発達障害(Developmental Disorders, Developmental Disabilities)とは何かという問題に対して一義的に明確に答えることは困難ですが、発達障害とは乳児期・幼児期から青年期に掛けて生物学的原因(遺伝・体質・脳機能の異常)によって発生する『心身の発達に関する問題と障害』であると言えます。
医学的、臨床心理学的に定義される(精神機能・社会適応領域の)発達障害には、心因性(対人関係要因・環境要因)による発達障害は想定されておらず、原則として先天的要因(遺伝形質・気質特性)を中心とする生物学的原因(脳の器質的問題など身体疾患)によって発達障害は説明されています。具体的には、親の育て方が間違っていたから性格特性や行動特徴に歪みが生じた事例や劣悪な成育環境によって心身の健康に問題が起きたケース、学校教育への不適応によって学習能力が低下した子どもなどは、発達障害の診断には含めないということです。
発達心理学や臨床心理学で定義される発達(development)とは、生命の誕生から個体の死までに至る『質的・量的な変化の過程』のことを意味します。乳幼児期から青年期までの発達の特徴として、産まれてから時間が経つほど身体が大きく成長して『量的に大きくなる』ということがまずあります。そして、年齢を重ねるほど言語・思考・認知・情緒(共感)・記憶といった精神機能を発達させて『質的に環境適応的になっていく』という特徴を示します。
質的に環境適応的になっていく変化は、実際の子どもを観察していると『お友達と仲良く遊ぶことができるようになる。母親とのスキンシップやおしゃべりを楽しむことができる。自分以外の他人の存在を認知して、その場に合った行動を少しずつ取れるようになっていく。注意をある程度集中できるようになり、保母さん(先生)の話や指示を理解できるようになる』といった行動や態度の発達で確認することが出来ますが、発達障害の子どもの場合には『発達の質的な特異性(平均的な心身発達特性や行動パターンからの逸脱)』が家庭や学校(幼稚園)で目立ってくることがあります。
子どもが精神機能の発達過程に関する何らかの障害を持っている場合には、『言語機能の獲得・運動機能の発達・知能(学習能力)の伸長・共感機能や社会性の発展・対人スキルの獲得・環境適応の態度形成』などの側面で、『発達速度の遅れ(遅滞)・質的な特殊性(歪み)・機能獲得の困難』といった問題が起こってくることになります。
しかし、ここまでの説明を注意深く読み返して欲しいのですが、発達障害という精神医学的概念(臨床心理学的概念)は、『絶対的な発達の遅滞や歪み』を意味するものではありません。各種の発達障害は、統計学的な『発達の平均水準』や現在の社会で中心となっている『社会的価値観への適応度』と照らし合わせることで、その異常性や問題性がクローズアップされてくることになる相対的な障害なのです。発達障害は、平均的(適応的)な個人のモデルと比較した場合に、『相対的な発達の遅れや特徴』が見られるという発達過程の問題です。
発達障害の発見の多くは、『言語発達の遅れ』や『身体発達の遅れ』『感情表現の乏しさ・異常な興奮やパニック』などによって為されますが、言葉の習得や身体の発達には相当に大きな個人差がありますので、なかなか言葉を話さないからといってすぐに発達障害の心配をするのは妥当ではありません。
標準的な言語発達と比較して極端に言葉を話すのが遅かったり、行動や感情表現に問題があるように感じたりする場合には、小児精神医療や乳幼児の発達心理学に詳しい医師や心理専門家がいる相談機関で相談してみたほうがいいでしょう。母子面接や子どもへの問診によって何らかの問題があると判断された場合には、各発達障害に合わせた心理検査(知能検査)や診断的面接の心理アセスメントを慎重に行って発達障害の特定を行っていくことになります。
そして、広汎性発達障害やADHDを中心とする幾つかの発達障害では、『対人関係の障害や問題』といった形で明らかになってくることが多くなっています。友達の嫌がる行動を無意識にしてしまう、授業中に落ち着いて先生の話を聞けない、自分の気持ちを言葉ではなくすぐに暴力で表現してしまう、文字を読んだり書いたりすることが出来ない、僅かな音や光でパニックになる、友達や先生にまったく興味がない……発達障害の多くはそういった日常生活における対人関係の異常性や特異性として顕在化してくるので、よく『関係性の障害・社会性の障害』といった表現を用いて説明されることがあります。
完全な適応と十全な機能を実現している『理想的な個人』がいないように、発達障害の問題を抱えた子どもも、それ以外の子どもと同じ『不完全でありながらも大きな成長と発展の可能性を持っている子ども』なのです。これは単なる気慰めではなく、多くの発達障害を持つ子どもは、障害を緩和する適切な教育指導(生活訓練)や専門の療育支援、支持的な家族カウンセリングを根気強く行うことで、『過去の自分』よりも『現在の自分』を成長させて魅力的にしていくことが出来ます。発達障害の児童は、成長が停止しているわけでも学習能力が欠如しているわけでもなく、健常児と比べてその発達速度が遅かったり、能力面で苦手な領域が多かったりするだけです。
親や先生、友達の愛情や優しさを受けることができ、正しくその障害の内容を理解した上で適切な生活環境を調整すれば、発達障害の子どもが受ける社会的ハンディキャップを小さくすることが可能なのです。私たち大人や両親、教育者、お友達の子供たちが発達障害について学ぶ意義は、発達障害の人たちと健常者の人たちが自然に楽しく共同生活できるバリアフリー社会を作っていくことにあります。発達障害の障害は、能力の欠損や社会的な劣等性というネガティブな側面が強調されやすいですが、実際には、豊かな個性やさまざまな特異的な能力といったポジティブな側面も多く持っています。発達障害の人たちが行動の不自由や生活の困難を感じる部分で、自力で解決困難な場合には、健常者や社会全体で必要な支援や療育を与えていく必要があります。しかし、能力の不足や機能の欠損という発達障害のネガティブな特徴ばかりに意識を向けるのではなく、豊かな感情や得意な分野を併せ持つ『一つの魅力的な個性』としてバランス良く発達障害を理解していかなければならないと考えます。
まず、発達過程の障害や遅れというハンディキャップがあっても、完全に精神機能の発達や回復が停滞しているわけではないということを親や教育者が理解することが大切です。それと合わせて、発達障害を持つ子どもたちの心理アセスメントを的確に行うことで、今まで行われてきた親や教師の『不適切な指導・的外れな叱責・どう努力しても克服が無理な要求』によって発達障害の子ども達の自尊心や向上心が傷つけられることを防ぐことが出来ます。
例えば、ADHD(注意欠陥多動性障害)やLD(学習障害)の子供たちを『怠けていてやる気がない』とか『努力が不足していて根性がない』とかいって非難して、無理やりに机に縛り付けて勉強を強制することに学習能力や成績を高める効果はないですし、逆にADHDやLDの子どものやる気を挫き自尊心を失わせてしまいます。アスペルガー症候群など広汎性発達障害の子供たちが、共感能力の欠いた失礼なコミュニケーションをとった場合に、厳しく怒って罰則を与えても、アスペルガーの子供たちのコミュニケーション能力が改善されるわけではなく、何故、怒られたのかを理解させることも出来ません。
発達障害の子どもの育児をする場合には、教育方法に特別な注意や工夫が必要だったり、生活環境の調整や整備をしなければならないことがありますが、教育や躾の基本は健常児の子どもと変わりません。『肯定的な賞賛や励ましで、子どもに自信を持たせてあげること』と『小さな成功や達成感を繰り返し体験させてやる気や積極性を育むこと』、そして、『子どもがパニックにならない方法でコミュニケーションを繰り返し、対人関係に安心感や自信を持たせること』が基本となります。
効果的な教育活動と温かい療育支援を楽しみながら粘り強く行っていけば、発達障害による環境不適応や生き難さの問題が改善していく可能性は多いにあります。また、親は子どもが発達障害の診断を受けても絶望するのではなく、我が子にしか見つけることの出来ない成長の過程や多くの魅力を味わいながら育児をすることで育児ストレスを軽減することが出来ると思います。(障害の程度にもよりますが)子どもの基本的な生活技能や言語的なコミュニケーション能力、社会的行動も漸次的な成長を見せることが多いので、他の子どもと相対的な能力や発達を競い合うのではなく、発達障害の子どもをありのままに受け容れ、その頑張りや成長を肯定的に評価して上げることが大切なのです。
精神障害の分類整理や診断基準のグローバル・スタンダードとなりつつあるアメリカ精神医学会(APA)が編纂したDSM‐Ⅳ‐TRには、発達障害という障害単位は記載されておらず、アスペルガー症候群や高機能自閉症といった各障害単位を独立した発達上の障害として記述しています。精神医学でも心理臨床でも発達障害に対する確立した治療法はまだありませんが、現段階の医学や心理学では、中枢神経系の成熟に問題がある発達障害を根本的に治療するよりも、生活適応度と社会的機能性を出来るだけ高めながら周囲の人々が障害を受容していくことが重視されています。
発達障害に対する具体的な基本的対処法としては(各発達障害によって異なりますが)、精神賦活剤(リタリン)や精神安定薬(効果の弱い催眠導入薬)を用いた薬物療法、身辺自立のためのSST(Social Skill Training, 社会技能訓練)、認知行動療法などを応用した日常生活動作(ADL, Activities of Daily Living)や社会生活行為(ASL, Activities of Social Life)のトレーニング、発達障害の特徴に合わせた教育指導、知的機能訓練(IFT, Intellectual Function Training)による知能の開発、家族システムの相互扶助や活性化の機能を高める家族カウンセリング(家族療法)などがあります。
発達障害には、脳性麻痺やダウン症といった比較的重度の運動障害や知的障害を含めることもありますが、その場合には、食事・排泄・入浴・衣服の着脱・場所の移動といったADL(日常生活動作)を高めるSSTや反復的な生活行動トレーニング(運動療法や作業療法など)が必須になってきます。また、発達障害全般では、社会参加して何らかの仕事をしたり、家庭で行うべき家事を自律的に行えることが一つの大きな発達課題となってきます。その為、仕事をするために必要な自動車の運転、公共交通機関の利用、公共のレストランでの食事といったASL(社会生活行為)上達のための教育や訓練も非常に重要になってくるでしょう。
それらの基本的対処法の実践は、仮説と検証の繰り返し、試行錯誤の積み重ねによって有効性や可能性を高めていくことになります。発達障害の治療・対処の目的は、子どものQOL(生活の質)の向上を第一としながらも、社会生活への適応度を上げること、対人スキル向上によって豊かな人間関係を育めるようにすること、身辺自立によって経済的自立の度合いを高めることなどにあります。発達障害の対人援助や生活支援は、一つの社会資源(専門分野)のみによる支援活動(治療・教育・相談・訓練)だけでは不十分であり、臨床医学・学校教育・心理臨床・児童福祉・行政活動・保健福祉の各分野で適切な情報交換をしながら効果的な協働システムを構築していく必要があります。
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