ピーター・E・シフネオス(Peter E. Sifneos)

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アメリカの精神科医・精神分析家であるピーター・E・シフネオス(Peter E. Sifneos)はハーバード大学医学部教授を務めたが、心身症の発症要因の一つとして『アレキシサイミア(alexithymia)』を指摘したことで知られる。シフネオスは1970年代に心身症患者の臨床経験と治療実践に基づいてアレキシサイミア(アレキシシミア)の症状概念を提唱したが、日本では『失感情症』『失感情言語症』などと訳されている。シフネオスの論文に初めてアレキシサイミアという言葉が用いられたのは1967年であるが、1970年のシフネオスとネマイヤの共著論文の中でアレキシサイミアの概念が臨床実践に応用しやすい形にブラッシュアップされた。

心身症というのは、心理社会的原因(精神的ストレス)によって身体症状が発症する病気の総称であり、代表的な心身症として『胃潰瘍・十二指腸潰瘍・本態性高血圧・偏頭痛・慢性関節リウマチ』などがある。心身症とは身体疾患の『発症』や『増悪』に心理社会的因子が相関している病気の総称なので、アレルギー性疾患(自己免疫疾患)など発症原因そのものには精神的ストレスや社会的環境が関係していない病気もある。

アレキシサイミア(alexithymia)という言葉は、ギリシャ語の『a:非, lexis:言葉, thymos:感情』に由来しているが、アレキシサイミアは感情の生成変化そのものが失われる『感情鈍磨・感情の平板化』とは異なり、感情(欲求)の認知に関する障害である。アレキシサイミアの人は自分自身の感情や葛藤を認識したり表現することが苦手であり、『空想力・想像力・創造性・共感性』が乏しいという特徴があり、精神的ストレスを外部に向けて発散できずに内面に溜め込みやすい。

アレキシサイミアの人は自分の率直な感情や願望への“気づき・洞察”が上手くできないので、自分の感情を言語化することができず、鬱積した強い感情(情動)が各種の身体症状へと転換しやすくなる。アレキシサイミアの症状が長期的に持続すると、身体症状が目立つ精神障害である『転換性障害・身体表現性障害』の形成機序が働きやすくなり、身体症状が特定器官に集中して出現すると『心身症』を発症することになるのである。

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心身症患者は『自分の感情・欲求』を認知することが難しいので、自分の心理的葛藤や内的な苦悩に気づくことができず、精神的ストレスによる身体症状を悪化させやすいという問題がある。自分の身体症状にはある程度気づくことができるのだが、自分の心理的苦悩や精神的ストレスには無頓着であり殆ど興味を持たないので気づくことができないのである。アレキシサイミアの心身症患者は、普段から緊張感が強く姿勢が硬直しがちで、顔の表情も変化が少なくて堅い印象を周囲に与えるが、社会適応のほうは一般的に良好である。周囲の他者や職場の環境などに『過剰適応』して、自分の意見や感情を無意識的に押し殺して我慢してしまう部分があり、そういった不満やストレスを的確に認知できないことが多い。

アレキシサイミアの人は言葉による感情表現が苦手なので、自分の気持ちや思いについて精神科医(カウンセラー)から質問されることを嫌い、『自分の生活状況・仕事環境』などを客観的に回りくどく説明口調で話すことが多い。『仕事のミスをした時に上司から厳しく叱責された』というような状況説明は詳しく行うのだが、『上司に注意されたときにあなたはどんな気持ちになりましたか?』というような質問に対しては言葉数が少なくなり自分の感情を認知することが難しいのである。感情・欲求の伴うコミュニケーションが不得意なので、社会適応は良くてもカウンセリング(心理療法)への適応は余り良くないし、精神科医やカウンセラーと相互的信頼関係(ラポール)を築くことにも消極的なところがある。

アレキシサイミアの特徴と原因

アレキシサイミアの人の特徴として、以下の3点を指摘することができる。身体感覚に対する気づきが特に障害されているケースについては、『失体感症』と翻訳されるアレキシソミア(Alexisomia)の診断が下されることもある。

現在では、アレキシサイミアの症状は『心身症のリスクファクター(危険因子)』として認識されているだけではなく、薬物依存症(アルコール依存症)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、身体表現性障害、摂食障害、うつ病などの精神障害にもアレキシサイミアの失感情状態が関係していると考えられている。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)では過去のトラウマ体験の記憶・情動が冷凍保存されているが、このショッキングな記憶や苦痛な感情のために感情機能が低下して『喜び・楽しみ・感動』といったポジティブな気分を経験できなくなることが多い。この喜びに関する失感情症(アレキシサイミア)のことを、特に『アンヘドニア(快楽喪失症)』と呼んだりもする。PTSDのカウンセリング(心理療法)では、アンヘドニアを回復するためのイメージ療法(イメージの曝露療法)やロールプレイを用いたトラウマセラピーが重要になってくる。

アレキシサイミアの発症原因について、精神分析学・対象関係論では『発達早期の母子関係(アタッチメント)』における愛着形成障害や『否認・隔離・分離』といった自我防衛機制の過剰発動が想定されているが、アレキシサイミアには生物学的な脳機能の要因も関係しているのではないかと言われている。アレキシサイミアの脳科学的(大脳生理学的)な要因としては、以下の3点が考えられている。

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P.E.シフネオスの短期力動精神療法

P.E.シフネオスは『短期力動精神療法』の創始者としても知られ、現在の心理療法技法のひとつである『ブリーフ・セラピー(短期療法)』の基本設計にも影響を与えている。シフネオスは精神分析理論が複雑化するにつれて治療期間が長期化していることに批判的であり、短期精神療法(ブリーフ・サイコセラピー)の1種である『短期不安誘発心理療法(short-term anxiety-provoking psychotherapy:STAP)』を1968年に考案したのである。

日本でもシフネオスの『短期力動精神療法』は邦訳されているが、この短期療法は『短時間により多くのクライアントに対処する・精神分析をより低コストで効果的に提供できるようにする』ということを目的に開発されたものであり、その適応症は『軽症で急性の不安・抑うつ・強迫観念・恐怖・対人関係の問題』などに限定される。

短期不安誘発心理療法(short-term anxiety-provoking psychotherapy:STAP)の分析期間は、平均して2~3ヶ月間であり5~20回の簡易な精神分析を実行することになる。正統的な精神分析は数年間以上の治療期間がかかり、毎週5回以上の精神分析のセッションを繰り返し行って、数百回のセッションを経験する必要があるので、シフネオスの短期力動精神療法の分析期間は相当に短縮されていてコストも抑えられている。短期不安誘発心理療法では、『エディプス・コンプレックス(内的布置)』に関係する不安心理にクライアントを直面させて克服を促進することになるが、この技法を適切に活用するためには十分な治療同盟(作業同盟)の形成と陽性転移の解釈が必要となる。

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