであり、対人関係や職業活動へのモチベーションが低いので社会的孤立状況に追いやられることが少なくない。喜びの感情や快楽の感覚が少なく積極的に自分の幸福を追求するような行動力そのものが欠如しているので、クラスターAの分裂病質人格障害のように他人と関係を持ちたいという親和欲求がかなり低くなっています。分裂病質人格障害とは違って、他人の欲求や感情に対する常識的な共感能力(推測能力)は存在しますが、人間関係や社会活動へのエネルギッシュな欲望が存在しないので外的な現実世界とできるだけ距離を置こうとします。自己責任を負わなくて良い依存的な環境を好みますが、他の依存性人格障害のように他者との親密な人間関係を維持しようとする欲求は強くなく、更に言えば『自分の人生がどのようになろうとそれほど重要ではない』という自分に対する関心の低さが見られます。自分の人生を主体的に選択していけないという問題を抱えており、自分の人生状況に対する欲求や将来の希望そのものが余り見られないので、無能な依存性人格障害の特徴を改善するのは相当に困難です。

Copyright(C) 2004- Es Discovery All Rights Reserved