漢方・中国医学の歴史
漢方と現代医学(西洋医学)にはどんな違いがあるのか?
治りにくい自律神経失調症に対する治療法の一つとして『漢方・漢方医学』が挙げられることがあります。漢方(かんぽう)とは古代中国医学(古代中国医学書)を原点にして、日本の民族・体質・風土の影響を受けながら発展した伝統医学のことです。狭義の漢方は、患者の症状や体質に合わせた漢方薬を処方する医学体系のことであり、漢方は漢方薬そのものを意味することもあります。
広義の漢方は、漢方薬を用いた伝統医学だけではなく、鍼(はり)、灸(きゅう)、指圧などの物理的な治療法も含む総合的な医学体系になります。日本の東洋医学は、『傷寒論』など中国の古典医学書に基づく薬物療法を『漢方医学』と呼び、経穴を鍼灸(しんきゅう)・指圧で刺激する物理療法を『鍼灸医学』と呼んでいて、漢方医学と鍼灸医学を合わせて『東洋医学』と呼んでいます。
古代中国医学は東アジアの各国・各地域で伝統医学の基礎となっていますが、日本にはヤマト王権の時代の5~6世紀に朝鮮半島を経由して輸入され、その後は中国からも中国医学の理論や治療法が伝来したとされます。漢方医学は特に明王朝(中国)に留学した僧医などが漢方薬の知見を持ち帰ったとされ、明・金・元の時代に陰陽五行説を基にした中国医学である『後世派』が形成されました。中国医学(漢方医学)は室町時代に日本で病人の治療法としての役割を拡大し、安土桃山時代(織豊政権)の時代には中国貿易を通して漢方薬の材料となる生薬が多く輸入されていたといいます。
江戸時代の漢方(中国医学・中医学)では、抽象的な陰陽五行説の影響が大きかった『後世派』よりも、実証主義的な『古方派』の人気が高まって、両学派を統合した『折衷派』が生まれましたが、現在の漢方でも古方派の理論に依拠する漢方医が多くなっています。
織豊政権の頃から、日本に導入され始めた西洋医学は『南蛮医学・紅毛医学』と呼ばれ、江戸中期になると西洋医学を長崎の出島に来ていたオランダ人がほぼ独占していたので、西洋医学は『蘭方・洋方』と呼ばれるようになりました。西洋医学の医師のことは蘭方医と呼びました。蘭方(洋方)に対して、中国医学の伝統的な医学のことを『漢方』と呼ぶようになったのであり、『漢方という言葉』そのものは元々中国医学が誕生した地である中国にはありません。
尊皇攘夷思想が流行した幕末には、国学と漢学を合わせて『皇漢学』と呼び、明治14年頃には『和漢学』と呼ばれるようになりました。明治中期からの漢方は『皇漢医学・和漢医学』と呼ばれることもありました。漢方医学と鍼灸医学を合わせて『東洋医学』と称するようになったのは昭和25年頃からだといいます。
日本の漢方医学は『古方派』が主流となっているため、中国医学の根本理論であった観念的な『陰陽五行説』が排除されがちであり、現在の漢方医学には生理的・病理学的な理論があまりないという欠点の側面もあります。漢方医学では『証(しょう)』に応じて中国医学古典の記載を参考にした漢方薬の処方箋を出す治療法になっていますが、現在の症状・未病の現れである身体各部の証(全体的な体調・状態の現れ)がどのような生理・病理によって生み出されたのかのメカニズムを理論的に説明することが困難なのです。日本の漢方医学の特徴としては中医学のような『脈診(みゃくしん)』をあまり見ずに、『腹診(ふくしん)』を重視するということもあります。
漢方は『漢方薬(漢方薬を用いた治療体系)』そのものを意味することもありますが、本来の漢方は古代中国医学(古代中国医学書)を原点にした総合的な医学体系であり、陰陽五行説のような自然哲学の摂理にも依拠したものです。漢方では薬の成分・作用だけによって病気を治してしまうというよりも、自然哲学的な調和(バランス)が非常に重視されていて、身体・精神・生命の調和(バランス)を健康的な生活習慣で維持・回復する『養生学(ようじょうがく)』の考え方が強く反映されています。
漢方は現在では東洋医学の一部に分類されることもありますが、本来の漢方(中国医学)の根幹には食事・睡眠・生活をまずバランスの良いものに整えて健康・生命を維持するという『養生学』があり、養生を基盤に『漢方薬・鍼灸・指圧(按摩)・気功・薬膳』といった治療法を実施する仕組みになっているのです。
病気になったら医療や薬物によって治療すれば良いという考え方ではなく、自分で自分の心身の健康を養生学でセルフコントロールして管理するという発想、できるだけ病気に罹らないような生活習慣(自然治癒力)を確立すべきという意識が漢方にはあります。現代医学にも、はじめから病気にならないような生活習慣を作っていこうとする『予防医学』の考え方が出てきていますが、古代中学医学を起源とする漢方には遥か昔からそういった予防医学の発想が芽生えていたと言えるでしょう。
西洋医学が『特定の病気(疾患)・怪我』に特化した対症療法的な治療に強い医学体系であるとすれば、漢方(中医学)は『漠然とした全身の不調・体調不良』を全体(心身・生活習慣)のバランスを整え直すような治療に強い医学体系であると言えます。漢方には、西洋医学のような悪い病変部の箇所を切除する『外科手術』、病気の原因になっている病原菌を死滅させる『抗生物質』などはありませんから、原因がはっきりと特定できる病気・怪我に対しては西洋医学のほうが優れているという見方ができます。
反対に、主観的なつらい症状があっても、血液検査や画像診断、内視鏡検査、遺伝子検査といった西洋医学の医学的検査で『異常な所見・数値』が見つからなければ、西洋医学では『体調不良・全身の不調』にはほとんど対処できないという問題もあります。
病院の検査・診察では異常が見つからないが、主観的には非常につらい症状があるという状態は多く、『頭痛・腹痛(胃痛)・めまい・フラフラ感・筋肉の痛み(筋肉のこわばり)・吐き気・気分の悪さ・下痢便秘・不眠症・肌荒れ(湿疹・発疹)・息苦しさ(呼吸困難感)・パニック・虚弱体質(疲労感)・不安感や緊張感』などがその代表として挙げられます。
現代医学(西洋医学)では検査や診断によって異常が見つからない慢性的な不調や体調不良、気分の悪さは『自律神経失調症・不定愁訴・更年期障害』などに分類されてしまい、患者の訴える個別の症状に対して、『向精神薬(抗不安薬)・消炎鎮痛剤・胃薬(制酸剤)・吐き気止め・めまい改善薬』などが対症療法で処方されるだけになってしまいがちです。
漢方(中医学)は、西洋医学で『自律神経失調症・不定愁訴・更年期障害』に分類されてあまり効果的な治療ができない全身の慢性的あるいは長期的な不調(西洋医学では病気ではないとされてしまうつらい状態)に対して、『漢方薬・養生学・鍼灸・按摩・薬膳』などで体質改善・生活習慣改善のアプローチをしていくことができます。漢方は西洋医学で『病気(疾患)』として診断されない状態を、病気(疾患)になるかもしれない不調の状態である『未病(みびょう)』として捉え、その未病を改善していく方法論を持っているからです。
『未病』というのは、これ以上悪化すると深刻な病気(疾患)になるかもしれないという身体・精神からのサインでもあります。現代医学(西洋医学)は『感染症の治療・大怪我の対処・外科的治療・対症療法の薬物』において大勢の病人・怪我人を治す大きな成果を上げてきましたが、『原因が分からない人間の全体的な不調を見ること』や『生活習慣改善・自然治癒能力の回復』といった分野はあまり得意ではないところがあります。
西洋医学は『要素還元的』であり、漢方(中医学)は『全体論的(ホーリズム的)』だと言われますが、西洋医学は人間の身体を器官(臓器)・組織・細胞の部分へと小さく分類して、検査や診断で異常が見つかればそこをピンポイントで薬・手術によって治すという方法論に立脚しています。現代医学は『部分の病気・原因』を分析して効果的(直接的)に対応する医学体系として優れており、漢方(中医学)は『全体の人間・調子(状態)』をさまざまな角度から観察して改善していく医学体系として優れているのです。
漢方では、病気はその人が先天的に持っている遺伝・体質に『食事・睡眠・休養などの生活習慣+ストレスが作用する心理状態』などの要因が加わることで引き起こされるものと考えられ、そういった病気に至る前の不調・不快・苦痛・違和感などの漠然とした主観的症状を『未病(みびょう)』と呼んでいます。
漢方では未病の不調な状態に対して『四診(ししん)』の診察方法を用いて、患者を様々な角度から観察して多くの情報を集め、全体のバランスを整えるような漢方薬・養生法・鍼灸などを行っていくことになります。漢方の四診というのは以下の4つの診察方法ですが、漢方はその患者の状態・体質・訴えに合わせて処方したり助言したり施術したりする『オーダーメイド型の医学体系』であると言えるでしょう。
望診(ぼうしん)……顔色・体格・姿勢・動作・目・喉・舌・心理状態などを目で見てチェックする。
聞診(ぶんしん)……声・呼吸・体臭・口臭などを耳と鼻で知覚してチェックする。
問診(もんしん)……現在の症状や悩み、過去の既往歴などを質疑応答してチェックする。
切診(せっしん)……脈を取る『脈診』、お腹を触る『腹診』で実際に体に触れながらチェックする。
現代医学の特徴となるポイントは以下のようなものです。
漢方(中医学)の特徴となるポイントは以下のようなものです。
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