『孫子 第二 作戦篇』の現代語訳:1

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『孫子』とは古代中国の“兵法家・武将の名前”であると同時に“兵法書の名前”でもある。孫子と呼ばれる人物には、春秋時代の呉の武将の孫武(そんぶ,紀元前535年~没年不詳)、その孫武の子孫で戦国時代の斉の武将の孫ピン(そんぴん,紀元前4世紀頃)の二人がいる。世界で最も著名な古代の兵法書である『孫子』の著者は孫武のほうであり、孫ピンの兵法書は『孫子』と区別されて『孫ピン兵法』と呼ばれている。

1972年に山東省銀雀山で発掘された竹簡により、13篇から構成される『孫子』の内容が孫武の書いたものであると再確認され、孫武の子孫筋の孫ピンが著した『孫ピン兵法』についても知ることができるようになった。『戦わずして勝つこと(戦略性の本義)』を戦争・軍事の理想とする『孫子』は、現代の軍事研究・兵法思想・競争原理・人間理解にも応用されることが多い。兵法書の『孫子』は、『計篇・作戦篇・謀攻篇・形篇・勢篇・虚実篇・軍争篇・九変篇・行軍篇・地形篇・九地篇・火攻篇・用間篇』という簡潔な文体からなる13篇によって構成されている。

参考文献
金谷治『新訂 孫子』(岩波文庫),浅野裕一『孫子』(講談社学術文庫),町田三郎『孫子』(中公文庫・中公クラシックス)

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[書き下し文]

第二 作戦篇

一 孫子曰く、凡そ用兵の法は、馳車千駟(ちしゃせんし)、革車千乗(かくしゃせんじょう)、帯甲(たいこう)十万にて、千里に糧を饋る(おくる)ときは、則ち内外の費、賓客(ひんかく)の用、膠漆(こうしつ)の材、車甲の奉、日に千金を費やして、然る(しかる)後に十万の師挙がる。

[現代語訳]

一 孫子が言った。概ね戦時における用兵の原則は、戦車千台、輜重車千台、武装した兵士が十万人で、千里の遠くへと出兵して糧食を輸送する時には、内外の経費、賓客への進物・もてなしの費用、膠(にかわ)・漆(うるし)の材料、戦車・甲冑の準備など、一日に千金を費やして初めて十万人の軍を派遣することができるのである。

[解説]

孫子の兵法のリアリズムは、『戦争にはお金がかかる』という現実を直視しており、古代の兵法の原則である『十万人の武装した軍団』を遠方へと派遣するためには、一日に千金という莫大な軍事費がかかるということである。軍事費が巨額になった結果、国家財政を圧迫して国民生活を困窮させるのであれば、戦争による利益が多少見込めるとしても、敢えて戦争を起こすのは『有害無益な政治判断(国民を疲弊させる悪政・為政者の独善的な横暴)』ということになる。

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[書き下し文]

第二 作戦篇(つづき)

二 其の戦いを用いるや、久しければ則ち兵を鈍らせて鋭を挫き(くじき)、城を攻むれば則ち力屈きる(つきる)。久しく師(し)を暴せば(さらせば)則ち国(くに)、用(よう)足らず。夫れ(それ)兵を鈍らせ鋭を挫き、力を屈くさせ貨を殫くす(つくす)ときは、則ち諸侯、其の弊に乗じて起こる。

智者ありと雖も、其の後を善くすること能わず(あたわず)。故に兵には拙速を聞くも、未だ巧久(こうきゅう)を睹ざる(みざる)なり。夫れ兵久しくして国利ある者は、未だこれ有らざるなり。故に尽く(ことごとく)用兵の害を知らざる者は、則ち尽く用兵の利を知ること能わざるなり。

[現代語訳]

二 その戦争を始めたならば、戦争が長引けば軍を疲れさせて鋭気を挫き、(守備の何倍もの兵力が必要になる)城攻めになれば軍隊の力は尽き果ててしまう。長く大軍を露営させれば、軍事に要する国家予算が不足してしまうことにもなる。そして、軍が疲れて鋭気が挫かれ、兵力が尽きて財政が破綻したとなると、外国の諸侯がその疲弊に乗じて攻め込んでくるだろう。

自国に智者がいたとしても、ここまで国が疲弊するとその後を良くすることはできない。だから、戦争には、拙速(失敗があっても早く戦争を終わらせる戦略の利点)が有効なことはあっても、上手くやり続ける長期戦(戦争をわざと長期化させる戦略の利点)というのは見たことがない。そもそも、戦争が長期化して国家にとっての利益が増したことは、未だ無いのである。だから、戦争のもたらす弊害を知らない者は、戦争によって得られる利益についても知ることができないのだ。

[解説]

孫子は『長期戦の弊害・損耗』を説いて、『短期に戦争を終わらせることの利点』を強調している。戦争には多くの兵力だけではなく巨額の軍事費が必要であり、戦争が長引けば長引くほど、国民・兵士の損失が増えるだけではなく、国家財政が逼迫して思うような政治判断もできなくなり戦争を継続できなくなってしまう。そこまで国家が長期戦で疲弊しきってしまうと、敵対的な外国から逆に攻められて滅ぼされるリスクがあるというのである。孫子は『戦争の弊害』と『戦争の利益』の双方を熟知することによって初めて、国家・国民にとっての利益に繋がる戦争が可能だと考えていたようである。

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