失読症(Dyslexia, alexia)

スポンサーリンク

このウェブページでは、『失読症(Dyslexia, alexia)』の用語解説をしています。

失読症の歴史と視覚性失語の発症メカニズムとの類似性

ディスレクシア(失読症・読み書き障害)の症状・問題


失読症の歴史と視覚性失語の発症メカニズムとの類似性

失読症(Dyslexia, alexia)は『文字・単語』を読んで理解することができないという『学習障害(learning disabilities)』の一種であり、英語名であるディスレクシアやアレクシアと呼ばれることもある。失読症は『文字が読めない症状』だけではなく『文字を書けない症状(書字障害・失書症)』を伴うことが多いので、失読と失書の両方の症状がでているケースは『読み書き障害』といわれることもある。難読症や読字障害といった呼び方がされることもあるが、純粋に文字が読めないだけの症状の場合には『純粋失読(pure alexia)』と診断されることになる。

ディスレクシアは読み書き障害を意味することが多いが、1884年にドイツの眼科医ルドルフ・ベルリンによって発見され命名された。純粋失読はディスレクシアよりも発見がやや遅く、1892年にフランスの神経学者J.デジュリン(Jules Dejerine,1849‐1917)が左半球の視覚皮質と脳梁を損傷した患者が文字を読めなくなったという症例を報告している。

J.デジュリンは読字の中枢を左半球(言語優位半球)の角回(かくかい,angular gyrus)にあると考えていて、左半球の視覚皮質と両半球をつなぐ脳梁膨大部を損傷した患者は、『右半球(非言語優位半球)の視覚皮質に到達した文字・単語の情報』を左半球の角回にまで送ることができないので、その結果文字が読めなくなるという仮説を立てた。

1966年には、N.ゲシュヴィント(N.Geschwind)らがJ.デジュリンの報告した失読症(純粋失読)と同じような症例を複数報告したが、純粋失読と同様の発現メカニズムによって発症すると考えられる『視覚性失語(optic ahasia)』が、あまり純粋失読と同時に発症していないという問題も残されている。視覚性失語は『失語症(aphasia)』の一種であるが、事物を目で見てそれが何であるのかは分かっているのにその名前が言葉で言えないという特殊な障害である。しかし、視覚性失語は目で見るだけでは名前を呼称できないのに、手で事物を触ったりその事物に特有の音・声を聴けば名前を呼称できるようになる。

『視覚性失語』も純粋失読と同じく、事物(モノ)に関する視覚情報が左半球(言語優位半球)の言語野に到達しないことで発生するとされているが、純粋失読の人がこの視覚性失語を同時に発症することは殆どないのである。

N.ゲシュヴィントは人間は『モノを見る+モノを触る+モノ(動物)固有の音(声)を聴く』という視覚以外の感覚モダリティとの連合が成立しているので、右半球(非言語優位半球)の視覚野に到達した事物の情報は右半球内部で他の感覚モダリティの感覚記憶を喚起すると考えた。そして、脳梁膨大部の前に残っている神経線維を通じて、その触覚や聴覚と結びつけられた感覚記憶の情報が左半球に辛うじて送られ、視覚だけでは呼称できなかった事物の名前を呼称できるようになるのだと説明した。

純粋失読は『文字・言語の書字情報』が左半球の言語野(角回)に到達することができないために起こる『離断症候群(左右両半球の情報伝達の離断によって起こる症候群)』の一種ということになるが、J.デジュリンやN.ゲシュヴィントらが指摘した脳の損傷箇所以外の損傷でも発症する可能性はある。

S.H.グリーンブラットは、左半球の紡錘状回や左角回の直下にある垂直後頭線維が切断されることによって、純粋失読が発症することを症例によって実証している。この症例は文字・言語の情報が伝達される経路が、左半球の一次視覚皮質から舌回横行線維を通っていること、右半球の脳梁線維から左半球の紡錘状回、垂直後頭線維を通っていることを示しており、それらの経路は最終的に左半球の角回に到達することになる(角回に到達すれば文字情報を読むことができるわけである)。

スポンサーリンク
楽天AD

ディスレクシア(失読症・読み書き障害)の症状

失読症・読み書き障害(ディスレクシア)の人は、視覚機能や知的能力(知能指数)、物事の理解能力に特別な異常がないにも関わらず、文字・単語を読んだり書いたりすることができなかったり著しい困難・苦痛を抱えている。失語症と書字障害がない『純粋失読(pure alexia)』の場合には、言葉を話したり文字を書いたりすることもできるし、文字は読めなくても見た文字を模写して書き写すことができたりもする。そのため、文字が書ける失読症は、『失書を伴わない失読(alexia without agraphia)』と呼ばれることがある。

人類が文字(書き言葉)を使い始めた歴史は約5千年程度に過ぎないため、脳には『文字の読み書き』だけを専門に行う中枢領域は存在せず、他の代替領域の機能を寄せ集めることで文字の読み書きをしていると考えられている。失読症(ディスレクシア)の人は、失読症の問題がない一般の人とは異なる脳の領域を使っているために、『文字の読み書きに関する情報の自動処理』ができず、逐語的・分解的に理解しようとしたりしてスムーズな文字の読み書きができなくなっているのではないかと推測されている。

人間の識字能力(文字を読んで理解する能力)のプロセスには、文字・単語を構成する音に結びつけて意味を理解する『音韻的処理(平仮名・カタカナ・アルファベットなどの表音文字)』や文章から直観的かつダイレクトに意味を理解する『正字法的処理(漢字など表意文字も含める)』などがあるが、ディスレクシアでは様々な情報処理プロセスの途中で障害が起こっているようである。2つの文字の違いを区別できない、パッと見ても意味が分からず文字・単語の理解までに長い時間がかかる、並んでいる複数の文字が歪んで見えてしまう、文字そのものが二重に見えたり集中して見続けることができないなど様々な症状となって現れてくる。

純粋失読の失読症は、読めない文字・単語を指でなぞったり目で何度も辿ったり、手のひらに目をつぶって文字を書いたり、空中で指で文字を書いたりするとその文字を読めることが多く、純粋失読は『視覚入力限定の文字の読みの障害』とされている。欧米語でもアルファベットの一文字一文字は読めることが多く、いくつかのアルファベットが並んでいる単語になると読めなくなってしまう。その失読症の特徴を生かして、アルファベットを一文字ずつ読み上げて(綴りを音声にして上げて)単語の意味を解読する『逐次読み(letter by letter reading)』が行われたりする。

日本語の失読症では漢字と仮名が同じくらい読みにくくなりやすいが、どちらかというと『平仮名・カタカナが読みづらい読字障害』のほうが多くなっていて、『表意文字の漢字』のほうが音読でも黙読でも読みやすい傾向があるようだ。ディスレクシア(失読症)は知的能力の低下や言語能力(聴いて話す能力)の障害がないので、ディスレクシアがあっても大学教育(高等教育)を受けている人も少なくないが、文字情報の読みや理解に時間がかかったりできなかったりするので、一般の人よりも学校の勉強や入試の受験では不利になりやすい。

ディスレクシアは、文字の綴りと発音の間に複雑な関係と決まりがある『英語・フランス語』で有障害率(発症率)の高い問題であり、アメリカ合衆国では全体の1~2割が読み書きに関する何らかのディスレクシアの悩み・問題を抱えていると考えられている。普通に日常生活が送れて他人からも分かりにくい問題なので、ディスレクシアが社会問題として注目されることは少ないが、実際に自分がディスレクシアであることが分かった時には、就職や仕事、学業、人間関係などで思いがけない差別や不利益、疎外を受けてしまう事もある。そのため、現在、アメリカを中心として、ディスレクシアのカミングアウトや権利擁護を推進するための社会運動や公的団体づくりが盛んになっている。

アメリカでは1~2割の人たちが何らかのディスレクシア(読み書き障害)を持っているという統計調査もあるが、ハリウッドスターのトム・クルーズやキアヌ・リーブス、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイらも『自分がディスレクシアである(過去にディスレクシアであった)』ということをカミングアウトしていてアメリカではそれほど珍しい学習障害ではないという認識も広がり始めている。親がディスレクシアの症状を持っていると、子供の23~65%がディスレクシアの問題に悩まされるという調査結果もあり、読み書きに関する障害には一定の遺伝性・家族性があると考えられている。

現時点ではディスレクシアの決定的な治療法・解決法はないのだが、地道な朗読の練習の継続で症状が軽減されたという報告事例もあり、『文字・単語を読むための直接的かつ継続的な努力』にも一定の効果があることは分かっている。技術的なディスレクシアの解決として最も効果があるのは、文字・文章そのものを音声化して読み上げることで理解させるという方法であり、インターネット(WWW)ではテキスト(文字情報)を人工音声で読み上げられるようなソフト(Text to Speech, TTS=文字の音声化ソフト)も普及してきている。

スポンサーリンク
楽天AD
Copyright(C) 2004- Es Discovery All Rights Reserved