愛着とは何か?:愛着の臨界期と選択性
脱愛着の心的プロセスと抑制性愛着障害・脱抑制性愛着障害
“愛着(attachment)”とは特定の人物に対する情緒的な結びつき(心情的な絆)のことであり、精神医学や発達心理学では一般的に発達早期の乳幼児期における『親子間で形成される情緒的な絆』のことを指すことが多い。母親など特定の養育者との間で、愛着が安定して形成されれば、愛着障害を発症するリスクは格段に低くなり、心身発達プロセスにおける問題や不安が少なくなる。
愛着の形成と挫折は『自己肯定感・自信の強さ・他者信頼感』や『安心感・情緒の安定・気分の波の小ささ』と深く関係しているだけでなく、ルネ・スピッツの施設症候群(ホスピタリズム)で特定の養育者の献身的な愛情や保護を受けられなかった乳児の約3割が免疫力低下・感染症で死亡したように、発達早期における愛着形成の不全(愛情剥奪)は時に生命の危険さえ招くことがあるのである。
愛着は『発達早期における自己存在の保障』のような機能を果たし、愛着形成を通して『あなたはこの世界に存在していても良い・あなたには愛してくれる他者(母親)がいる』という内的なメッセージを受け取ることで、心身の健全な成長・発達が促進されやすくなるのである。愛着は子育てをする他の哺乳類や鳥類にも部分的に見られる『生物学的現象』としての側面を持っているが、鳥類のヒナ(雛)が卵から孵って(かえって)初めに目にした対象を親鳥と認識する『刷り込み(インプリンティング)』と同じように、人間の赤ちゃんも生まれてから18ヶ月(1年半)くらいまでしか特定の養育者と安定した愛着を形成できないとする『臨界期』の見解もある。
臨界期というのは、ある現象が起こる条件が揃うギリギリの時期ということであるが、人間の親(養育者)との愛着形成の臨界期は概ね『約18ヶ月(約1年半)』と考えられているのである。臨界期の仮説を前提とすれば、生後18ヶ月目(1年半)くらいまで、母親が子供に深く関わって愛情と関心を注ぎながら、献身的な養育と世話をして上げることで、『安定した愛着』の形成が進みやすくなると言える。
臨界期の仮説の妥当性については、生後まったく育児・世話をしなかった姿を消していた母親が3~5歳以上になっていきなり現れても、子供は母親に懐きにくく、母親との親子関係に何らかの不全感や違和感を感じやすくなることなどによっても示される。子供に愛情を注いで深く関わっていくべき幼少期に親が関わることができないと、後になってから親子関係の安定した愛着・信頼を取り戻すというのは簡単なことではないのである。現在では『産後うつ(マタニティー・ブルー)』によって、産後すぐの赤ちゃんに深く関われず愛情や関心を注ぎにくい(共感的な応答をしにくい)という母親のメンタルヘルスの悪化が増えており、母親の精神状態の不調(抑うつ感・無気力感)が、『母子の愛着形成の不全・挫折』の原因になることがあると言われている。
『深い愛情と関心を注ぐのにふさわしい時期』があるという臨界期の考え方は、極端に言えば子供が高校生・大学生・社会人になってから、それまで子供を捨てていた親が突然現れても、甘えたり何でも話せたり安心を感じられたりする形の親子の愛着形成は極めて難しい(一人の人間・大人として向き合って一定の信頼感や親しみを感じることは可能であるかもしれないが)ということからも理解することができるだろう。
愛着(attachment)の特徴として、特定の誰か一人(一般的には母親)を選んでその人と強い情緒的な絆を作り上げていくという『選択性』がある。子供は生後6ヶ月頃から『愛着対象になった人(母親)』と『愛着対象ではない人』を区別できるようになるが、その段階になると子供に『十分な安心感・満足感・居心地の良さ』を与えられる人は、愛着対象になった人だけになってくる。愛着は発達早期の『関係性の質』に影響されるものであり、いったん特定の養育者(母親)との間に『選択された愛着』が形成されれば、その後の関わりの時間や世話が少なくても、そう簡単に愛着が失われることはない。
愛着は特定の他者を選んで情緒的な結びつきの強さを感じられるという『選択性』が重要な要素になっており、いくら熱心に育児や世話をしてくれる人(施設の担当者)などがいても、何人もの養育者が頻繁に入れ替わっていたりすると選択性が生まれずに愛着形成に問題が生じやすい。
子供が生まれて間もない乳幼児期の間はできるだけ親が関わりと愛情を持って育てたほうが良いという昔から言われている『母性神話的な育児論』は、安定的な愛着形成と精神発達の順調さという面では一理ある。かつてイスラエルにあった集団農場キブツのように、母親が育児と殆ど関わらずに『複数の職員が世話する共同保育』に任せた場合、やはり安定的な愛着形成は困難になり情緒不安定やストレス耐性の弱さ、コミュニケーションの問題を抱える子供が増えたのである。
乳幼児期にある小さな子供は、いつも側近くにいて自分の欲求や呼びかけに応えてくれる母親をはじめとする『選択的な愛着対象』を必要とする。愛着対象の母親が数時間いなくなるだけでも、子供は不安感や恐怖感を感じて泣いて呼ぼうとしたり周囲を探し回ったりする。『数日間・数週間以上の長期に及ぶ母親(愛着対象)の不在』は、『脱愛着』と呼ばれる心的現象を引き起こして、子供の心に深刻なダメージや他者への基本的不信感を与える恐れもある。
愛着対象を失った場合の子供の心的プロセスは、『怒り→抵抗→絶望(自閉)→受容→脱愛着』へと移り変わっていく。愛着対象である母親がいなくなった子供は、まず泣き叫んで母親のところへ連れて行けという怒りを表現する『怒り』の反応を示す。怒りの段階と合わせて、どうにかして母親を探し出そうとしたり、親族・世話係のいうことを聞かずに暴れたり物をちらかしたりして『抵抗』するようになる。
しかし、いくら怒っても抵抗しても母親(愛着対象)がもう戻ってこないと認識するようになると、自分が見捨てられてしまったと思って抑うつ的あるいは自閉的な心理状態となり、がっかりして落ち込んで周囲への興味関心も失ってしまう。自分の内面世界に自閉的に閉じこもって、指しゃぶりなどの自己慰撫行為をしたり、物思いにふけったりするようになるが、夜眠れなかったり食欲がなくなったりなどの生理的症状が目立つこともある。
最終的には愛着対象を喪失したという現実を『受容』して、母親(愛着対象)に対する愛着が緩やかに薄れていき次第にあまり思い出すこともなくなっていくが、この段階が『脱愛着』である。いなくなった愛着対象にいつまでもしがみついて執着しているのは非常につらいことなので、子供は無意識的に愛着対象への執着を薄めて次第に忘れていくという『脱愛着』の防衛機制を発動するわけだが、脱愛着によって人は『抑制性愛着障害』と『脱抑制性愛着障害』を発症する可能性が出てくる。
『抑制性愛着障害』というのは、特定の他者と愛着を形成したいという欲求そのものが抑制されてしまう関係性の障害であり、表面的には他者に興味関心を示さず表情が乏しくて相互的なコミュニケーションをしないという『自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)』にも似た症状を示す。
抑制性愛着障害というのは、誰に対しても心を閉ざしてしまい誰とも親しくならず、表情に明るさがなくて『無表情・無感情・無関心』に見えるような対人関係の障害である。抑制性愛着障害は誰とも親密になる意図がまったくないように見えるのだが、本当の気持ちとしては『誰か親しく付き合える相手が欲しい。でも傷つけられること(親しくなってから見捨てられること)が怖い』というのがあり、過去に見捨てられた際の脱愛着の心的体験がある種のトラウマとして作用しているのである。
抑制性愛着障害の人の幼少期の愛着のパターンは、親の愛情や関心を十分に受け取ることのできないネグレクト(養育放棄)と関係した『回避型』であることが多い。回避型の愛着を形成した子供は、愛着対象(親)に対しても冷静に冷めた感じで振る舞い、あまり過度な喜怒哀楽の感情表現はせず、子供であっても親子間に距離を置くような関係になることが多い。
『脱抑制性愛着障害』というのは、抑制性愛着障害とは正反対の行動パターンを示す障害であり、特定の相手との間に形成することが望ましい愛着を、誰とでも気軽に形成しようとするものである。脱愛着の心的体験をした時に『これ以上傷つけられたくない』と思うほどに深いダメージを負った人は、他者との関係性や結びつきを避ける『抑制性愛着障害』になりやすいのだが、『寂しくて孤独だからもっと自分に構って欲しい、優しくして欲しい』と思った人の場合には、相手を選ばずに自分に好意を示してくれる相手であれば誰でも愛着を形成してしまうという『脱抑制性愛着障害』になりやすいのである。
脱抑制性愛着障害の人の基本的な心理状態と行動パターンは、愛情・関心の飢餓感を癒すために、とにかく誰でもいいから優しくして構ってほしい、もっと甘えたり依存したりしたいということである。だから、『自分に興味・好意を持ってくれそうな人』であれば人懐っこい感じで積極的にコミュニケーションを行って仲良くなろうとするのだが、元々の愛着がかなり不安定なので『相手の興味関心・愛情・好意などが失われそうな状況』になると取り乱して感情的になったり過剰に反応してパニックになったりしてしまう。
脱抑制性愛着障害の人の第一印象は賑やかで明るい、饒舌でおしゃべりといった感じであり、何事にも大げさな反応のオーバーアクションを返して周囲の注意を引こうとしているが、相手から自分が思っていたような『愛情・甘え・関心・承認・楽しさ』が得られなくなると、その人間関係は概ね衝動的な問題行動(=相手を困らせたり遠ざけたりする行動)によって解消されてしまう。甘えたり依存しようと思っていた相手が、少しでも拒絶や嫌悪、遠ざかりの様子を見せると、脱抑制性愛着障害の人は『しがみつき・衝動性や攻撃性・自分からの拒否』を見せることが多く、過剰な人好き(人懐っこさ)と同時に情緒不安定(気分の不安定)や衝動性・攻撃性の特徴も持っているのである。
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