アスペルガー症候群(Asperger syndrome:AS)は精神機能の広範な領域で問題が起こってくる『広汎性発達障害(PDD:Pervasive Developmental Disorder)』の一つです。アスペルガー症候群は『自閉症スペクトラム(特に知能に問題のない高機能自閉症)』を構成する知的障害を伴わない障害ですが、いわゆる精神の病気ではなくて『発達上の偏り・歪み』が大きくなっているという問題です。
イギリスの女性精神科医であるローナ・ウィングは自閉症スペクトラムの特徴として『ウィングの3つ組』を指摘しましたが、この3つの特徴はアスペルガー症候群にも当てはまります。ウィングの3つ組と呼ばれているのは、『対人関係の障害(社会性の障害)・コミュニケーションの障害(言語機能の発達障害)・イマジネーションの障害(こだわり行動と興味の偏り・固執)』の特徴ですが、ここではASの子どものコミュニケーションの障害を見ていきます。
アスペルガー症候群を含む広汎性発達障害(PDD)では、『こころの理論(心の理論)』が障害されて上手く機能しないために、他者の気持ち(心情)や状況、立場を適切に類推することができずに、コミュニケーション上のトラブルが多くなると考えられています。『心の理論(Theory of Mind)』は、1978年にデビッド・プレマックとガイ・ウッドラフが論文で初めて使った概念ですが、他者が自分とは異なる“独自の視点・内面”を持っていることを理解した上で、“他者の心理・感情”を自分と照らし合わせながら適切に推測できるという心的能力(精神機能)のことです。
人間は心の理論を発達させていくことで、『自分の視点・内面(感情)』と『他人の視点・内面(感情)』が異なるものであることを理解して、『相手が自分の発言・行動をどのように思うだろうか?』という想像力を働かせながら会話できるようになるのですが、アスペルガー症候群ではその心の理論の発達が遅れたり止まったりすることで、会話のやり取りでトラブルが起こりやすくなってしまうのです。一般的には、生まれたばかりの新生児は自他未分離で他者の気持ちはほとんど分からないのですが、4~5歳の発達年齢になると他者の感情や立場を推測する『心の理論』が概ね完成に近づいてきます。
アスペルガー症候群の子どもの特徴として、『わがままな言動が目立つ・他の子どもの気持ちを考えずに発言する・場の空気を読まずに行動する』といったことが言われますが、これは本人がわざとそういった発言や行動をしているのではなくて、心の理論の発達が遅滞しているために『相手が自分の言動をどのように受け止めるか?』という方向での適切な想像力や共感性を働かせることが難しいからです。自分が知っている『事実・情報』をそのまま伝えてしまい、その事実や情報が相手にとってどのような意味を持つか、それを聞いた相手がどんな気持ちになるかを想像しづらいため、『相手が傷つくような言葉(普通はその人には言ってはいけないと感じる言葉)』を悪気もなく平気で口にして喧嘩や険悪な雰囲気になってしまうことがあるのです。
テストの成績が悪かった友達に対して、『A君はそんな点数しか取れないなんて頭が良くないね』と言ってしまったり、太っている女性に対して、『Bさんは肥満体型でかなり太っている感じだよね』と言ってしまったりするような感じですが、本人は反射的に『事実に基いた発言』をしてしまい、それを聞いた相手の内面がどのように変化するか、気持ちが傷つくかを上手く想像することができないのです。
アスペルガー症候群の人は、嫌いな相手に対してわざと悪口や皮肉を言っているわけではなく、性格が悪くて意図的に他人を不愉快にさせてやろうとしている人たちとも違います。本人は『相手が自分の言葉によって傷ついたり気分を害したりするだろうという推測』が上手くできないために、ただ事実や感想、考えたことをそのままストレートに言葉にしてしまっているだけなのですが、それを聞いた相手は当然、不快になったり怒ったりしてしまいます。
一般的に『暗黙の了解・常識的な対応・相手への気配り』といった事ができないのでコミュニケーションでぶつかり合いの対立が起こりやすく、また他人の感情を読み取るのも苦手なので『相手が怒っている状況・悲しんでいる状況』も適切に理解できないことがあります。相手が怒って大声で怒鳴っていても、『何故あの人はあんな大声を出して顔を赤らめているのか?』といった客観的事実だけに意識が向かいやすく、暗黙の了解をするための『非言語的コミュニケーション』が殆ど機能していないことが多いのです。
アスペルガー症候群では、特に『表情・動作(ジェスチャー)・口調・仕種』などによって意思や感情を伝達しようとする非言語的コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)をするのが苦手であり、目や口の動きを見ても相手の感情が分からなかったり、穏やかな口調と激しい口調の違いにも気づかなかったりします。
興味関心が偏っていて一つのことに熱中しがちであり『他人への関心』も薄いので、自分の話したいことだけを一方的に話してしまい、相手の意見や話題にまるで耳を傾けないといった問題もあります。漫画やゲーム、テレビ番組など『自分の好きなこと』については延々と早口でしゃべり続けたりするのですが、相手がその話を遮ったりすると途端に不機嫌になったり怒り出したりもします。『好きなことにのめり込んで熱中できる』というのは一つの長所にもなり得るのですが、友達の話を全く聞かなかったり友達に合わせて遊ぶということができないため、学校・クラスで友人関係が上手くいかずに孤立しやすくなることがあります。
興味関心の幅が狭くて、一つの事だけに焦点を合わせて熱中しやすいのがアスペルガー症候群の特徴であり、話の具体的な展開が理解できなかったり、物事の全体像を掴めなかったりします。一つの事柄だけに集中してしまって、他の事が全く意識に入らないという特徴の事を、『シングル・フォーカス,モノトラック』と呼ぶ事もありますが、このシングル・フォーカスによって『協調性の不足・集団からの孤立・周囲への無関心』といった問題が起こるのです。
『自分の話したいことだけを一方的に捲し立てるように話す(ずっと自分ばかりが話し続けて終わりがない)』という問題については、“話しても良い時間・場面”と“話してはいけない時間・場面”をしっかりと区別して、分かりやすく子どもに伝えてあげることが大切です。話してはいけない時間を決める場合には、『夕方の5時になったら自由におしゃべりしてもいいよ。時計の短い針がここの5の所に来たら5時だからね。』といった伝え方をすると効果的であり、言葉だけではなくて実際の時計を使って説明したり、イラストなどを用いて語りかけると更に理解が深まります。
自分の好きな話題について話すこと自体が悪いのではなく、『ずっと話し続けていては他のことができなくなること・聞いている相手が疲れてしまったり他の用事ができなくなること』を伝えて、“話しても良い時間・場面”をできるだけ自分で判断できるようになることが目標になります。
一方的に話し続けて周囲が困ってしまうというアスペルガー症候群(AS)の状態を改善するには、話を聞く側も『話をしてもいいと決めた時間・場面』以外は、子どもの話に答えないようにして『次のおしゃべりの時間まで待たせる指示』を出すようにします。ASでは興味関心の幅が狭くなり、好きな一つの事だけに熱中してそれ以外の事に無関心になるという『シングル・フォーカス(モノトラック)の問題』もありますが、親や周囲の大人はできるだけ多くの話題を話し掛けて上げることで、子どもの自発的な興味や話題を引き出すようにします。
相手の感情や気持ち、状況を適切に類推することができないという『心の理論』の障害に対しては、『相手の言葉』を額面通りにそのまま受け取るというASの認知の特徴を生かして、『はっきりとしたストレートな言葉・物言い』で感情を伝えるようにすると有効です。ASの子どもに対しては、『短いセンテンス(文章)の言葉・誤解されようがない明解でストレートな表現』が最も理解しやすく、それに身振り手振りのジェスチャーや表情・口調の変化を合わせて伝えることで、ASの子どもにとって『非言語的コミュニケーション』の良いモデル学習になります。逆に、『遠まわしでぼかした言い方・比喩的な想像力を生かした表現・傷つけないようにする婉曲的な言い回し・長いセンテンスの表現』は、ASの子どもには理解することが難しいので、できるだけ率直かつ明解な短い表現をするように心がけると良いでしょう。
ASの子どもに対して『感情・真意・考え』を上手く伝達するためには、日常的に『具体的で明解な言い方』をすることが大切なのですが、そこにイラスト(絵)や文字、表情、ジェスチャーなどを組み合わせることで、ASの子どもの非言語的コミュニケーションの経験を増やして学習を進めることが期待できます。
完全な非言語的コミュニケーションが難しくても、『こういう表情をしている時には怒っているんだな・こういう口調の時には嬉しくて堪らないんだな』というような事は大まかに理解できるようになってくる事が多いのです。しかし、ASの人は『ジェスチャー(身振り)・表情・口調』だけではその真意を理解することがとても難しいので、『具体的で分かりやすい言葉』を掛けてからその言葉と一緒に『非言語的な表現(ジェスチャー・表情など)』も合わせてするようにします。
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