『平家物語』の原文・現代語訳5:左右を経ずして、内大臣より太政大臣従一位に至り~

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13世紀半ばに成立したと推測されている『平家物語』の原文と意訳を掲載していきます。『平家物語』という書名が成立したのは後年であり、当初は源平合戦の戦いや人物を描いた『保元物語』『平治物語』などと並んで、『治承物語(じしょうものがたり)』と呼ばれていたのではないかと考えられているが、『平家物語』の作者も成立年代もはっきりしていない。仁治元年(1240年)に藤原定家が書写した『兵範記』(平信範の日記)の紙背文書に『治承物語六巻号平家候間、書写候也』と書かれており、ここにある『治承物語』が『平家物語』であるとする説もあり、その作者についても複数の説が出されている。

兼好法師(吉田兼好)の『徒然草(226段)』では、信濃前司行長(しなののぜんじ・ゆきなが)という人物が平家物語の作者であり、生仏(しょうぶつ)という盲目の僧にその物語を伝えたという記述が為されている。信濃前司行長という人物は、九条兼実に仕えていた家司で中山(藤原氏)中納言顕時の孫の下野守藤原行長ではないかとも推定されているが、『平家物語』は基本的に盲目の琵琶法師が節をつけて語る『平曲(語り本)』によって伝承されてきた源平合戦の戦記物語である。このウェブページでは、『左右を経ずして、内大臣より太政大臣従一位に至り、大将にはあらねども~』の部分の原文・意訳を記しています。

参考文献
『平家物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),佐藤謙三『平家物語 上下巻』(角川ソフィア文庫),梶原正昭・山下宏明 『平家物語』(岩波文庫)

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[古文・原文]

鱸(すずき)2

左右を経ずして、内大臣より太政大臣従一位に至り、大将にはあらねども、兵仗(ひょうじょう)を賜つて、随身(ずいしん)を召し具す。牛車・輦車(ぎっしゃ・れんしゃ)の宣旨を蒙つて、乗りながら宮中を出入す。ひとへに執政の臣の如し。『太政大臣は一人に師範として、四海に儀刑せり。国を治め道を論じ、陰陽を和らげをさむ。その人にあらずば則ち欠けよ』と云へり。則欠の官とも名づけられたり。

その人ならでは涜すべき(けがすべき)官ならねども、この入道相国(にゅうどうしょうこく)は、一天四海を掌(たなごころ)の中に握り給ふ上は、子細に及ばず。

そもそも平家、かやうに繁昌せられけることは、ひとへに熊野権現の御利生(ごりしょう)とぞ聞えし。その故は、清盛、未だ安芸守たりし時、伊勢国阿濃の津より、舟にて熊野へ参られけるに、大きなる鱸(すずき)の、船へ跳り(おどり)入つたりければ、先達申しけるは、

『昔周の武王の舟にこそ白魚は躍り入つたるなれ。いかさまにも、これは権現の御利生と覚え候。参るべし』と申しければ、さしも十戒を保つて精進潔斎(しょうじんけっさい)の道なれども、自ら調味して、わが身食ひ、家の子郎等どもにも食はせらる。その故にや吉事のみうち続ひて、我が身太政大臣に至り、子孫の官途も、龍の雲に上るよりなほすみやかなり。九代の先蹤(せんしょう)を越え給ふこそめでたけれ。

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[注釈・意訳]

清盛は右大臣・左大臣を経ることなく、そのまま太政大臣・従一位にまで昇進し、大将ではなかったが、兵馬・軍事の権限を授かって家来を連れ歩いていた。牛車・輦車の乗車を許可される宣旨も賜って、車に乗ったまま宮中を出入りしていた。その様子は摂政・関白といった執政官のようである。『太政大臣は天子(天皇)の師範として、四海の模範である。国を治めて進むべき道を論じ、陰陽五行の気象などを司ってもいる。それに相応しい人材がいなければ、欠員にせよ』と言われていた。そのため、則欠の官とも名付けられていた。

優れた人材でなければ汚してしまう官位であるが、この宰相の清盛入道が一天四海の世界を掌中に治めてしまったからには、細かな文句を言うこともできない。

そもそも平家がこのように隆盛したのは、熊野権現の御利益のお陰ではないかと言われている。その理由は、清盛がまだ安芸守だった時に、伊勢国阿濃の津から舟で熊野詣でをしようとしたのだが、大きな鱸(魚)が舟に飛び上がって入ってきた。故事に詳しい先達が、『古代中国の昔、周の武王の舟に、大きな白魚が飛び上がって入ってきたといいます。正に、これは熊野権現の御利益と思われます。さあ、熊野詣でに参りましょう』と申し上げたので、清盛は仏教の十戒を守って精進潔斎していたにも関わらず、自分でその巨大な鱸を調理して食べ、家来の郎党たちにも食べさせたのである。

その御利益なのか、平家には吉事のみが続いており、清盛自身は太政大臣にまで昇進し、子孫の官途も龍が雲の上に駆け上がるかのように前途洋洋である。清盛は平家の祖・高望王から数えて九代目となるが、九代の過去の履歴(位階)を越えて、昇進されたのはめでたいことである。

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