ラグナロク:北欧神話の最終戦争

最終戦争・神々の黄昏としてのラグナロク

『エッダ(古エッダ・新エッダ)』で伝えられる北欧神話の結末は、神々と巨人族が最終戦争で殺し合って神々も巨人も死に絶えてしまい、世界・宇宙も滅亡するという『ラグナロク』によってエピローグ(終章)を迎える。最終戦争のラグナロクは、この世界の始まりから定められた不可避の必然的な運命であり、邪神・火の神ロキ光の神バルドルを暗殺したことで(世界から光が奪われたことで)、ラグナロクの時はいっそう近づくことになった。

北欧神話で世界の終末の日とされるラグナロク(Ragnarok)は、『神々の運命』『神々の黄昏』と訳されることが多い。リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環(ニーベルンゲンの指環)』の最終章の翻訳が『神々の黄昏』の翻訳で定着したこともあり、現在では『神々の黄昏』をラグナロクの翻訳として用いる人が多い。

ラグナロクの時が近づくにつれて、オーディンの居城であるヴァルハラ宮殿に戦士(死んだ戦士も)たちが集結するようになり、生死の危険を伴う最終戦争の兆候が多く見られるようになっていく。アースガルドの神々が戦争に備えて好戦的になるだけではなく、ミッドガルドの人間たちも凶暴さや邪悪さを増してきて、ヨツンヘイムの巨人族は神々に対する積年の憎悪と傲慢な支配欲を高ぶらせている。

『古エッダ』『巫女の予言』では、以下のようにラグナロクの到来が予言されている。

兄弟は争って殺し合い

同じ母から生まれた子供たちは一つの寝床を汚すだろう

世は乱れ姦淫がはびこり

斧の世、剣の世が来て、楯は裂け

嵐の世、狼の世が

世界の終わりまで続くであろう

誰ひとり、他人を労わる心を持たない

『サガとエッダの世界 山室静』

アースガルドが朝焼け・夕焼けで赤く染まるようになり、太陽の輝きが暗くなって天候の悪い寒い夏(冷夏)が続くとラグナロクの接近が予感されるという。それ以外にも、『古エッダ』では以下のような『変化・兆候・出来事』によって、ラグナロクが近づいていることを知ることができるという。

女巨人エッグセールが竪琴を弾いていると、その側で雄鶏フィアラルが鳴く、アース神族の国ではグリンカムビが鳴き、ヘルヘイム(冥界)でも雄鶏が鳴き始めると戦いの時は近い。決定的なのは、光の神で門番のヘイムダルがギャラルホルンという角笛を吹き鳴らすことである。オーディンがミーミルの泉を訪ねている時に、巨人フリュムが東から進撃を始め、大蛇ヨルムンガンドも海から波を逆立てて攻め寄せてくるという。南方から炎の巨人スルトが炎を燃え上がらせながらやってきて、東の海からムスペルを引き連れた邪神ロキが船に乗って襲撃してくる。

主神オーディンは狼フェンリルと戦って殺されてしまうが、オーディンの息子ヴィーザルが即座にフェンリルの心臓を剣で貫いて復讐を果たした。美しい豊穣の神であるフレイは、恐ろしい炎の巨人スルトと戦うことになる。最強の戦闘力を誇る雷神トールは、大蛇ヨルムンガンドと戦うのだが、吐き出した猛毒を浴びてしまい、9歩後ろに退いてから死んでしまった。

世界の終末の日であるラグナロクによって、太陽はその光の輝きを失って暗黒の世界となり、夜空を彩っていた星々もすべて消滅してしまう。炎と煙を噴き上げて地震でひび割れた大地は、海中へと沈没する運命にある。しかし、『古エッダ』では全ての神々がラグナロクで死に絶えてしまったのではなく、生き残ったアース神族の神々がイザヴェルに集結し、そこに美貌の貴公子バルドルとその兄弟である盲目の神ホズが戻ってくるのである。バルドルとホズの息子たちは天界(風の住居)に住むようになり、アース神族の世界を再建する新たな歴史づくりに乗り出していく。

『新エッダ』のラグナロク(最終戦争):アース神族とロキ+巨人族の戦い

『新エッダ』の第一部『ギュルヴィたぶらかし』には、ラグナロク(最終戦争)が勃発する時の兆候について記されている。ラグナロクが発生する前には、風の冬、剣の冬、狼の冬と呼ばれる『フィンブルヴェト(恐ろしい冬・大いなる冬)』が起こって、夏の季節がなくなり太陽が出ない厳しい冬が三年にわたって続き、神と人間のモラルは崩壊して生物の大半は死滅するという。

太陽と月が、フェンリル(巨大な狼)の子のスコルとハティに飲み込まれると、天から星が落ちてきて、山が崩れて木々は倒れて大地は割れる。多くの生物がその天変地異で命を落としてしまうが、その大地の衝撃で魔法の鎖で束縛されていた邪神ロキやフェンリル(狼)、ガルム、凶暴な巨人たちが解き放たれてしまう。

ラグナロクの到来を察知した光の神で門番のヘイムダルは、世界の終焉を告げるための角笛ギャラルホルンを取りに行くために『ミーミルの泉』へと赴く。主神オーディンも、ミーミル神からの予言・助言を聞いて、来るべきラグナロクに備えて戦争の準備を押し進めていく。邪神ロキやフェンリル(狼)、ガルム、凶暴な巨人族、大蛇ヨルムンガンドが、アースガルドの支配を目指して進軍してくる。

大蛇のヨルムンガンドは海水を津波のように巻き上げて進み、ロキあるいは巨人フリュムが舵を取るナグルファルという巨大な船が押し寄せてくる。ナグルファルはムスペルが所有する死者の爪から作られたという巨大船で、敵意と憎悪に満ちあふれた大勢の巨人を満載している。炎の国ムスペルヘイムの巨人スルトが炎の剣を携えて燃え上がっており、スルトの後にムスペルの子らが馬で続いて進軍した。この炎の軍団の襲撃を受けて、神々が地上からアースガルズに架けた虹の橋ビフレストは落ちてしまった。

ヘイムダルがラグナロクの時を告げる角笛ギャラルホルンを吹き鳴らすと、アースガルドに近い『ヴィーグリーズの平原』で、神々と死せる戦士たち(エインヘリャル)の軍が、邪神ロキ・巨人・怪物・死者の軍勢と衝突して激戦へと発展する。

黄金の鎧に身を包んで、戦女神ヴァルキューレや死者の兵士エインヘリャルを従えたオーディンは、巨人の軍勢を正面から迎え撃つ。だが、巨人族や怪物たちの攻撃・破壊力は凄まじいものがあり、大地は洪水に飲み込まれて炎で焼かれ、アースガルドの城壁も猛攻撃を受けて崩落してしまった。オーディンは口と鼻から炎を吹き出す狼フェンリルに立ち向かうが、天と大地に届くほどに大きく開かれたフェンリルの口の中に飲み込まれて命を落としてしまった。

オーディンの息子ヴィーザルが、父の仇を討つためにフェンリルに挑みかかる。ヴィーザルは、フェンリルの下顎に足をかけて、上顎を手で押し開けることで、フェンリルの体を切り裂いて倒した。最強の戦闘力を持つ雷神トールは、大蛇ヨルムンガンドと戦うことになるが、魔法の戦鎚ミョルニル(ムジョルニア)で叩いて殺したものの、自分もヨルムンガンドの猛毒を浴びて死んでしまう。

軍神テュールは、凶暴な番犬ガルムと戦って相討ちとなり、邪神ロキも向かってきた光の神ヘイムダルを倒そうとしたが実力はほぼ互角で相討ちに終わった。豊穣の神フレイも炎の巨人スルトと戦ったが、魔法の剣を持っておらず貧相な鹿の角で立ち向かったので敗れてしまった。スルトが投げつけた炎の剣によって、世界樹のユグドラシルが燃え上がり、その炎が世界中を焼き尽くして、三層に分かれていた9つの世界は全て海の中に沈没してしまったのである。ラグナロク(最終戦争)によって、神々の時代は黄昏に入り、世界・宇宙は完全に破壊し尽くされてしまった。

しかし、『エッダ』ではラグナロクの後に、光の神バルドルやその兄弟である盲目の神ボズによって、新たな世界の秩序が再び再建されるという予言が行われている。緑の大地が水中から浮かび上がってきて、バルドルとヘズが死者の国(ヘルヘイム)から復活して生き返り、その子孫たちが新たな神々の国アースガルドを立て直すという『再生・復活の物語』である。

かつてアースガルドがあったイザヴェルの土地に、ラグナロクの最終戦争を生き延びた神々が再集結して新たな神々の国を建設する物語になっている。新時代の神として生き残った者には、オーディンの子のヴィーザル、ヴァーリ、トールの子のモージ、マグニ、射手の神ヘーニルなどがいて、彼らの子孫が建設するであろう新たな神々の国の繁栄が予感されている。

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