『論語 衛霊公篇』の書き下し文と現代語訳:1

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孔子と孔子の高弟たちの言行・思想を集積して編纂した『論語』の衛霊公(えいれいこう)篇の漢文(白文)と書き下し文を掲載して、簡単な解説(意訳や時代背景)を付け加えていきます。学校の国語の授業で漢文の勉強をしている人や孔子が創始した儒学(儒教)の思想的エッセンスを学びたいという人は、この『論語』の項目を参考にしながら儒学への理解と興味を深めていって下さい。『論語』の衛霊公篇は、以下の5つのページによって解説されています。

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[白文]1.衛霊公問陳於孔子、孔子対曰、俎豆之事、則嘗聞之矣、軍旅之事、未之学也、明日遂行、

[書き下し文]衛の霊公、陳を孔子に問う。孔子対えて(こたえて)曰く、俎豆(そとう)の事は則ち嘗(かつ)てこれを聞けり。軍旅(ぐんりょ)の事は未だこれを学ばざるなり。明日(めいじつ)遂(つい)に行く。

[口語訳]衛の霊公が軍隊の陣立てについてご質問された。孔子は答えて申し上げた。『儀礼のことであれば過去に学んだことがありますが、軍事のことはまだ学んだことがありません。』。その翌日、先生は衛の国を去られた。

[解説]孔子は衛の霊公が死んだ後の後継者争いを嫌って紀元前493年に衛を去っているが、その後、陳・蔡・楚といった諸国を遊説して紀元前489年に再び衛に戻っている。孔子が覇権主義的な軍事活動の相談を嫌って衛の国を去ったというエピソードであるが、史実として衛霊公が孔子にこのような質問をしたのかどうかは定かではない。儒教の理想とする軍事力を用いない『君子の徳治政治』を象徴的に表現したものと読むことも出来る。

[白文]2.在陳絶糧、従者病莫能興、子路慍見曰、君子亦有窮乎、子曰、君子固窮、小人窮斯濫矣、

[書き下し文]陳に在りて糧を絶つ。従者病みて能く興つ(たつ)こと莫し(なし)。子路慍(いか)って見えて(まみえて)曰く、君子も亦(また)窮すること有るか。子曰く、君子固(もと)より窮す。小人窮すれば斯(ここ)に濫る(みだる)。

[口語訳]陳の国にいる時に糧食が無くなってしまった。孔子の弟子達は病み疲れて立ち上がることもできない。子路が憤激して孔子に拝謁して申し述べた。『君子であっても食に困窮することがあるのでしょうか?』。先生がおっしゃった。『君子でも当然困窮することはある。しかし、小人が困窮すると混乱してしまうものだ。』。

[解説]陳の国に孔子一行が滞在している時に、陳・楚と呉の間に戦乱が起こり孔子たちの元に食糧の供給が無くなってしまった。空腹に耐え切れず弱っていく弟子たちを見た子路は怒りをあらわにして孔子に詰め寄るが、孔子は君子と小人の『困窮した時の対処の違い』を冷静に説いている。儒教では、小人は困窮が極まると自暴自棄になって何をするか分からないが、君子はどのような苦境にあっても冷静に自分の徳性と倫理観を失うことがないと考えている。

[白文]3.子曰、賜也、女以予為多学而識之者与、対曰然、非与、曰、非也、予一以貫之、

[書き下し文]子曰く、賜(し)よ、女(なんじ)予(われ)を以て多く学びてこれを識れる者と為すか。対えて曰く、然り、非ざるか。曰く、非ず、予、一を以てこれを貫く。

[口語訳]先生が言われた。『子貢よ、お前は、私が多くの学問を修めてたくさんの知識を持っている人物だと思うか?』。子貢がお答えして言った。『そうです。そうではないのですか?』。先生が言われた。『私は博識な物知りなどではない。私はただ一つの道を貫いてきただけなのだ。』。

[解説]儒教の最重要なエートス(行動様式)が『これを以て一を貫く』であり、孔子は自分の長所を変節しない首尾一貫性にあると考えていた。学問をして無数の知識や理論を蓄えるだけでは、社会を変革する力のない『ただの物知り』で終わってしまう。孔子は、物知りで終わらない真の学問をするためには、物事を正しい方向に導こうとする『一貫した信念』が必要であるとしたのである。

[白文]4.子曰、由、知徳者鮮矣、

[書き下し文]子曰く、由よ、徳を知る者は鮮なし(すくなし)。

[口語訳]先生が言われた。『子路よ、徳を本当に知っている者は少ないのだ。』。

[解説]陳の国で糧食が断たれた時に、この嘆きの言葉を子路にかけたとされるが、直情径行の人で衝動的な振る舞いをしやすかった子路は、『仁徳の価値』を十分に理解しているとは言い難い面があった。武勇第一とされた子路は、物事に恐怖しない勇敢さや決断力に秀でた孔子の弟子であり、知識習得のための学問や他者を思いやれる仁徳には余り優れていなかった。

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[白文]5.子曰、無為而治者、其舜也与、夫何為哉、恭己正南面而已矣、

[書き下し文]子曰く、無為にして治むる者はそれ舜か。夫れ(それ)何をか為さんや。己を恭々(うやうや)しくして正しく南面せるのみ。

[口語訳]先生が言われた。『何もせずに上手く天下を統治したものは舜だけであろうか。あの人はいったい何をしたのだろうか?ただ自分の身を慎んでへりくだり、帝位に就いていたというだけなのだ。』

[解説]孔子が伝説の聖王である舜の政治について言及した章で、舜は『無為の為政者』として自分の身と心を修めるだけで徳治政治を実現していたという。儒教は、刑罰を嫌って道徳を勧める教えなので、理想的な政体というのは何も法律を作らず何も処罰しない政府(朝廷)ということになる。伝説的な帝王である舜が、人民が自発的に法(倫理)を守りたくなるような人格者であったということを伝えるエピソードであろう。舜は、自らは何も命令(強制)せずに『修己治人』の理想の境地を体現した伝説上の人物と言える。

[白文]6.子張問行、子曰、言忠信、行篤敬、雖蛮貊之邦行矣、言不忠信、行不篤敬、雖州里行乎哉、立則見其参於前也、在輿則見其倚於衡也、夫然後行也、子張書諸紳、

[書き下し文]子張、行われんことを問う。子曰く、言(げん)忠信、行(ぎょう)篤敬(とくけい)なれば、蛮貊(ばんぱく)の邦(くに)と雖も行われん。言忠信ならず、行篤敬ならざれば、州里と雖ども行われんや。立ちては則ち其の前に参するを見、輿(くるま)に在(あ)りては則ち其の衡(こう)に倚る(よる)を見る。夫れ(それ)然る後に行われん。子張、諸(これ)を紳(しん)に書す。

[口語訳]子張が、自分の思想が実際に行われるにはどうしたら良いかと質問した。先生がお答えになられた。『言葉に真心があって偽りがなく、行動が誠実で恭しければ、南蛮・北狄の野蛮な異民族の国でも、お前の思想は行われるだろう。反対に、言葉に真心がなく嘘があり、行動に誠実さがなければ、小さな郷里の中でさえお前の主張は行われるだろうか?(いや、行われない)。立てばまっすぐに正面を見て、車に乗れば前にある横木に寄りかかっているのが見える。そのように正しい挙措(立ち居振る舞い)を守って、はじめて思想が行われるのだよ。』。子張は、この言葉を広帯の端に書き付けた。

[解説]孔子が、子張の『どうすれば、自分の思想・主張が実際の政治に活かせるのか?』という切実な問いに答えた部分である。孔子は、まず自分の威儀や礼節、言葉遣いを正すことが必要であると説く。そして、人格の成熟や精神の発達に比例するかのように、『自分の思想』が実際の政治に反映されることになるだろうと語るのである。自分の心身を制御できる有徳の君子でなければ、政治に携わる資格がないと考えた孔子らしい返答だと言えよう。

[白文]7.子曰、直哉史魚、邦有道如矢、邦無道如矢、君子哉遽伯玉、邦有道則仕、邦無道則可巻而懐之、

[書き下し文]子曰く、直なるかな史魚(しぎょ)。邦に道有るときも矢の如く、邦に道無きときも矢の如し。君子なるかな遽伯玉(きょはくぎょく)。邦に道有るときは則ち仕え、邦に道無きときは則ち巻きてこれを懐(ふところ)にすべし。

[口語訳]先生が言われた。『まっすぐであるな、史魚は。国家に正しい秩序があるときは矢のように動き、国家に正しい秩序がないときも矢のように動く。君子であるな、遽伯玉は。国家に正しい秩序がある時には役人に仕官し、国家に正しい秩序がない時には自分の才能を巻いて懐にしまっておける。』

[解説]孔子が、廉直の人である史魚と君子である遽伯玉を評価して語った言葉である。孔子の理想の士大夫(したいふ=高級官僚)とは、国家にまっとうな倫理と秩序がある時には懸命に働き、それらがない時には官吏となって俸禄(給与)をいたずらに得ることをしないというものであった。官職を得るべき時期や官吏として勤める心得について、『論語』では繰り返し述べられているが、それは君子が最終的に就くべきメインの職業が『為政者(政治家・官吏)』であったからである。

[白文]8.子曰、可与言而不与之言、失人、不可与言而与之言、失言、知者不失人、亦不失言、

[書き下し文]子曰く、与(とも)に言うべくしてこれと言わざれば、人を失う。与に言うべからずしてこれと言えば、言(ことば)を失う。知者は人を失わず、亦た言を失わず。

[口語訳]先生が言われた。『共に語るに足るだけの人物であるのに、共に語らないのであれば、人を失うことになる。共に語るに足らない人物であるのに、共に語ってしまえば、言葉の価値がなくなってしまう。知者は、重要な人を失うことがなく、言葉の価値も失うことがない。』

[解説]孔子が『価値のある対話』について説明した章であり、孔子は『人との出会い(偶然の縁)』を大切にしながらも『共に語り合うべき仲間(言葉の価値が伝わる相手)』を選ぶようにと教えている。

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[白文]9.子曰、志士仁人、無求生以害仁、有殺身以成仁、

[書き下し文]子曰く、志士仁人(しし・じんじん)は、生を求めて以て仁を害すること無し。身を殺して以て仁を成すこと有り。

[口語訳]先生が言われた。『志士・仁人と呼ばれる人は、生命を大切にしながらも仁徳を傷つけることがない。更に、身を殺してでも仁徳を成し遂げることができる。』

[解説]高潔な目標を持っている『志士』と仁の徳性を身につけている『仁人』は、日常生活の中では自己の生命を尊重するが、仁徳を達成するためにどうしてもわが命が必要であると覚悟すれば、その身を潔く捨てることに何の躊躇もないということである。志士仁人の心構えはある種の自己犠牲精神と言えるが、政治権力(教育政策)による人民の道具化などに利用される恐れもあるので、志士・仁人は『(他からの強制のない)個人の自発的な覚悟・克己』によって生まれるということを忘れないようにしたい。

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