大人のADHDに対する中枢神経刺激薬(リタリン、コンサータ、ストラテラ)の薬物療法
大人のADHDに対する環境調整・心理教育・心理療法(認知行動療法)
ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder:注意欠如多動性障害)は、今まで子供(小児)に特有の発達障害と思われがちだったため、大人のADHDに対する治療・教育の対処は行われないままになってしまうことが多かった。しかし、大人のADHDに対する治療・教育も早期に行うほうが改善可能性が高くなることが分かってきていて、『薬物療法+心理療法(認知行動療法)+心理教育(療育)』の組み合わせによる対処が試みられるようになってきている。
約70年の歴史があるとされるADHDの薬物療法の中心にあるのは、低下している脳機能を活性化させる中枢神経刺激薬の『塩酸メチルフェニデート(商品名:リタリン、コンサータ)』である。リタリンを改良して後から開発されたコンサータは、『メチルフェニデートの徐放剤(段階的に溶けていく薬)』であり、2013年に成人のADHDに対する処方も認可されるようになった。
塩酸メチルフェニデートは精神を覚醒させて脳機能を活性化させることで、ADHDに特有の多動性・不注意・衝動性を緩和する薬だが、化学構造と精神作用が覚せい剤に似ている部分があるため、『経過観察・依存性形成・副作用』に十分な注意が必要な薬である。そのため、リタリンやコンサータを合法的に処方できる医師・専門医は『登録制』となっている。
日本でのリタリンの適応症は『ナルコレプシー(脳の神経活動レベルが低下する過眠症)』、コンサータの適応症は『注意欠如多動性障害(ADHD)』となっている。コンサータの適応は元々は18歳未満の未成年に限られていたが、2013年に18歳以上にも適用が拡大された。塩酸メチルフェニデートは『依存性(特に精神依存)・乱用』に気をつける必要がある薬であるが、一般的な副作用として上げられているものとして、眠気、睡眠障害、頭痛・頭重、発汗、集中困難、神経過敏、性欲減退、抗コリン作用(口渇・便秘・排尿障害・胃部不快感・心悸亢進・整脈・筋緊張など)がある。
大人のADHD治療薬としては、塩酸メチルフェニデート以外にも2012年に承認されたアトモキセチン(商品名ストラテラ)もあるが、ストラテラはSNRIなどの抗うつ薬にも似ていて、ノルアドレナリンのシナプスへの再取り込みを阻害する薬剤で、リタリンやコンサータと比べると依存性・乱用のリスクが低くなっている。アトモキセチン(商品名ストラテラ)はADHDの不注意・多動性の症状に効果があり、リタリンやコンサータよりも効き目がマイルドで覚せい作用に対する精神依存が生じにくいとされている。
大人のADHDの心理療法の中心にあるのは、他の精神疾患や発達障害と同じく、自分や状況についての受け止め方や認知・解釈を改善していく『認知行動療法』の理論と実践である。
アルバート・エリスの『論理情動行動療法(論理療法)・ABCDE理論』やアーロン・ベックの『認知療法』が原点になっている認知行動療法では、客観的な出来事や状態によって感情・行動が悪化するのではないという前提がある。その前提を踏まえて、『自分や物事についての認知・思考(客観的状況をどのように受け止めて解釈するか?)』を肯定的あるいは楽観的な方向に改善することによって、不適応な感情・行動も良くなっていくというように考える。
ADHDの認知行動療法でも、ADHD特有の『多動・衝動・不注意の問題行動』を生み出している『クライエントの認知(自分・物事のとらえ方)のパターンや固定的な信念体系の特徴』をまずは把握していき、そこにある非適応的な認知・思考のパターンを『適応的・肯定的・楽観的な内容』に書き換えていく。否定的あるいは悲観的な認知・思考のパターン(いわゆる認知の歪み)を修正しながら、実際の行動の変化につなげて環境や相手に適応していくというやり方になる。
大人のADHD(注意欠如多動性障害)に対する認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy)では、自分自身の思考・認知・信念の固定的パターンをセルフモニタリング(自己観察)させて、そこにある悲観的・否定的・非適応的な『認知の歪みの問題点』に気づかせ修正していくが、こういったクライエント本人に自分や状況についての理解を深めさせていく方法には『心理教育・問題解決的アプローチ』の要素も含まれている。
認知行動療法は、自分の認知・信念とADHDの障害についての自己理解を『心理教育的』に深めていき、最終的には悩んでいる事柄・関係の問題解決を行ったり、自分の認知(物事の受け止め方)を適応的に修正することで『セルフコントロール(自己制御)』できるようになることを目指していく。ADHDという発達障害に分類される疾患・障害を理解していく心理教育の要素では、以下のようなステップで認知行動療法の効果を得られるようにしていく。
1.自分自身のADHD(発達障害)に由来する行動特性や問題状況を理解していく。
2.ADHDが原因となっている行動特性や問題状況に対して『自責的・自己否定的』にならずに、肯定的に受け入れていく。
3.ADHDが原因となっている行動特性や問題状況をポジティブに修正する意思を持って、認知行動療法の方法論を実践していく。
ADHDの人は子供時代から『落ち着きがない・集中力がない・片付けができない・忘れ物ばかりする・暴力的である』などのマイナス評価を受けてきたことが多く、自己否定的な認知(自分についての考え方)にとらわれやすい。しかし、こういった子供時代から続く問題行動・不適応が、『本人の意思・やる気・能力の問題ではないこと(本人の責任ではないこと)』を本心から理解することが治療の起点になってくる。周囲にいる家族や恋人、友人などが『ADHDについての正しい理解』を深めて協力してあげることも、大人のADHDの治療に役立つことになる。
ADHDの疾患・障害にまつわる理解を深めて、『ADHDの症状を緩和しやすくする生活環境の調整』を行うことが次の対処法になってくる。代表的な生活環境の調整としては、以下のようなポイントを考えることができる。
1.注意散漫になって集中力が低下することを防ぐために、部屋の中に物をできるだけ置かず、すっきりとした空間にする。
2.『断捨離』を意識して短期的に使う必要(予定)のない物、長期にわたって置きっぱなしになっている物は、思い切って捨てる。
3.『洋服入れ・靴下入れ・書類入れ・レシート入れ』などのように、決められた場所に決められた物を確実にしまうようにして、整理整頓を習慣の一部にしてしまう。
4.『頭に思い浮かんだ衝動・イメージ』をすぐに行動に移して失敗しないように、何をする時にも『大きく深呼吸+それをしたらどうなるかの考察・予測』をしてから、慎重に行動に移すことを意識してみる。
5.スケジュール管理にスマホのカレンダー機能やアラーム機能を活用するなど、『時間管理の自動化・システム化』をする方法がないかを考えてみる。
心理教育(psycho-education)ではADHDに関連する正しい知識・情報を提供しながら、クライエントが認知行動療法に自発的に取り組みやすくするための基本的な説明を行っていく。大人のADHDにおいても『ADHDの症状・特徴・問題』について十分な知識・情報の提供を行って、『現在直面している問題状況の責任・原因』が自分のやる気の欠如や能力の不足にあるわけではないことを理解してもらうことが初期の目標になってくる。
心理教育は『個人面接・個人療法の方式』よりも『集団面接・集団療法(グループセラピー)の方式』のほうが効果が期待できるとされている。それは、グループセラピー方式であれば『クライエントのこれまでの人生での失敗・挫折・苦悩の経験』をお互いに話し合って共感・納得することができるからで、先生(治療者)による一方的な説明・講義よりも効果が出やすいのである。
『集団療法(グループセラピー)の方式』であれば、各種疾患の自助会のように自分だけがADHDの症状・問題に苦しんでいるわけではないということを実感できるし、自分と似たようなADHDの問題を抱えている人の失敗談・改善策を聞くことによって『自分にも応用できそうなADHDの対処方法のヒント』を得ることができるのである。心理教育的なアプローチでは、ADHDに関連する知識・情報をただ学ぶだけではなくて、ADHDがクライエントの生活にどのようなマイナスの影響を及ぼしてきたのかを実感して、『ADHDが自分のやる気・能力・性格の問題ではないこと』を理解すること(理解して自分で自分を否定したり責めたりしないようになること)が大切である。
心理療法や心理教育の初期段階では、治療者(カウンセラー)とクライエントが共同的かつ共感的なコミュニケーションを取りながら、『一方的な説明・講義』にならないように注意しなければならず、率直にお互いの感覚や意見、解釈を語り合って認め合っていく中で『相互的な信頼関係・安心感=ラポール』を形成していかなければならない。
ADHDのクライエントの大きな問題点は、幼児期・児童期の小さな頃からADHDの不可避的な症状によって多くの失敗をしたり問題行動を起こしたりしてきたことで、『親・周囲の人から怒られたり叱られたりし過ぎた経験(自分では一生懸命に頑張っているつもりなのにどうしても上手くできなくて何度も叱責されてしまった経験)』によって、『自己否定的・悲観的な認知(自分や物事の受け止め方)のパターン』が確立していることである。
大人のADHDに対する心理療法や心理教育における目的は、この『自己否定的・悲観的な認知(自分や物事の受け止め方)のパターン』を修正していき、新しく適応的な認知・行動のパターンを再構築していくことである。ADHDの認知行動療法の理論や実践のモデルケースについては、またページを改めて書いてみたいと思っている。
そのためには『生物学的原因によって発症するADHDのどうしようもない部分、自分の努力がどうしても通用しない部分』も肯定的に受け入れて、認知行動療法を実践して『自分に出来る範囲での改善と努力』をしていくようにしなければならないが、それと合わせて『生活環境の調整・スケジュール管理の自動化(スマホやウェブを使った時間管理のシステム化)』を進めることでより改善効果を実感しやすくなる。
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