『論語 郷党篇』の書き下し文と現代語訳:2

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孔子と孔子の高弟たちの言行・思想を集積して編纂した『論語』の郷党篇の漢文(白文)と書き下し文を掲載して、簡単な解説(意訳や時代背景)を付け加えていきます。学校の国語の授業で漢文の勉強をしている人や孔子が創始した儒学(儒教)の思想的エッセンスを学びたいという人は、この『論語』の項目を参考にしながら儒学への理解と興味を深めていって下さい。『論語』の郷党篇は、以下の3つのページによって解説されています。

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[白文]9.席不正不坐。

[書き下し文]席正しからざれば坐せず。

[口語訳]席にある座布団の向きが正しくなければ座らない。

[解説]自分の席に座るときにも座布団の向きにこだわるという、孔子の几帳面さや整理好きな側面が現れている。

[白文]10.郷人飲酒、杖者出斯出矣、郷人儺、朝服而立於乍階。

[書き下し文]郷人(きょうじん)の飲酒するときは、杖者(じょうしゃ)出ずれば斯ち出ず。郷人の儺(おにやらい)には、朝服して乍階(そかい)に立つ。

[口語訳]村人の飲酒の集会では、杖をついた高齢の老人が退席するのを待ってから退席された。村人の疫病神や災厄を追い払う行列がやってくると、朝廷に出仕するときの礼服を着て、宗廟の階段のところに立って迎えられた。

[解説]村の飲み会の場における孔子の『敬老の精神』を示し、村の祭祀に対する『敬虔な出迎え』の態度を表した部分である。

[白文]11.問人於他邦、再拝而送之。

[書き下し文]人を他邦(たほう)に問えば、再拝してこれを送る。

[口語訳]他国の人間に使者を送るときには、その使者に再拝をして送り出していた。

[解説]孔子の使者に対する『礼の精神・感謝の気持ち』を簡潔に表した部分である。

[白文]12.康子饋薬、拝而受之、曰、丘未達、不敢嘗。

[書き下し文]康子(こうし)、薬を饋る(おくる)。拝してこれを受く、曰く、丘(きゅう)未だ達らず(さとらず)、敢えて嘗めず(なめず)。

[口語訳]季康子(きこうし)が、孔子に薬を送られた。先生は拝礼して薬を受け取っておっしゃられた。『私は、まだこの薬の効用を理解していないので、まだ服用することはできません。』。

[解説]孔子の時代には、客観的な医学や薬学などは確立しておらず、経験論的な薬が市場に出回っていて効能と副作用もはっきりと分からないことが多かった。その為、季康子が病状を心配して送ってくれた薬をありがたく拝礼していただきながら、婉曲的に『まだ効能が分からないので服用できない』と断ったのである。

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[白文]13.厩焚、子退朝曰、傷人乎、不問馬。

[書き下し文]厩(うまや)焚けたり(やけたり)、子、朝(ちょう)より退きて曰く、人を傷なえり(そこなえり)やと。馬を問わずと。

[口語訳]馬小屋が火事になって焼け落ちた。朝廷から退出して急いで戻ってきた先生が言われた。『火傷や怪我をしたものはいなかったか?』と。馬の損失についてはお聞きにならなかった。

[解説]当時、家畜としての馬は非常に有効な武器であり、また高価な財産でもあった。その馬が火事の被害にあっても、孔子はまず自分の弟子や使用人の身の安全を心配して、『誰も怪我した者は射なかったか?』と問うたのである。財産としての動物の損失よりも人間の安否のほうを先に心配する人道主義者としての孔子の人柄が窺われる章であろう。

[白文]14.君賜食、必正席先嘗之、君賜腥、必熟而薦之、君賜生、必畜之。

[書き下し文]君、食を賜う(たもう)ときは、必ず席を正して先ずこれを嘗む(なむ)。君、腥き(なまぐさき)を賜うときは、必ず熟て(にて)これを薦む。君、生けるを賜うときは、必ずこれを畜う(やしなう)。

[口語訳]主君から食べ物を下賜されたときには、必ず身なりを正して味見(毒見)をされた。主君から生臭い生の肉を頂いたときには、必ず煮てから宗廟にお供えした。主君から生きた動物を下賜されたときには、これを家畜して飼育された。

[解説]孔子が主君から食品を下賜されたときに、どのようにしてその食品を取り扱うのかについて述べた部分で、生きた動物であれば殺さずに家畜として飼育するあたりに孔子のヒューマニズムを感じることが出来る。

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[白文]15.侍食於君、君祭先飯。

[書き下し文]君に侍食(じしょく)するに、君祭れば先ず飯す(はんす)。

[口語訳]主君と食事の席をご一緒した時には、主君が祭祀として神に食事を捧げられると、先生は先に食事に手をつけられた。

[解説]主君に陪席して食事をする際に、主君が祭祀のお供えをし、それと同時に孔子が食事を食べるという描写である。主君が神への祭祀をしている間に、孔子だけが食事を食べるのはマナーに反するような感じがある。しかし、孔子が主君の食事の毒見をまっさきにしていたとする解釈と、『主君はまず祭祀・家臣はまず食事』という礼制の区別があったとする解釈とがある。

[白文]16.疾君視之、東首加朝服、施紳。

[書き下し文]疾(しつ)ありて君これを視たもうときは、東首(とうしゅ)して朝服を加え、紳(しん)を施く(ひく)。

[口語訳]先生がご病気で主君がお見舞いにこられたときには、東枕にして礼服を布団の上から掛け、広帯をその上に横に置いていた。

[解説]孔子が、君主からのお見舞いを受けたときには、病身で実際に礼服を身に付けられなくても、布団の上からあたかも礼服を着ているような格好にしていたのである。

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