『荘子(内篇)・斉物論篇』の12

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[書き下し文]

斉物論篇 第二(続き)

それ大道(たいどう)は称げ(ことあげ)せず、大弁(たいべん)は言わず、大仁は不仁、大廉(だいれん)は謙らず(へりくだらず)、大勇はそこなわず。されば道は昭か(あきらか)なれば道ならず、言は辯か(つまびらか)なれば及らず(いたらず)、仁は常なれば成らず、廉は清ければ信(まこと)ならず、勇はそこなえば成らず。五者は元(まどか)にして方(かど)あるに向うに幾し(ちかし)。

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[現代語訳]

大道(真の実在)は言語概念によって言挙げせず、大弁(真の弁証)はその弁証を言わない、大仁(大いなる愛)はむしろ仁(愛)ではなく、大廉はむしろ自己卑下をせず、大勇は人を損なわないものである。だから道が言語概念で明らかになるのであれば道ではない、言語が煩瑣になれば真実に至らず、仁が特定対象に常に向かえば成り立たず、廉は潔癖過ぎると信ではなくなる、勇は人を損なえば成り立たない。五者(大道・大弁・大仁・大廉・大勇)は、円があらゆる角を包み込むようなものに近い。

[解説]

荘子は言語概念を超越した『大道』を説くが、この章では『真実の弁・仁・廉・勇』の本質についてその両義性が示されている。『大道』は言語概念によって説明されれば真の道ではなくなるが、『大弁』も細かく複雑な弁証で説明しようとすれば真実から遠ざかり、『大仁』も特定の対象だけに固執すれば真の愛(仁)を失い、『大廉』も自己卑下で自分の価値を貶めたり潔癖過ぎれば信(まこと)を失う、『大勇』も他者を傷つけて損なえばそれは暴力に過ぎないものとなる。

荘子の定義した五者とは『大道・大弁・大仁・大廉・大勇』であるが、大道は言語・概念によって無意味なものとなり、大弁は言論・弁証によって損なわれ、大仁は固執によって損なわれ、大廉は潔癖(狷介)によって損なわれ、大勇は暴力によって損なわれるというように、それぞれの弱点が明確に記されている。

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[書き下し文]

斉物論篇 第二(つづき)

故に知は其の知らざる所に止まるに至る。孰か(たれか)言わざる弁い(あげつらい)、道とせられざる道を知るものぞ。若し(もし)能く知るもの有らば、此れを之れ天の府(くら)という。

焉(これ)に注げども満たず、焉に酌めども竭きず(つきず)。而も(しかも)其の由りて(よりて)来る所を知らず。此れを之れ葆光(ほうこう=たからのひかり)と謂う。

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[現代語訳]

だから智恵はその知ることのできない限界に止まることに至るのである。誰か言わない雄弁、道とされていない道を知っている者はいるか。もしこれを知っている者がいれば、これを天府(天然自然の宝庫)というのだ。

これに注いでも満ちることはなく、これに酌んでも尽きることがない。しかもそれがどこに拠って来るのかも知らない。これを葆光(ほうこう=たからのひかり)というのである。

[解説]

荘子における絶対の真理とは『これを知っている所』にあるのではなく『これを知らない所』にあるという逆説的真理である。この逆説的真理は、詳しく語らないのに雄弁である『不言の弁』や真理の道を否定する道である『不道の道』によっても指し示されるものであり、この真理は無限・普遍の豊かな生命の宝庫へとつながっている。

無限の生命の宝庫・大海原は、注いでも満ちることはなく、酌んでも尽きることがないという表現で示されるもので、人間的な有限性や矮小さを超越した境地と言えるだろう。荘子はこの章で『葆光(ほうこう)』という概念を用いて、人間の分別を超えた『絶対的な智恵・静寂の境地』を表現している。

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荘子(生没年不詳,一説に紀元前369年~紀元前286年)は、名前を荘周(そうしゅう)といい、字(あざな)は子休(しきゅう)であったとされる。荘子は古代中国の戦国時代に活躍した『無為自然・一切斉同』を重んじる超俗的な思想家であり、老子と共に『老荘思想』と呼ばれる一派の原型となる思想を形成した。孔子の説いた『儒教』は、聖人君子の徳治主義を理想とした世俗的な政治思想の側面を持つが、荘子の『老荘思想』は、何ものにも束縛されない絶対的な自由を求める思想である。

『荘子』は世俗的な政治・名誉から遠ざかって隠遁・諧謔するような傾向が濃厚であり、荘子は絶対的に自由無碍な境地に到達した人を『神人(しんじん)・至人(しじん)』と呼んだ。荘子は『権力・財力・名誉』などを求めて、自己の本質を見失ってまで奔走・執着する世俗の人間を、超越的視座から諧謔・哄笑する脱俗の思想家である。荘子が唱えた『無為自然・自由・道』の思想は、その後の『道教・道家』の生成発展にも大きな影響を与え、老子・荘子は道教の始祖とも呼ばれている。荘子は『内篇七篇・外篇十五篇・雑篇十一篇』の合計三十三篇の著述を残したとされる。

参考文献
金谷治『荘子 全4冊』(岩波文庫),福永光司・興膳宏『荘子 内篇』(ちくま学芸文庫),森三樹三郎『荘子』(中公文庫・中公クラシックス)

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