W.R.D.フェアバーン(W.R.D.Fairbairn, 1889-1964)

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アンナ・フロイトとメラニー・クラインの児童分析と自我構造の発生に関する論争は、英国精神分析協会を二分しましたが、W.R.D.フェアバーンやD.W.ウィニコットは、どちらの側にも積極的に味方しなかったので英国独立学派と呼ばれます。

ウィリアム・ロナルド・D・フェアバーンもドナルド・ウッド・ウィニコットと同様に、メラニー・クラインの内的対象関係と幻想的無意識を中心とする早期発達理論の影響を受けています。しかし、フェアバーンは、生地であるスコットランド地方のエディンバラに留まって研究を続けていたので、他の精神分析研究者と忌憚のない意見を交換する機会や教育分析を受けるチャンスには恵まれませんでした。

クライン派の理論的影響を受けたフェアバーンは、個性的な『対象間の依存性の強度』の変遷による発達理論を考案し、難解な自我の分割と統合の理論を提唱します。また、クラインが想定した生物学的欲動としての『死の本能』や生得的要因による性格の規定性などをフェアバーンは認めず、発達早期の親子関係の愛情や依存に関する問題を重視する環境主義の立場を鮮明にしました。フェアバーンは、基本的に単独で創造的な理論構築を進めた分析家ですが、精神分析の歴史の中で始めて『対象関係論(object-relations theory)』という言葉を用いた人物でもあります。

英国独立学派の対象関係論(object-relations theory)の創始者であるW.R.D.フェアバーンは、1889年にイギリス・スコットランドのエディンバラで誕生し、第一次世界大戦に志願兵と参戦して、戦時のトラウマ的な記憶や強烈な恐怖によって発症するフラッシュバックを伴う戦争神経症(現在のPTSD)を経験しました。戦争神経症というのは、戦争という非日常的な極限のストレス状況下で戦った兵士や爆撃・暴行・銃撃という死に直結する恐怖を体験した人たちが発症する重篤なストレス障害のことです。

戦争神経症には、戦争による死の恐怖を伴うトラウマ体験が原因となる外傷神経症、爆撃や空襲の強烈なショックが原因となるシェルショック、悲惨な戦闘状況の経験で重篤な抑うつ感や無気力に襲われる戦闘消耗などがあります。戦争神経症で観察される症状は実に多彩で、強烈な恐怖を感じた場面のフラッシュバック(生々しいリアルな視覚的映像の再現)、耐え難い恐怖感と不安感、抑うつ感や無気力、睡眠障害、大量発汗、手足の振るえ(震顫)、心身症の身体症状(胃潰瘍・目まい・頭痛・気管支喘息)などが現れます。

フェアバーンは、エディンバラ大学の医学部を卒業して35歳で独立開業するのですが、大学医学部における精神分析関連の研究活動は続けていました。フェアバーンは正式な教育分析や分析家としての訓練を受けていなかったのですが、その価値ある研究成果が認められて英国精神分析協会から特例的に精神分析家の資格を認められたといいます。フェアバーン自身は対象関係論の系譜を継承していく弟子をうまく養成することが出来ませんでしたが、後の対象関係論の発展と普及に大きな役割を果たしたガントリップに対して、長期間にわたる1,000セッション以上の教育分析を施しています。

フェアバーンの全ての論文は、現在でも邦訳が販売されている『人格の精神分析的研究(1952)』に収められていますが、フェアバーンはこの書籍を出版した同年に最愛の妻と死別して健康状態を悪化させ1964年に逝去します。そのためこれ以降は、目だった研究業績や執筆論文を残していないのですが、正統派の自我心理学派から独立した対象関係論という革新的な理論体系を構築したフェアバーンの功績には大きなものがあります。

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W.R.D.フェアバーンの対象関係論

フェアバーンは独創的なアイデアと臨床経験に基づく知見をもとにして、正統派の自我心理学派とは異なる対象関係論(object-relations theory)を構築して精神分析の理論体系にパラダイムシフトをもたらしました。従来の正統派精神分析である自我心理学との最大の違いは、人間の精神活動の動因の捉え方の違いにあります。自我心理学は、人間の精神活動の原動力として『本能的欲求(快楽への意志)の充足』を目指すリビドー(libido)を想定しますが、対象関係論は、人間の精神活動の本質的な動因として『対象関係の希求』を想定するということです。

自我心理学では、自我構造の現実吟味能力の発達と対象に依存しない精神的自立が、健全な精神性の現れとして重視されます。しかし、対象関係論を考案したフェアバーンは、自我構造の現実対処機能が発達しても対象との依存的関係性を完全に断ち切ることは出来ず、人間は個人として完全に自立するわけではなく「対象との関係性」の中で絶えず相互作用し合うと考えました。

また、メラニー・クライン同様、正統派精神分析のエディプス・コンプレックス理論には批判的であり、エディプス葛藤以前の乳幼児には、内的対象関係を取り結ぶ心的能力(自我構造)がないとする自我心理学の基本的発達観や自我中心の精神構造論を真っ向から否定しました。フェアバーンは、エディプス葛藤以前のプレ・エディパル(pre-oedipal)な時期の相互的な対象関係による発達を重要なものと考えたのです。

発達早期の母子関係に情緒的な特別な結びつきである「愛着(attachment)」を認めたボウルビィや絶対的依存期から相対的依存期への変化を発達論の基礎に置いたウィニコットも、対象関係論的な乳児の原初的な心的能力(自我構造)の存在と発達早期の内的対象関係の重要性を認めている点でフェアバーンとの類似性があります。

フェアバーンの分裂ポジション(schizoid position)とクラインの抑うつポジション(depressive position)の統合

フェアバーンは、自己表象と対象表象(他者表象)が分離してくるメラニー・クラインの「抑うつポジション(depressive position:3,4ヶ月‐12ヶ月)」の発達段階の着想と意義を認めて、抑うつポジション以前の産まれて間もない赤ちゃんの精神内界の対象関係と防衛機制を分析した自他未分離で幻想的全能感の状態にある「分裂ポジション(schizoid position:0ヶ月-3,4ヶ月)」を提起しました。

フェアバーンは、原始的防衛機制の分裂(splitting)が使われる「分裂ポジション(schizoid position)」は、自他未分離な幻想的な状態であり、不完全な部分対象しか認識できない段階であると考えました。自分の持っている感情や欲求といった心的過程を自分のものであると主体的に自覚することすら出来ない「分裂ポジション」では、客観的な現実状況や他者の気持ちを理解してコミュニケーションを取る事は不可能であり、盲目的に無意識のファンタジー(幻想)に基づいて自己の欲求と必要を満たすことしか出来ません。

その為、一定の年齢以上に成長して以降に、「分裂」の防衛機制を頻繁に使う人には、精神病圏の現実吟味能力の低下や精神病的な妄想の症状が見られるようになります。分裂機制は、「理想化(褒め殺し)」「脱価値化(こき下ろし)」と容易に結びついて日常生活の対人関係を破綻させて孤立化(見捨てられ)の不安を強める恐れがありますし、外的対人関係を無視した内的対象関係への過度のこだわりにつながる恐れもあります。

クラインの抑うつポジションの影響を受けてフェアバーンは分裂ポジションのアイデアを思いつきましたが、更に、クラインはその分裂ポジションの着想を創造的に発展させて「妄想‐分裂ポジション(paranoid-schizoid position:0ヶ月‐3,4ヶ月)」という心的体験を解釈するスキーマを発達段階の最初期の段階として定式化しました。フェアバーンの発達理論では、クラインのように「ポジション(態勢)」という概念は使用されず、ウィニコット同様に「依存性」のキータームを中心にして乳幼児の発達段階が合理的に説明されます。

「一方的な依存性」から「相互的な依存性」への精神発達ラインを考えたフェアバーンは、愛情と憎悪という相対立する二つの激しい情動のアンビバレンス(両価性)を両親との好ましい養育環境の中で克服することを重要な発達課題としました。クラインの妄想‐分裂ポジションでは、分裂の病理的防衛機制だけでなく、無意識的幻想を反映した妄想的な迫害不安や攻撃への恐怖を感じるようになりますが、抑うつポジションへと適切に移行することでそういった原始的防衛機制に基づく精神病的な心的過程は消失していきます。

対象関係論の成熟した依存を目指す発達理論

フェアバーンの対象関係論の発達論では、産まれたばかりの完全に無力で脆弱な赤ちゃんが、母親(養育者)に一方的に生活の世話を依存している段階(乳児的依存段階)から、ウィニコットの移行段階に当たる乳児的依存の断念の段階(擬似独立段階)を経て、ギブ&テイクの相互的協力関係である成熟した依存段階に至るまでの過程が記述されています。

乳児的依存段階(リビドー発達論の口愛期頃)

母親の胎内から外界に出て間もない時期の乳児は、自分の力で移動することが出来ず、食物を摂取することさえ出来ません。出産後数ヶ月の乳児は、生物学的にも社会的にも完全に無力で脆弱な存在であり、母親(養育者)からの全面的な保護や愛情がなければ、短い期間であっても生存を維持することが出来ません。

リビドー発達論でいう口愛期(0~1歳半)に該当する時期が、絶対的(必然的)かつ一方的な養育者への依存を必要とする「乳児的依存段階」です。乳児的依存段階の母子関係は、自他未分離な赤ちゃんと母親の乳房との間の関係に代表されるもので、赤ちゃんは取り入れや同一化(体内化)といった防衛機制を幻想的世界の中で無意識的に使い続けています。

クラインの抑うつポジションの発達概念を取り入れて考えると、一方的依存の「前期口愛期」に相当するアンビバレンスな感情状態がない時期が「分裂ポジション(schizoid position)」であり、愛情と憎悪という二つの対立するアンビバレントな感情が幻想的に乳児の心的世界に芽生える時期(後期口愛期)が「抑うつポジション(depressive position)」になります。

この段階での乳児の発達課題は、アンビバレンスな愛情や憎悪の葛藤と折り合いをつけ、過剰な愛情や憎悪によって部分対象を破壊したり切り裂いたりしないように衝動的攻撃性を抑制することです。しかし、無理に衝動を抑制しなくても抑うつポジションに移行すれば、漠然と自分とは異なる「他者の全体表象」を認識できるようになるので、理不尽に対象表象を破壊することへの罪悪感や後悔の情緒が沸く様になってきます。

擬似独立段階(リビドー発達論の肛門期頃)

フェアバーンは、リビドー発達論の肛門期(1歳半~3,4歳)に該当する「擬似独立段階」への移行を非常に重要視して、神経症の心理的原因の大部分が「擬似独立段階から乳児的依存段階への退行と固着」によって生じると考えました。

擬似的独立段階では、自己と他者との区別を認識し始めて絶対的依存の段階から脱却しようとするが、この段階での親子関係のコミュニケーションや愛情欲求の充足に問題があるとすぐに乳児的依存段階への退行を起こしてしまいます。フロイトのリビドー発達論を前提とした発達障害(発達停滞)の病理学では、口愛期早期にリビドーが固着すれば統合失調症(精神分裂病)、口愛期後期に固着すればうつ病、肛門期であれば強迫神経症、男根期であればヒステリーが発症するという仮説が考えられていました。しかし、フェアバーンはそういった「固着‐退行理論」を否定して「乳児的依存段階への退行と固着」で、一元的に神経症の病因を捉えたのです。

成熟した依存段階(リビドー発達論のエディプス期以降)

「成熟した依存段階」は、リビドー発達論では男根期(4歳~6歳頃)に当たり、自他の分別をする自我機能が顕著に発達して男性性と女性性の差異を意識するようになる年代ですが、フェアバーンは男根期以降まで成長した大人(青年期・中年期)の発達段階も「成熟した依存段階」に含めます。

成熟した依存段階へと到達した人は、他者と取り結ぶ対象関係において、一方的に対象(他者)から愛情や利益を受け取る(奪い取る,与えて貰う)存在ではなくなり、相互的に「利益・愛情・快楽といった正の強化子」を与え合って支えあう存在へと成長していきます。自立した個人が相互に作用し合いコミュニケーションをする現実社会では、他者から一方的に利益や優しさを受け取り続けるだけでは社会集団に受け容れて貰うことが出来ません。その意味で、自己と他者の間にギブ&テイクの相互的依存と協力関係を構築できるようになる「成熟した依存段階」は、個人が社会で自立して生活できるようになる環境適応能力を獲得したというメルクマールとなります。

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フェアバーンの精神構造論

フェアバーンは、フロイトの自我構造論(超自我・自我・エスの後期局所論)とは異なる独自の概念を用いた精神構造論を構想しました。フェアバーンは精神力動的過程を具体的に概念化することで、基底的内的精神構造という精神構造のモデルを築き上げ、現実検討を行う自我構造と心的エネルギーのエス構造を区別するフロイトの構造論を反駁しました。

基底的内的精神構造では、自我は、エス領域のリビドーのようなエネルギーを生得的に持っている力動的構造として定義されます。産まれてすぐに人間個人に備わっている原初自我は、自己と他者を区別することが出来ず、自分に危害や不安を与える「悪い対象」を分割しようとして、原初自我自身も分割されてしまいます。

「悪い対象」は、原初自我の分裂の防衛機制によって「興奮させる対象(Exciting Object:E.O.)・拒絶する対象(Rejecting Object:R.O.)」に分割され、更に、原始的理想化の機制によって「理想対象(Idealized Object:I.O.)」というものが生まれます。自他未分離の状態にある原初自我も対象の3分割に合わせて自分も3分割されることになります。

その分割の機制によって1つだった原初自我は、『中心自我(Central Ego:C.E.)・リビドー自我(Libidinal Ego:L.E.)・反リビドー自我(Antilibidial ego:A.E.)』という3つの自我構造に分割されます。

対象関係を希求するエネルギーを持つリビドー自我(Libidinal Ego:L.E.)は、興奮させる対象(Exciting Object:E.O.)へと向かい心地よい関係を結ぼうとしますが、「興奮させる対象(E.O.)」は現実社会を生きる「他者」と同じものなので欲求を喚起して充足してくれる時もあれば、関係を結ぶことに失敗して関係欲求を満たせないこともあります。リビドー自我は、自我構造論ではエスに該当します。フェアバーンは、このL.E.とE.O.の相互的関係を『抑圧された欲求系』と呼びました。

「反リビドー自我(Antilibidial ego:A.E.)」は、強烈に対象関係を希求するリビドー自我(Libidinal Ego:L.E.)を牽制したり道徳的に批判したりする役割を果たすので、自我構造論では超自我に該当します。反リビドー自我(Antilibidial ego:A.E.)は、他者の愛情を受け容れず、親密な対象関係の成立を否定する「拒絶する対象(Rejecting Object:R.O.)」と向かいますが、フェアバーンはこの相互関係を『原始的制御系』と呼びました。「反リビドー自我(Antilibidial ego:A.E.)」が過剰に強くなりすぎると、自己否定的な自罰感情や罪悪感が強まり、気分が落ち込んで抑うつ状態や空虚感に陥るリスクが高くなります。

「悪い対象表象」の優れた部分や好ましい要素を分割して取り込んだ「理想対象(Idealized Object:I.O.)」とセットになるのが「中心自我(Central Ego:C.E.)」であり、この相互関係を『中心系』と呼びます。愛情不足や虐待などのない良好な親子関係を結び、お互いに依存欲求を適度に満足させるという正常な精神発達過程を経れば、無意識過程に沈潜した『分裂ポジションにおける3つの自我構造の布置』が1つの自我へと統合されていきます。

自己表象と対象表象を明確に区別して、成熟した依存関係を築けるようになる『自我の統合現象』が精神内界で起こってくると、他者に対する共感感情と社会に対する責任感を備えた『自律的で主体的な個人・相互依存的な協調性のある個人』が生まれてくることになります。

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