発達心理学と児童心理学の歴史

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“子どもの誕生・進化論の視点”と児童心理学の成立
生涯発達心理学の成立と歴史

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“子どもの誕生・進化論の視点”と児童心理学の成立

ヨーロッパ世界では古代から12~13世紀までの中世に現代の感覚で捉える『子ども』は存在しなかったとされ、子どもは『身体が小さな大人』として扱われていた。国家による義務教育制度(公教育制度)もなかったため、子どもが子供らしい遊びや学びをしながら過ごす“猶予時間(モラトリアム)・青年期前の思春期”もなく、児童期くらいになると労働をしたり奉公に出される事が多かった。

13世紀から18世紀までの時代に、大人(壮年)と乳幼児の中間段階にある『子ども(児童・青少年)』のイメージが段階的に形成されていき、封建主義的な身分制の廃止や義務教育制度の確立をした近代社会によって『子どもの発見・定義』が為された。国民主権のラディカルな直接民主主義を唱導した啓蒙思想家ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712年‐1778年)は、これから様々な能力や性格を身につけていく“可変的な子どもの未熟性の伸び代(のびしろ)”に着目した教育論を展開した。

近代社会における子どもの発見の歴史的展開については、フィリップ・アリエス(Philippe Aries, 1914年‐1984年)『<子供>の誕生』が参考になる。子どもはこの近代化のプロセスを通して、『大人に使役(搾取)される対象』から『社会に保護(教育)される対象』へと変化していき、二度の悲惨な世界大戦の経験と国際連合・ユネスコの積極的な活動によって1989年に『子どもの権利条約』が採択される運びになったのである。

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近代化によって子どもの発見と子どもの人権の保護が成立したわけだが、その歴史的プロセスは、人間の生得的な自由と平等、主権性を示した1789年の『フランス革命(フランス人権宣言)』から始まり、18世紀後半から19世紀の『イギリス産業革命』における悲惨な児童労働や子どもの虐待的使役への反省によって進められていった。産業革命による工場労働の需要増加が、農村から都市への『人口流入・工業都市の繁栄』を押し進めた。経済成長による所得上昇や栄養状態の改善、医療・衛生観念の向上が『乳幼児死亡率の低下』を実現したことで、『中産階級的な産児制限を伴う近代家族』が成立したのである。

乳幼児の子どもの死亡率が下がったので、企業に雇用されて所得を増やした中産階級は避妊や中絶による産児制限を始め、少ない子どもに教育投資をしながら大切に育てるという育児の方法が標準化していき、『子どもから大人に至るまでの発達過程・発達課題・人格形成』に対する夫婦・人々の関心は非常に強くなっていった。発達心理学が成立して発展していく原因の一つとして、『大切に育てている子どもの発達プロセス』に対する夫婦や国民の一般的関心の高まりがあり、『人間の発達過程の科学的研究』の分野ではチャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin, 1809年‐1882年)の進化論とその客観主義的な人間観が与えた影響も大きい。

進化論研究の文脈では、発生学を研究していたドイツの生物学者K.E.v.ベーア(Karl Ernst von Baer, 1792年-1876年)が、『発生・発達(development)』を細胞・組織の分化と器官に至る体制化のプロセスであると定義した。ベーアが主張した個体だけに閉じた発生・発達の定義に反対したのが、『個体発生は系統発生を繰り返す』という反復発生説を唱えたE.H.ヘッケル(Ernst Heinrich Philipp August Haeckel, 1834年‐1919年)である。

E.H.ヘッケルの発生主義に示唆を受けたW.T.プライヤー(W.T.Preyer, 1841年‐1897年)が、自分の息子を出生後から3年間にわたって綿密に観察して書いた著作が『児童の精神(1882年)』である。このW.T.プライヤーの素朴だが系統的な観察法とデータ収集に基づく子どもの発達研究が、『児童心理学(child psychology)の誕生』と考えられている。初期の児童心理学では、子どもの客観的な行動・発言・態度の観察をしてそのデータを細かく記録して整理し、『知能・感覚・運動・意志・興味』など各分野の能力・課題達成度がどのように発達していくのかを調べようとした。

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生涯発達心理学の成立と歴史

近代的な経済社会の進展による資本家階層と労働者階層の利害対立(新たな身分意識の発生)、子どもの教育水準の向上と学生のモラトリアムの発生、社会秩序を脅かす不況による若年層の失業者の増加などが、『思春期(adolescence)』という発達区分の成立を促すことになった。

アメリカの心理学者G.S.ホール(Granville Stanley Hall, 1844年-1924年)は、ヘッケルの反復発生説に倣って個人の発達は社会の歴史的発展を繰り返すという『生物学と社会学を重ねる発達観』を持っていたが、その先入観のために『思春期・青年期の葛藤』の社会的・歴史的要因の調査が殆ど行われる事はなかった。これはホールの生物学的な発達観に基づく『認知のバイアス』の問題であり、本来は思春期・青年期に特有の葛藤や苦悩というものは、その青年が生きている時代の社会経済的要因や歴史的転換期(時代の価値観の大きな転換)と切り離して考える事はできないのである。

G.S.ホールは19世紀のアメリカの心理学会を主導した大物だが、質問紙の心理テストを用いた児童発達研究を行い、学校では教師の実地調査による児童研究運動をバックアップしていた。アメリカのボストンで若年層の失業増加問題を改善するために1901年から『職業指導運動・進路相談の充実』などが行われるようになり、こういった思春期・青年期の社会適応や職業選択の悩みが強まる時代状況の中で、G.S.ホールは『青年期(1904年)』という論文を書き、これが児童期と成人期の中間にある青年期の発達問題を取り扱う『青年心理学(adolescent psychology)の誕生』につながっていった。

W.T.プライヤーによる児童心理学、G.S.ホールによる青年心理学の誕生に続いて、1926年にはドイツ人の心理学者ハインツ・ウェルナー(Heinz Werner, 1890年‐1964年)『発達心理学入門』という著作を発表した。子どもから大人にまで至る人間の精神発達過程を理論化しようとしたH.ウェルナーの『発達心理学入門(1926年)』が、発達心理学という応用心理学分野の歴史的な始まりになったのである。H.ウェルナーもE.H.ヘッケルらの発生学の理論の影響を受けており、その発達心理学の理論は『未分化‐分化‐統合による完態への移行』という図式的な発達モデルに依拠していた。

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1960年代になると、子どもの思考能力(認知能力)の段階的な発達と抽象的・論理的な大人の思考能力を発生学的に理論化したジャン・ピアジェの『思考発達理論(認知発達理論)』によって、児童心理学という学問分野は『発達心理学(developmental psychology)』に統合されるようになっていった。

1950年代までの発達心理学は、児童心理学における『子どもの発達段階・発達課題』を中心にしたものであり、人間の精神発達は成年期で大人になれば終わるという発達観が主流であった。しかし、1960年代のベトナム反戦運動や社会変革を唱える学生運動、黒人の公民権運動の高まりがあり、高齢者や中年者、女性も一緒になって『社会問題の改善』を考える気運が生まれたことで、『人間の発達プロセスは成人してから後もまだ続く』という考え方が広まるようになった。

自由化や市場化、少子化(未婚化)、社会の高齢化、格差拡大などを伴う『高度資本主義社会』の成熟によって、今までに無かった新たな社会問題や各年齢層の発達課題と悩みが生まれ、発達心理学が研究すべき射程は『人間の生涯のすべてのプロセス』を包摂するものになってきたのである。

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核家族化の進展や自由だが孤独感を抱える未婚者の増加、少子高齢化による社会保障財源の不足、非正規雇用の増加(平均所得減少)による経済生活の不安と未婚化、若者の就職難と失業者・無業者の増加、自己アイデンティティの再建を迫られる中年期の危機(熟年離婚の危機)、高齢者の医療・介護・年金のコスト増大など、豊かになった先進国の社会が抱える『各世代の葛藤・苦悩・迷い』はますます増えている。

1970年代以前の発達心理学では、子どもと成年、成人、老人をそれぞれ区分して考える事が多く、高齢者の発達的課題をメインに研究する『老年学(gerontology)』もあったが、1970年代以降になると、人間の発達は成年期でピークを迎えて完成するのではなく一生涯を通じて意義のある発達が続くとする『生涯発達心理学(life-span developmental psychology)』が主流になってきた。

これまで『成年期以降の加齢・年齢上昇』は体力が低下して美貌が衰え、病気になりやすくなるという『老化』のネガティブなイメージで捉えられがちであったが、近年では老化を人間の自然かつ前向きな現象として解釈して、有意義な知恵や経験、洞察を積み重ねていくプロセスとして『エイジング(aging)』と呼ぶようになっている。中年期から老年期に向かう発達過程では、人間関係や仕事のやりがい、社会貢献、後進の育成、趣味の充実などの『QOL(生活の質)に支えられたエイジング』の発達課題が重要になってきているのであり、年齢を重ねて老後になっても自分らしい人生の意味づけやそれまでの人生経験・人間関係の総括が問われているのである。

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