PTSD(心的外傷後ストレス障害)の総合的な解説

[目次]
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の原因

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療・心理療法

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の研究の歴史

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の疫学・脳科学

DSM-5によるPTSDの診断基準

トラウマに対処するための実践的なメソッド(別ページ)

PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)のウェブサイトの記事(別ページ)

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の原因

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、“Post Traumatic Stress Disorder”の頭文字を取った慢性のストレス障害です。PTSDはその名称の通り、『トラウマ(trauma,心的外傷)』を受けた後に発症するストレス障害ですが、トラウマを受けた後に急性で発症して一ヶ月以上症状が続いていない場合には、PTSDではなく『ASD(Acute Stress Disorder,急性ストレス障害)』の診断を受けることがあります。

現在ではトラウマという概念が『心理的に傷つけられた体験全般(深刻ないじめではなく1回~数回にわたって人から悪口を言われた、自分のコンプレックスを指摘された、恋愛で振られて嫌な思いをしたなど)』に用いられる傾向がありますが、精神医学でPTSDに関連する文脈でトラウマという時には『生命の危険を伴うようなショックな出来事』に限定して用いられています。

しかし近年は、幼少期の精神的虐待・性的虐待や児童期・思春期のいじめによる自尊心の崩壊がPTSDの原因のトラウマになることも多いので、『生命の危険を伴うようなショックな出来事』『自己の存在や尊厳(自尊心)を完全に否定されるようなショックな出来事』をトラウマとして想定することができるでしょう。

『生命の危険を伴うようなショックな出来事』も『自己の存在や尊厳(自尊心)を完全に否定されるようなショックな出来事』も、いずれも非常に強い恐怖感を伴うという特徴があります。生命の危険を伴うようなショックな出来事としてのトラウマには、『戦争・天災(地震などの自然災害)・事故・犯罪・身体的虐待』などがあります。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の原因であるトラウマは、大きく『急性トラウマ』『慢性トラウマ』に分類されます。

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PTSDとはトラウマ(心的外傷)を原因とする長期的に持続しやすいストレス障害であり、強烈な恐怖を伴うショック体験が『脳(心)のダメージ』となってしまうことで、過去のトラウマの感情記憶の悪影響がいつまでも続いてしまうのです。

PTSDはその意味で、深刻なトラウマを体験した後に起こる『精神的な後遺症』としての特徴を持っています。トラウマを体験した直後は比較的平気であっても、数週間から数ヵ月後(場合によっては数年以上も後)に、PTSDのフラッシュバック(追体験)や回避行動、恐怖感・パニック発作などの症状が出てくることも多く、精神的な後遺症であるPTSDは長期間にわたって日常生活・職業活動・対人関係に悪影響を及ぼしてしまうのです。

PTSDの原因となるトラウマの一つに『自然災害(地震・津波・火山噴火など)』がありますが、日本では大勢の人々が亡くなったり家族を失ったりした『1995年の阪神淡路大震災』や『2011年の東日本大震災』のトラウマティックな体験によってPTSDを発症する患者が増え、災害時における精神的なケアや対人的なサポートの重要性が指摘されました。

最近は、暴力・悪口・恐喝・排除(仲間外れ)などを伴う長期間の『いじめ』も、PTSDの原因のトラウマとして注目されるようになっています。人格や尊厳を否定される長期のいじめ被害を受けることによって、学校を卒業した後も社会生活や対人関係に対する強い恐怖感(フラッシュバックを伴う集団・他者に対する回避行動)が続いてしまい、通常の仕事・社会生活に適応困難になってしまう問題があるのです。

PTSDの原因や発症に関する誤解として、『精神的に弱い人がPTSDになりやすい』や『現実を生きる力が元々弱いからPTSDなんかになってしまう』というものがあります。しかし、アメリカで精神と肉体をとことん鍛え上げる厳しい集団訓練をくぐり抜けた屈強な海兵隊(SEALS)の精鋭・軍人でも、アフガン・イラク戦争で深刻なトラウマを負って、長年にわたってフラッシュバックや悪夢、パニック発作を中心とするPTSDに苦しみ続けている人が大勢いるのです。PTSDはメンタルの強さや人間性・性格の明るさ(元々の現実適応のレベル)などとは関係なく、深刻なトラウマとなる出来事に直面すれば誰が発症してもおかしくない精神疾患なのです。

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PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状

原因となるトラウマ体験を前提とする『PTSD(心的外傷後ストレス障害)の基本的な症状』には、以下の5つがあります。

1.恐怖感・無力感……過去に『自然災害・戦争・犯罪事件・事故・いじめ・虐待』などを原因とするトラウマ(心的外傷)を体験しており、その後から『トラウマと関連すると思われる強い恐怖感・無力感』を感じるようになっている。

2.フラッシュバック・悪夢……『過去のトラウマと関係する人物・状況・場面』などを、望んでもいないのに反復的・侵入的に想起させられてしまう。トラウマの感情記憶と関係するフラッシュバック(追体験)や悪夢が繰り返し起こり、非常に強い苦痛と恐怖を感じている。

3.回避行動……『過去のトラウマと関係する人物・状況・場面』などに類似したものを、無意識に回避してしまう行動が見られる。過去のトラウマに関する記憶を想起不可能になることもあり、その場合は記憶の連続性や自己の一貫性が脅かされることにもなる。トラウマの原因となった出来事や人物、場面は『恐怖・苦痛の象徴』であるから、それに類似したものを自然に回避することになる。

4.感情麻痺……過去のトラウマの苦痛や恐怖をこれ以上感じなくて済むように『感情・感覚の麻痺』という症状が出てくることがある。自然な喜怒哀楽の感情や物事に感じる感覚を麻痺させることによって苦痛なトラウマから自己防衛している。しかし、『感情・感覚の麻痺』は『生きがい・希望の喪失』とも結びつきやすいつらい症状でもある。

5.過覚醒・過敏性……神経が過敏になって常に緊張感・不安感のある『過覚醒・過敏性』の症状が見られる。神経活動が興奮して安らげない過覚醒の症状は『睡眠障害』の原因にもなり、集中力・思考力を低下させてしまう。刺激に対する過敏性によってイライラしたり怒りを爆発させたりしやすくなり、過剰な警戒心・パニック発作のような驚愕反応にも苦しめられる。

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PTSDの症状の特徴は、過去のトラウマ体験を無意識的に『瞬間冷凍』して思い出さないようにしようとする自我防衛機制が働いているのに、トラウマティックな体験のネガティブな影響がいつまでも続くことにあります。

強い恐怖や苦痛を伴うトラウマ体験を瞬間冷凍して思い出さないようにしているのですが、その瞬間冷凍はいつトラウマの記憶・感情が解凍されてもおかしくない『不完全な防衛機制』に過ぎません。そのため、唐突にトラウマとなった出来事・経験が現在も続いているかのように感じられる『フラッシュバック・悪夢』の症状に襲われることがあります。

フラッシュバック(追体験)や悪夢のように『突然トラウマの記憶・感情が思い出される』というのも、PTSDの代表的な症状であり『強い恐怖感・不安感・無力感・絶望感』を感じることになります。トラウマ体験を想起させる『トラウマとの関連性(類似性)を感じる人物・物・状況』を常に回避する行動を取るようになって日常生活や対人関係にも大きな支障が生じやすくなります。

精神的に常に緊張感・不安感を抱えていて、刺激に対して過敏になることで『睡眠障害・パニック発作・怒りやすさ(驚きやすさ)』の症状が起こりやすくなるのもPTSDの特徴です。PTSDに見られる感覚の過敏性は、背後の物音や照明の点灯、状況の変化などの外部刺激に敏感に反応して恐怖感を感じたりパニックに陥ったりする症状としても現れることがあります。

PTSDを発症した人は、『否定的な思考・感情』を持ちやすくなり、『悲観的・非適応的な認知(物事の捉え方)』によって抑うつ的な感情に襲われたり、適応的な行動ができなくなったりすることもあります。

PTSDの人の非適応的な認知の特徴としては、自分自身の価値や能力を全否定する『自己否定(自責感)の認知』や他者がみんな自分を傷つけようとする悪意を持っているという『他者不信(被害妄想)の認知』がありますが、根本にあるトラウマ(心的外傷)の感情記憶が癒されて改善しない限り、このネガティブな認知をすぐに変えることはできません。

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PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療・心理療法

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の基本的な治療方法・治療方略は、大きく『根本原因であるトラウマの癒し・対処・受容と解決(=根本治療)』『PTSDの苦痛でつらい各種症状の緩和・軽減(=対症療法)』に分けられます。

現時点における精神医学や心理療法では、PTSDそのものを完全に治癒させて二度と再発しないようにする方法、過去のトラウマ体験の影響を完全に無かったものにする方法までは存在せず、PTSDに対する治療方法の多くは『症状を緩和する対症療法・(長期にわたり再発しない)寛解を目的とする療法』ということになります。

PTSDに対する心理療法の技法で、有意なエビデンス(統計的な証拠)が認められているものには『認知行動療法・行動療法(エクスポージャーの曝露療法)・EMDR・ストレスマネージメント』があります。

認知行動療法というのは、頭に自然に浮かんでくる『自動思考』から『非適応的・非現実的な認知(トラウマに囚われてしまう物事の考え方)』を特定して、認知を現実的なものへと修正しながら、『問題解決に向かう行動パターン』を形成していくという心理療法です。アーロン・ベックが開発した認知療法と認知行動療法は、元々は『うつ病(気分障害)』に対する治療効果の高い心理療法の技法として注目されましたが、現在ではPTSDに対する治療効果もあることが実証されています。

PTSDに有効な心理療法の技法として、行動療法の一種である『エクスポージャー療法(曝露療法)』があります。エクスポージャー療法(曝露療法)は、『トラウマ体験の感情・記憶と関連する事柄』を回避する症状が強く見られるPTSDに対して実施される『トラウマ記憶と直面するショック療法』の要素がある心理療法です。

トラウマの原因となった出来事を安心できる環境・関係の中で思い出して、トラウマのショックに段階的に慣れたり内容を冷静に受け容れたりしていくエクスポージャー療法(曝露療法)は、『行動療法のフラッディング』『エクスプロージョン療法』と呼ばれることもあります。

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PTSDに対する治療法・対処法には大きく分けて、『トラウマ記憶を扱わずに現在の生活状況や対人関係の問題を解決できるように専念していく方法』『トラウマ記憶を扱ってトラウマのイメージや内容を思い出して直面しながら慣れていく(現実を受け入れていく)方法』とがあります。

後者の『トラウマ記憶を扱ってトラウマのイメージや内容を思い出して直面しながら慣れていく(現実を受け入れていく)方法』は、一般に『トラウマ・セラピー(trauma therapy)』と呼ばれることもありますが、行動療法の一種であるエクスポージャー療法(曝露療法)もトラウマ・セラピーに含まれます。

PTSDのエクスポージャー療法(曝露療法)というのは、その名前の通り、トラウマの原因となった出来事・状況を敢えてイメージして思い出してもらうこと(思い出して自分の言葉で語ったり整理したりしていくこと)で、『トラウマの非常に強い恐怖感・無力感』に直面して曝露されるという治療法です。

トラウマの記憶・感情を思い起こして曝露されることで、トラウマ記憶から生じている恐怖・苦痛に段階的に慣れていったり、トラウマの内容や自己イメージについて納得して受け容れられる新たな物語性(ナラティブな自己肯定の要素)を形成したりすることがエクスポージャー療法の治療目的になっています。

過去のトラウマと関連するイメージや感情と直面しても、『現実的な危害・死のリスク』が及ばないことを体験することで、フラッシュバックや回避行動、神経過敏をはじめとする『トラウマによる長期の悪影響』を段階的に軽減していくのです。

PTSDのエクスポージャー療法(曝露療法)には、恐怖・苦痛の大きなトラウマ記憶を思い出させることで『ショック療法の副作用(パニック発作・不安感や恐怖感の増強)』が起こることもありますから、『行動療法の知識・経験のある専門医・心理カウンセラー』の観察・指導の下で実施するようにして下さい。エクスポージャー療法は、『安全・安心できるセッションや環境』を確保して実施することも大切になります。

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PTSDの有効な治療法としては、『EMDR(眼球運動による脱感作および再処理法)』にも科学的・統計的なエビデンスがあるとされています。特殊な心理療法の一種であるEMDRは“Eye Movement Desensitization and Reprocessing”の略称であり、1980年代に心理療法家のフランシーン・シャピロによって開発されました。

PTSDの治療効果の高さで知られるEMDRは、心理療法の歴史では比較的新しい作業療法的な要素のある技法で、シャピロが開発した当初は『EMD(Eye Movement Desensitization)』と呼ばれていました。1990年に、トラウマ記憶の再処理プロセスの意味が加わって『EMDR』と命名され直しています。

EMDR(眼球運動による脱感作および再処理法)の実施手順は極めてシンプルであり、左右に振られるセラピストの指を目で追わせながら、トラウマになった記憶・経験を思い出させるというだけです。EMDRの脳科学的な治療機序は解明されていませんが、睡眠時に無意識に眼球が動いている『レム睡眠』の際に、記憶が整理されて消去されていることに関係しているのではないかと推測されています。

EMDRの体系的な実施手順は、心理アセスメントや日誌記録(ワークシート)、トラウマ内容の分析・整理などを含む8段階から構成されています。眼球運動によるトラウマ記憶の再処理プロセスが行われるのは第4~6段階ですが、トラウマの記憶だけではなくトラウマと関連する感情・身体感覚や自己否定的で悲観的な認知も『眼球運動による再処理・脱感作』の対象となっています。EMDRの眼球運動が、トラウマ体験に対する『脳内の情報処理・感情処理のプロセス』を脱感作的に促進することで治療効果が生まれるのではないかと言われています。

対人関係のパターンや自己と他者の相互作用に注目して改善していく『対人関係療法』も、PTSDに対してエクスポージャー療法と同等以上の治療効果があることが分かっています。対人関係療法では、人間関係を調整したりコミュニケーションを改善したり、他者の言動・態度の受け止め方を適応的に変容させたりすることによって、PTSDに関連する各種の症状・問題が解決に向かいやすくなるのです。

PTSDに対する精神医学的な治療では、各種の身体症状・精神症状に対して『薬物療法』も実施されますが、薬物療法の効果は『対症療法のレベル』に留まるものになります。具体的には『眠れない睡眠障害・強い不安や恐怖・強いうつ状態や自殺願望』などのPTSDの各種症状に対して薬物療法が行われることがあります。

PTSDに対して処方されることの多い向精神薬としては、第三世代の抗うつ薬とされる『SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)』がありますが、それ以外にも睡眠障害があれば催眠誘導剤、不安感・緊張感が強ければ抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)、気分・感情の波が激しければ気分安定薬などが処方されます。

ただし、薬物療法ではSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)のベンラファキシン(イフェクサー)は、PTSDに対する治療効果がほとんどないことが分かっています。トラウマ体験後すぐに自己開示の話し合いをさせる『デブリーフィング』や、セラピストが具体的にこのように考えなさいと指示する『指示的カウンセリング』の心理療法(心理学的アプローチ)にも、ほとんど効果がないことが明らかにされています。

抑うつ感を伴うPTSDに対して処方される抗うつ薬のSSRIの種類には、パロキセチン (パキシル)やセルトラリン(ジェイゾロフト)、フルオキセチン(プロザック)がありますが、SSRIは10代の若年者に対して『自殺念慮・自殺企図・異常行動を亢進させる副作用の恐れ』も指摘されているので、SSRIの抑うつ感を伴うPTSDに対する適応には現在は慎重な医師も多くなっています。

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PTSD(心的外傷後ストレス障害)の研究の歴史

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の歴史の始まりは、19世紀後半のフランスの神経学者ジャン=マルタン・シャルコー『ヒステリー研究』にあります。

当時のヒステリーは、心理的原因によって『全身の痙攣・手足の振るえ・失語症・失立(立てなくなる)・失歩(歩けなくなる)・ヒステリー球(喉が詰まる)・意識消失(気絶する)・情動の不安定(異常に興奮して叫ぶ)・運動障害・感覚麻痺』などの身体症状が発症するというインパクトの強いものであり、基本的に女性だけ(子宮のラテン語とヒステリーは相関している)が発症する病気であると考えられていました。

シャルコーが診察したり治療したりした女性のヒステリー患者には、夫から家庭内暴力(DV)を受けていたり性犯罪(レイプ)の被害に遭ったりした若い女性たちが多かったといいます。現在の精神医学の知識や診断基準からすると、シャルコーのヒステリーの症例には『PTSD』も含まれていた可能性が高いと考えられるのです。

精神医学者としてのシャルコーの功績は、19世紀前半まで『(暴力的被害を受けた)女性の虚言・詐病・逃避』と考えられて軽視・無視されていたヒステリーの客観的な実在性を医学的に立証したことであり、それまでまともに訴え・話を聞いてもらえなかったヒステリー(PTSD含む)の女性患者たちの『話を聞いてもらえる権利・治療を受けられる権利』を高めたことでした。

ジャン=マルタン・シャルコーの後のPTSDやトラウマの研究に大きな影響を与えたのが、精神科医のピエール・ジャネと精神分析家のジークムント・フロイトであり、ジャネとフロイトはお互いをライバルとしながら精神疾患であるヒステリーのメカニズムやトラウマとの因果関係の研究を進めました。S.フロイトは受け入れることのできないトラウマティックな体験によって、容易には消えることのない激しい情動反応が発生して、ヒステリーにつながる変性意識状態が引き起こされるという心因論の仮説を提唱しました。

トラウマの体験の影響による情動反応の継続によって、正常な意識状態が変性意識状態(トランス状態)に変わり、ヒステリーが発症するというフロイトの仮説を、ピエール・ジャネは『解離(自己同一性の乱れ・現実感覚の薄れ)』という変性意識の概念を用いて説明しました。S.フロイトと共同でヒステリーを研究していたヨーゼフ・ブロイアーは『二重意識』という概念で変性意識を表現していました。

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ジークムント・フロイトやピエール・ジャネがPTSDの研究の歴史において果たした役割は、『ヒステリー(精神疾患)の心因論の提唱』『精神分析を原点とする対話療法・ナラティブセラピーの開発』にありました。ヒステリーで起こる激しい身体症状は、抑圧されたトラウマの激しい情動反応が身体症状に形態を変えたものとして解釈されることになり、現在の『転換性障害・身体表現性障害』に当たるような発症メカニズムが考えられるようになりました。

PTSDと古典的なヒステリーの相関では、トラウマ体験と関連する記憶が抑圧されて思い出せなくなることが心理的原因の一つと考えられ、『自己意識及び記憶の連続性・一貫性から抑圧され追放されたトラウマ記憶』を言語化して思い出すことがヒステリー(PTSD)の治療効果につながるとされました。

精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは、トラウマ体験の記憶を想起する自由連想の対話によって生み出される症状除去の技法を『除反応(Abreaktion)・対話療法』と呼びました。フロイトの初期の共同研究者であるヨーゼフ・ブロイアーは、対話によって抑圧された激しい情動が浄化されて症状が軽減するという意味で『カタルシス療法』と呼んでいました。精神分析の『除反応・対話療法・カタルシス療法(感情浄化療法)』は、現在の『ナラティブセラピー(Narrative Therapy,物語的療法)』の歴史的淵源の一つとされています。

PTSDの原因となるトラウマ体験の一つに、人間の死や損傷、障害を目の前で経験することになる『戦争・戦闘』があります。PTSDの研究の歴史でも戦闘ストレス反応のトラウマによる『砲弾神経症(シェルショック)』は、第一次世界大戦(1914~1918年)の塹壕戦から注目され始めました。

現代のアメリカの中東地域での戦争(ベトナム戦争・アフガン戦争・イラク戦争)においても、膨大な数の米兵のPTSD患者が生み出され続けています。米兵の帰還兵の中には『戦場・戦死・殺戮(殺人)・大怪我や手足の欠損・爆発音のフラッシュバックや悪夢』に長く苦しめられ、『過度の緊張感・警戒感・人間不信』によって通常の社会生活や仕事環境に適応できなくなってしまった人たちも多くいます。

戦争が行われている戦場では、先進国の文明社会では有り得ないような『残酷で無慈悲な殺傷行為・いつ死ぬか分からない緊張と不安・自分や仲間の大怪我(手足が欠損するような恐ろしい怪我)・捕虜になって受ける監禁や拷問』などのトラウマティックな体験をすることになりやすい。

敵とされる人間を自分が殺すかも知れない、自分・仲間が敵から大怪我をさせられたり殺されたりするかもしれない、女子供も含めて誰がテロ攻撃を仕掛けてくるか分からないという戦場の現実的な状況は、それだけでPTSDを発症させるだけの恐怖・緊張・不安のインパクトの強さを持っているのである。

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戦争・戦場を経験した兵士たちに、『身体の震えが止まらない・手足が振るえて銃撃ができない・金縛りのような状態で動けない・激しい恐怖感やパニックに襲われる・人を殺した場面や仲間が吹き飛ばされた状況がフラッシュバックする・感情が麻痺して何も感じなくなる・屈強な兵士の男が悲しみや怖さに耐えられず泣き叫ぶ・戦争の記憶の多くを思い出せなくなる』などのPTSD(昔のヒステリー)の各種の心身症状が見られるようになったのです。

精神医学のASD(急性ストレス障害)やPTSD(心的外傷後ストレス障害)が兵士に発症し得ることを認めなかった軍の統合本部・上層部・指揮官は、初め、臆病者の兵士が気弱になって逃げているからこういった心身の症状が出るのだといって痛み・恐怖を与える『電気ショック治療』を行いましたが、当然何の効果もなく兵士の状態がかえって悪化しただけでした。

現在のアメリカ・米軍では、戦争から帰還した兵士にPTSDの患者が急速に増えてきたことから、軍によるPTSDの治療ガイドラインや休暇休養の制度を作成して、PTSDの症状を訴える兵士たちに『精神科の診察・治療,心理療法・カウンセリング』を受けられる機会を保証するように変わってきています。

19世紀後半のS.フロイトによる精神分析のヒステリー研究では、部分的に『家庭内の性暴力によるトラウマの可能性』が示唆されましたが、フロイトは幼児期の性的トラウマ仮説で世間の猛反発を受けたことで、『性暴力・家庭内暴力によるトラウマやPTSDの研究』はしばらく停滞することになりました。

20世紀半ばまでのPTSD研究の歴史の中心にあったのは、『戦闘帰還兵の戦闘ストレス反応・砲弾神経症(シェルショック)』でした。しかし20世紀後半からは、男女平等化や女性・子供の権利向上、ハラスメント意識の高まりなどもあって、PTSDやトラウマの原因となる出来事に『家庭内暴力(DV=ドメスティックバイオレンス)・児童虐待・性暴力(性犯罪・性的虐待)』が多いことが実証的に指摘されるようになってきたのです。

PTSDやトラウマの原因として最も多い出来事は『戦争・戦場の殺傷や恐怖が関係する極限状態』などではなく、日常生活・家族関係・学校環境の中で経験しやすい『家庭内暴力(DV)・性暴力・児童虐待・学校のいじめ』などであることが明らかになってきたのです。

PTSDと関係する家族関係や男女関係、学校生活で生じ得るトラウマとして、ジュディス・ハーマンが定義した『複雑性トラウマ(complex trauma)』ヴァン・デル・コルク『複合型トラウマ(combined-type trauma)』などの概念があります。

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PTSD(心的外傷後ストレス障害)の疫学・脳科学

日本においてPTSD(心的外傷後ストレス障害)の精神疾患が広く知られるようになったきっかけは、『阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、東日本大震災』などの非常に被害規模の大きな自然災害・テロ事件でしたが、PTSDの疫学では世界各地の発症率(生涯有病率)に大きな違いはありません。

PTSDの生涯有病率は『男性5%・女性10%』で女性のほうが多くなっていますが、これは日本だけに限ったPTSDの疫学ではなく、世界のどの国でも女性のほうがPTSDの有病率・発症率が高くなっているのです。PTSDの疫学では、PTSDの発症のしやすさは『日常生活の中で分かる心(性格)の強さ・弱さ』では分からないということが判明しています。

日常生活や対人関係の中で『心(性格)が強く見える人』のほうが、自分ひとりでトラウマ体験を抱え込んで自責感・自己批判が強まり、自分ひとりで何とか解決しようと頑張りすぎてPTSDを発症するリスクが高まってしまうという仮説もあるくらいなのです。完全主義者で自分が弱いということを認められない人、自立心が強くて人に頼ったり相談したりすることができない人、明るく前向きで自分の弱さ・悩みを人に見せない人というのは、特にPTSDの発症リスクに気をつけなければならないとされています。

PTSDの疫学研究では、PTSDの発症率は『10万人当たり約50~60人』程度になっており、『男性10万人当たり約30人』『女性10万人当たり約60~85人』が発症するという疫学の調査結果が出されています。

東北大学の加齢医学研究所のグループの研究結果では、PTSDの発症リスクが高い人の脳の形態的特徴として『前帯状皮質が小さいこと』が上げられています。また重症のPTSDでは心の傷つきだけではなくて『脳の萎縮・損傷』が見られることも分かっていて、PTSDを発症して悪化すると『眼窩前頭皮質の萎縮・海馬の萎縮』が起こりやすくなります。

人間の脳はトラウマになるような非常に強いストレスを受けた場合には、思考・計画・判断力・創造力などを司っている『前頭前野』が機能を停止しやすくなり、感覚器官を通って伝達されてきた外部情報が直接的に『運動野・扁桃体(情動中枢)』に送られやすくなります。耐え難いほどに強いストレス(トラウマ体験の刺激)に対する脳の情報伝達のこのメカニズムによって、『PTSDのパニック発作(驚愕反応)や恐怖・不安、自律神経症状』が起こりやすくなると推測されています。

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DSM-5によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断基準

アメリカ精神医学会(APA)が作成した“精神障害の統計・診断マニュアル”であるDSM‐5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの第5版)は、世界保健機関(WHO)が定めたICD(International Classification of Diseases:国際疾病分類)と並ぶ精神医学の精神障害分類と診断基準の国際的なスタンダードとなっています。

DSM‐5によると『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』の診断基準は以下のようなものとなっています。

DSM‐5によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断基準

A. 実際にまたは危うく死ぬか重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露がある。

1. 心的外傷(トラウマ)となる出来事を直接体験する。

2. 他人に起こったトラウマとなる出来事を直接目撃する。

3. 近親者または親しい友人に起こった心的外傷(トラウマ)となる出来事を聞く。家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうになった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。

4. 心的外傷(トラウマ)の出来事の強い不快感を抱いている細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする。

基準のA4は、仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。

B. 心的外傷(トラウマ)の出来事の後に始まる、その心的外傷(トラウマ)の出来事に関連した以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の侵入症状の存在がある。

1. 心的外傷(トラウマ)の出来事の反復的、不随意的、および侵入的で苦痛な記憶

注:6歳を超える子供の場合、心的外傷(トラウマ)の出来事の主題または側面が表現された遊びを繰り返すことがある。

2. 夢の内容と情動またはそのいずれかが、心的外傷(トラウマ)の出来事に関連している。反復的で苦痛な夢がある。

注:子供の場合、内容のはっきりしない恐ろしい夢のことがある。

3. 心的外傷(トラウマ)の出来事が再び起こっているように感じる、またはそのように行動する解離症状(フラッシュバック)がある。このような反応は、1つの連続体として生じ、非常に極端な場合は現実の状況への認識を完全に喪失するという形で現れる。

注:子供の場合、心的外傷(トラウマ)に特異的な再演が遊びの中で起こることがある。

4. 心的外傷(トラウマ)の出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに曝露された際の強烈なまたは遷延する心理的苦痛

5. 心的外傷(トラウマ)の出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに対する顕著な生理学的反応

C. 心的外傷(トラウマ)の出来事に関連する刺激の持続的回避。心的外傷(トラウマ)の出来事の後に始まり、以下のいずれか1つまたは両方で示される。

1. 心的外傷(トラウマ)の出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情の回避、または回避しようとする努力

2. 心的外傷(トラウマ)の出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を呼び起こすことに結びつくもの(人、場所、会話、行動、物、状況)の回避、または回避しようとする努力。

D. 心的外傷(トラウマ)の出来事に関連した認知と気分の陰性の変化。心的外傷(トラウマ)の出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。

1. 心的外傷(トラウマ)の出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)

2. 自分自身や他者、世界に対する持続的で過剰に否定的な信念や予想。

3. 自分自身や他者への非難につながる、心的外傷(トラウマ)の出来事の原因や結果についての持続的でゆがんだ認識。

4. 持続的な陰性の感情状態(恐怖、戦慄、怒り、罪悪感、恥など)。

5. 重要な活動への関心または参加の著しい減退。

6. 他者から孤立している、または疎遠になっている感覚。

7. 陽性の情動を体験することが持続的にできないこと(例:幸福や満足、愛情を感じることができないこと)。

E. 心的外傷(トラウマ)の出来事と関連した、覚醒度と反応性の著しい変化。心的外傷(トラウマ)の出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。

1. 人や物に対する言語的または肉体的な攻撃性で通常示される、(ほとんど挑発なしでの)いらだたしさと激しい怒り。

2. 無謀なまたは自己破壊的な行動

3. 過度の警戒心

4. 過剰な驚愕反応

5. 集中困難

6. 睡眠障害(例:入眠や睡眠維持の困難、または浅い眠り)

F. 障害

(基準B、C、D、E)の持続が1ヶ月以上。

G. その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

H. その障害は、物質(例:医薬品またはアルコール)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。

いずれかを特定せよ。解離症状を伴うもの。

症状が心的外傷後ストレス障害の基準を満たし、加えてストレス因への反応として、次のいずれかの症状を持続的または反復的に体験する。

1. 離人感

自分の精神機能や身体から遊離し、あたかも外部の傍観者であるかのように感じる持続的または反復的な体験(例:夢の中にいるような感じ、自己または身体の非現実感や時間が進むのが遅い感覚)。

2. 現実感消失

周囲の非現実感の持続的または反復的な体験(例:周りの世界が非現実的で、夢のようで、ぼんやりするまたは歪んでいるように体験される)。

注:この下位分類を用いるには、解離症状が物質(例:アルコール中毒中の意識喪失、行動)または他の医学的疾患(例:複雑部分発作)の生理学的作用によるものであってはならない。

該当すれば特定せよ。遅延顕症型。

その出来事から少なくとも6ヶ月間(幾つかの症状の発症や発現が即時であったとしても)診断基準を完全には満たしていない場合

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