ひきこもりに対処するための実践的なメソッド

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心理的な原因と非社会的な生活パターンの形成

ひきこもりの心理の概略とひきこもりを生み出しやすい時代背景について過去に詳細な記事を書きましたが、高度な経済成長を遂げた現代の日本社会において『青年期~壮年期に及ぶ非社会的問題行動群』は非常に大きな心理社会的問題となっています。かつて、ひきこもりのような社会環境との関係を断絶する非社会的問題は、スチューデント・アパシー(学生時代の意欲減退症候群)の遷延に絡んだ自我アイデンティティ確立の困難の問題であると解釈されていました。しかし、最近のひきこもりの事例を見てみると、従来主流であった10代~20代の青年層だけではなく、30代以上で10年間以上にわたって社会経済的活動を行っていない人たちが増えている傾向が見られます。

そういったひきこもりという非社会的問題を抱えた人たちの年代の向上と合わせて、非社会的な行動パターンを生み出しやすいうつ病のような気力消失や意欲減退を示す若年層が増えているといった印象もあります。かといって、ひきこもり状態にある人の全てが、気分や情緒に関する何らかの精神疾患を持っているのかといえばそうではありません。大半のひきこもりは、あらゆる事柄に対して無関心なわけではなく、社会的評価に関与しない遊びや他者との直接的な人間関係を必要としないゲーム、インターネットなどを楽しもうとする意欲はあります。また、多くの場合、性的欲求や異性への関心も消失していないため、うつ病など気分障害とは異なる心理社会的ストレスや精神発達上の問題がひきこもりの背景にあると考えられます。

興味の対象や喜びの感情の全般的な喪失がうつ病の病態の特徴の一つですが、うつ病と識別が困難な『擬態うつ病』の場合には、特定の領域に対する興味関心が持続していることや異性に対する欲求が消失していないことが一つのメルクマールになります。分かり易い指標でいえば、深刻なうつ病の場合には性的刺激に対する反応や興味が消退するため、それまで好きだった芸能人やアイドルのような理想的異性に対する関心が大幅に低下し、雑誌や漫画なども以前のように進んで読もうとする意欲がなくなります。

ひきこもりやNEETなど非社会的問題行動群に見られる擬態うつ病の場合には、興味関心の減退という精神症状について『恣意的な選別(好きな趣味や楽な行為だけに反応して強い欲求を示すが、嫌いな事柄や困難な行為に対しては急速に意欲を喪失する)』が見られるという特徴があります。極端な例でいえば、それまで塞ぎ込んで強烈な憂鬱感を訴えベッドから起き出せなかった人が、自分の見たいテレビ番組などがあると途端に気分が改善したり、付き合っている恋人から呼び出しがあれば急に元気になって外出したりするケースです。

確かに、軽症うつ病の場合には、意欲減退や興味喪失にある程度の『恣意的な選別』が働くことがありますが、余りに都合の良い気分の転換や対象に応じた意欲の高低が頻繁に見られる場合には、うつ病よりも非社会的行動や困難回避の性格の問題に焦点を当てたほうが良いことがあります。擬態うつ病というのは詐病(仮病)というわけではなく、ショックな喪失体験による一時的な心因反応であったり、誇大自己によるアイデンティティ拡散のスチューデント・アパシーだったりします。擬態うつ病と呼ばれる一連の抑うつ感や意欲減退の本質は、過去の経験や学習によって形成された『人格構造(価値判断に基づく行動パターン)の歪みによる回避傾向あるいは他者への依存』であったりします。

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うつ病に該当しないひきこもりの事例では、対人関係あるいは経済活動に対する意欲や気力が低下している一方で、直接他者と対面しないメールや携帯電話で連絡を取り合ったり、社会的責任や職業能力を問われないゲームや趣味のインターネットに没頭していたりします。そのような無為な時間に埋没しているひきこもりの人を両親や家族が見ていると、『仕事や勉強もしないで遊んでばかりの怠惰な毎日を過ごして何を考えているのだろう』という不安や怒りを感じるかもしれません。しかし、ゲーム・DVD鑑賞・雑誌購読などの娯楽を楽しむ余力があり、携帯電話やインターネットを通して他者とつながりたい欲求があることは、それが全くないことよりも精神的健康度が高いことを意味します。

あらゆる事柄や娯楽に一切の興味を示さず部屋の隅で茫然とし続けているような状態であれば、精神病質人格障害のような感情鈍麻や外界との断絶による自閉性を特徴とする「人格の歪み」の問題を考慮に入れる必要が生じてきます。その意味で、テレビにしろ漫画にしろゲームにしろ、何かに対して興味を持っていて、選択的な活動性が残っている場合には、そこをとっかかりとして行動範囲を広げていくというカウンセリングを行うことが出来ます。

擬態うつ病でないDSM-Ⅳなどの診断基準を満たすうつ病(気分障害)の場合にも、ひきこもりのような非社会的問題を呈することがあります。現代社会で発症率が高くなっているうつ病など気分障害(感情障害)は深刻な精神保健上の問題であると同時に、ひきこもりや未就労といった『社会性喪失・環境不適応のリスクファクター』でもあります。うつ病の活動抑制的な精神症状(無気力・意欲消退・抑うつ感・行動力低下)がひきこもりに関係している場合も多くあるので、ひきこもりの人で極端な抑うつ感や億劫感が見られる時には一応うつ病の可能性も視野に入れる必要があります。また、うつ病を発症していなくても、深刻度の高いひきこもりの人には、暗い気分の落ち込みや元気の出ない憂鬱感が頻繁に見られ、その鬱々とした心理状態によって生活全般の活力が低下しています。

社会環境や人間関係に対する不適応の問題は大きく分類すると、精神運動が過度に抑制される『非社会的問題行動』と精神運動が反社会的な方向へと活発化する『反社会的問題行動』に分けることが出来ます。社会的活動や他者との人間関係から遠ざかって接触を断ってしまうのがひきこもりですが、多くのひきこもりのケースでは家族との最低限の接触は保たれています。その観点から考えると、家族との一切の接触(会話)が断たれていて、自室から一歩も外に出てこないというケースのほうが、ひきこもりの問題としては深刻度が高く、何らかの精神的な病理性の問題が背景にある可能性もあります。

ここまで、精神障害とひきこもりの相関を中心としてひきこもりの非社会的な生活パターンの形成について大まかに述べてきましたが、実践的なカウンセリングの実施にあたって、精神障害の診断や治療が中核的になるのは極めて稀です。多くのひきこもりの問題は、精神の病気とは直接的な因果関係がありません。カウンセラーや精神科医がひきこもりの問題に対峙する場合に最も重視すべきポイントは、『家族成員とひきこもりの人との相互関係』『ひきこもりの人の生活履歴(挫折・喪失体験)と性格傾向(依存的・回避的な傾向)』『ひきこもりの人の精神発達過程と対人関係パターン』であると考えることが出来ます。

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ひきこもりの問題に効果的なカウンセリングの技法を敢えて挙げるとすれば、家族システム論を基盤においた家族療法や認知行動療法でしょう。ひきこもりという非社会的問題行動を維持する為には、何らかの形で家族の協力行動が必要であり、ひきこもりの人も家族の協力行動を引き出すような行動を無意識的に取っています。具体的には、家庭内暴力によって内向的な支配欲求を示したり、深刻な抑うつ感や感情麻痺によって病理性を顕示したり、泣き落としや自殺念慮によって同情を引き出したり、反社会的な言動によって不安を喚起したりといったコミュニケーションをひきこもりの人は取ることがあります。

そういった援助行動を引き出す行為を明確に取っていないひきこもりのケースでも、『私は社会環境に適応して職業活動(学校活動)を行うことなんてとても出来ない、私は家族から自立して自分一人の力で生きていく自信がない』というメッセージを明示的・暗黙的に出している事が多くなっています。

多くの親はひきこもりの子供を見捨てることなく、『何とかしてひきこもりの状態から抜け出して、一般の若者らしい楽しく充実した日々を過ごしてほしい』と考えているのですが、それまでの親子関係が相互依存的なものである場合には、ついついひきこもり状態を維持する行動を選択してしまいます。つまり、子供の弱さや辛そうな様子を見て『まだこの子には、もう暫く自分の経済的心理的援助が必要である。十分な準備が出来れば、子供も社会的な自立を考えてくれるようになるだろう』と考えてしまうのです。

勿論、人生の選択に困難を覚え、社会経済的な自立に苦悩している子供を支えて助けてあげるのは、親として当然の責務であり、援助行動を取ること自体は間違ってはいません。しかし、その援助行動やコミュニケーションの取り方が、子供の行動や生活のパターンにどのような影響を与えているのかを親は注意深く観察し認識する必要があります。ひきこもりの問題は、家族システムの病理の問題でもありますから、親が子供の非社会性を固定し、子供が親の過保護や無関心を誘引するという『悪循環の無限連鎖』をまず抜け出さなければなりません。『悪循環の無限連鎖からの離脱による家族システムの機能化』がカウンセリングの第一目標になります。

いずれにしても、ひきこもりの問題解決は、系統的に段階的に推し進めていく必要があり、ひきこもりの人の非合理的な認知と依存的・回避的なパーソナリティを訂正するまでには相応の時間が必要になってきます。ひきこもりの問題に対応する実践的なカウンセリングが最終的な到達目標にするのは、『子供が自らの社会的アイデンティティを確立して働けるようになること』です。更にその結果として、主体的な経済活動や異性関係の選択を行い、自立した社会生活を営めるようになれば、とりあえずひきこもりに関連する非社会的行動の問題は解決したと考えて良いでしょう。

その目標の実現を加速させる為には、家族システムを正常化して、親子・兄弟姉妹が相互に上手く支えあい、自立的な行動を取れるようになることが大切です。ひきこもりの人の行動や認知を適応的に変容させるだけではなく、ひきこもりの人と相互に影響を与え合っている家族成員の行動やコミュニケーションも自立促進的な方向に変えていくことによって、家族システム全体が有効に機能し始めます。家族システムの正常化や機能化が期待できない場合には、ひきこもりの問題を抱えている人個人で社会環境適応を促進するカウンセリングを継続していき、社会参加を通して少しずつ友好的な人間関係の範囲を広げていく工夫をしていきます。

家族関係とひきこもりに陥り易い性格形成過程やひきこもりの心理的苦悩の特徴、青年期の自我アイデンティティ確立の課題などについては、以下のウェブページで詳しく説明してみたいと思います。

家族関係と社会的ひきこもり

  1. ひきこもり状態の実際と先入観による偏見
  2. ひきこもりの問題解決に向けて
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