『荘子(内篇)・斉物論篇』の14

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[書き下し文]

斉物論篇 第二(続き)

且つ吾れ(われ)嘗試(ためし)に汝に問わん。民は湿りに寝れば則ち腰の疾いと偏死(ちゅうき)をやむも、鰌(どじょう)は然らんや(しからんや)。木の上に処めば(すめば)則ち惴え(ふるえ)慄れて(おそれて)恂(まこと)に懼うる(うれうる)も、猿猴(さる)は然らんや。三つの者は孰れか(いずれか)正しき処(ところ)を知らん。

民は芻(うし)と豢(ぶた)を食らい、麋鹿(しか)は薦(くさ)を食い、むかでは帯(へび)を甘い(うまい)とし、鴟(とび)と烏は鼠を嗜む(このむ)。四つの者は孰れか正しき味を知らんや。さるはさるもて雌(つがい)を為し、麋(しか)は鹿と交わり、鰌は魚と游ぶ。毛ショウ(もうしょう)と麗姫(りき)は人が美とする所である。されど魚は之(これ)を見て深く入れ(かくれ)、鳥は之を見て高く飛び、麋鹿は之を見て決ち(たちまち)驟る(はしる)。四つの者は孰れか天下の正しき色を知らんや。

我より之を観れば、仁義の端、是非の塗(みち)は、樊然(ごてごて)といり乱れたり。吾れ悪んぞ(なんぞ)能く其の辯(けじめ)を知らんや。」と。

[現代語訳]

さて私は試しにお前に問いかけよう。人間はじめじめ湿った場所で寝ていると、腰の病気や半身不随などを患うが、鰌(どじょう)はどうであろうか。人間は高い木の上に住むとぶるぶる震えて本当に恐ろしい思いをすることになるが、猿はどうであろうか。人間、鰌、猿の三者のうちで誰が正しい住み場所を知っているのだろうか。

人間は牛と豚を食べ、鹿は草を食べ、むかでは蛇を美味しいと食べ、鴟(とび)と烏は鼠を好んで食べる。人間、鹿、むかで、鳥の四者では誰が正しい食事の味を知っているのだろうか。猿は別種の猿とつがいになり、鹿は別種の鹿と交わり、鰌は他の魚と戯れる。毛ショウ(もうしょう)と麗姫(りき)は人が絶世の美人とする女性である。しかし魚は彼女たちを見れば深く隠れ、鳥は彼女たちを見れば高く飛び上がり、鹿は彼女たちを見ればすぐに走り去ってしまう。人間、猿、鹿、鰌の四者では誰が天下の正しい色情というものを知っているのだろうか。

私からこれらを見れば、仁義の境目、是非の分別は、ごちゃごちゃとして入り乱れている。私はどうして仁義・是非の絶対的な基準を知っていると言えるだろうか。」と。

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[書き下し文]

斉物論篇 第二(つづき)

齧欠(げっけつ)曰く、「子すでに利害を知らずといえり。しからば則ち至人(しじん)は固より(もとより)利害を知らざるか。」と。

王倪(おうげい)曰く、「至人は神なり。大いなる沢の焚けれども(やけれども)、かれを熱く(やく)能わず(あたわず)、河漢(おおきなかわ)のこおれども、かれを寒え(こごえ)しむる能わず、疾しき雷(はげしきいかずち)の山を破り、飄風(つむじかぜ)の海を振るわせども驚かす能わざるなり。

かくの若き(ごとき)者は雲気(うんき)に乗り、日月に騎り(またがり)、四海の外に遊び、死生も己を変えることなし。而るに(しかるに)況んや(いわんや)利害の端れめ(わかれめ)をや。」と。

[現代語訳]

齧欠(げっけつ)が言った。「先生は既に利害を知らないとおっしゃいました。そうであれば絶対者とされる至人もはじめから利害について知らないのでしょうか。」と。

王倪(おうげい)は答えて言った。「至人という絶対者は神(霊妙な存在)である。至人は、大きな沢が焼け焦がれたとしても、彼を熱いと思わせることはできない。大きな河が凍り付く寒さでも、彼を凍えさせることはできない。激しい雷の音が山をつんざき、海を揺らすほどの飄風(つむじかぜ)が吹きすさんでも、彼を驚かせることはできない。

このような絶対者である至人は雲・霧の気に乗って、日月にまたがって、世界の外で遊び、死生の変化さえも至人の心を乱すことはない。それなのに、まして利害の分かれ目などは何の影響力も持っていないのである。」と。

[解説]

弟子の齧欠(げっけつ)と師の王倪(おうげい)という二人の仮想の人物の質疑応答の続きである。王倪は人間を他の動物と比較しながら、『人間の存在価値・判断基準の相対性』を説明していて、人間と他の動物との差異に優劣をつけていない。

人間は湿った水場で眠ることはできないが、鰌はむしろそういった湿った場所のほうが居心地が良い。人間は高い木の上で暮らすことはできないが、猿にとっては高い木の上は安心して暮らせる快適な場所になる。人間、鰌、猿の三者のうちで誰が正しい住み場所を知っているかを問うことに本質的な意味はなく、それぞれに適した住処があるだけなのである。

食事の基準にしても美人・色情の基準にしても、人間世界の基準は誰にでもどんな動物にでも当てはまる絶対的なものではないという例も示している。人間は独自の文化・文明を築いて快適な生活を送り知的な教養趣味を持つことで、他の動物よりも優れていると勘違いしてふんぞり返っているが、『自然界・自然の事物』に照らせば『人間の傲慢・偏見・差別』は独善的かつ相対的なものに過ぎないというわけである。人間界を代表するような絶世の美女であっても、魚や鳥、鹿、鰌からすれば他の人間と何も変わらない『危険な外敵』に過ぎないから、姿を見るだけですぐに逃げ出してしまうという例が挙げられている。

ここでは神(霊妙な存在)のような絶対者として『至人(しじん)』の概念が用いられているが、至人は一切の世俗的・人間的なものを超越した存在であり、弟子の齧欠が質問している『利害得失の分かれ目(人間が絶対的と思い込んでいるだけの相対的な価値指標)』など全く気にすることはないのである。

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荘子(生没年不詳,一説に紀元前369年~紀元前286年)は、名前を荘周(そうしゅう)といい、字(あざな)は子休(しきゅう)であったとされる。荘子は古代中国の戦国時代に活躍した『無為自然・一切斉同』を重んじる超俗的な思想家であり、老子と共に『老荘思想』と呼ばれる一派の原型となる思想を形成した。孔子の説いた『儒教』は、聖人君子の徳治主義を理想とした世俗的な政治思想の側面を持つが、荘子の『老荘思想』は、何ものにも束縛されない絶対的な自由を求める思想である。

『荘子』は世俗的な政治・名誉から遠ざかって隠遁・諧謔するような傾向が濃厚であり、荘子は絶対的に自由無碍な境地に到達した人を『神人(しんじん)・至人(しじん)』と呼んだ。荘子は『権力・財力・名誉』などを求めて、自己の本質を見失ってまで奔走・執着する世俗の人間を、超越的視座から諧謔・哄笑する脱俗の思想家である。荘子が唱えた『無為自然・自由・道』の思想は、その後の『道教・道家』の生成発展にも大きな影響を与え、老子・荘子は道教の始祖とも呼ばれている。荘子は『内篇七篇・外篇十五篇・雑篇十一篇』の合計三十三篇の著述を残したとされる。

参考文献
金谷治『荘子 全4冊』(岩波文庫),福永光司・興膳宏『荘子 内篇』(ちくま学芸文庫),森三樹三郎『荘子』(中公文庫・中公クラシックス)

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