『平家物語』の原文・現代語訳27:さらば山門に訴へんとて~

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13世紀半ばに成立したと推測されている『平家物語』の原文と意訳を掲載していきます。『平家物語』という書名が成立したのは後年であり、当初は源平合戦の戦いや人物を描いた『保元物語』『平治物語』などと並んで、『治承物語(じしょうものがたり)』と呼ばれていたのではないかと考えられているが、『平家物語』の作者も成立年代もはっきりしていない。仁治元年(1240年)に藤原定家が書写した『兵範記』(平信範の日記)の紙背文書に『治承物語六巻号平家候間、書写候也』と書かれており、ここにある『治承物語』が『平家物語』であるとする説もあり、その作者についても複数の説が出されている。

兼好法師(吉田兼好)の『徒然草(226段)』では、信濃前司行長(しなののぜんじ・ゆきなが)という人物が平家物語の作者であり、生仏(しょうぶつ)という盲目の僧にその物語を伝えたという記述が為されている。信濃前司行長という人物は、九条兼実に仕えていた家司で中山(藤原氏)中納言顕時の孫の下野守藤原行長ではないかとも推定されているが、『平家物語』は基本的に盲目の琵琶法師が節をつけて語る『平曲(語り本)』によって伝承されてきた源平合戦の戦記物語である。このウェブページでは、『さらば山門に訴へんとて~』の部分の原文・現代語訳(意訳)を記しています。

参考文献
『平家物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),佐藤謙三『平家物語 上下巻』(角川ソフィア文庫),梶原正昭・山下宏明 『平家物語』(岩波文庫)

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[古文・原文]

鵜川合戦の事(続き)

さらば山門へ訴へんとて、白山中宮の神輿飾り奉って、比叡山へふり上げ奉る。同じき八月十二日の午の刻ばかり、白山中宮の神輿、すでに比叡山東坂本に着かせ給ふと申す程こそありけれ。北国の方より雷おびただしく鳴つて、都をさして鳴り上り、白雲降つて地を埋み(うずみ)、山上洛中おしなべて、常磐の山の梢まで、皆白妙にぞなりにける。大衆神輿をば客人(まろうど)の宮へ入れ奉る。客人と申すは、白山妙理権現にておはします。

申せば父子の御中(おんなか)なり。先づ沙汰の成否は知らず、生前の御悦(おんよろこび)、ただこの事にあり。浦島が子の七世の孫に逢へりしにも過ぎ、胎内の者の霊山(りょうぜん)の父を見しにも超えたり。三千の衆徒踵(くびす)をつぎ、七社の神人袖を連ねて、時々刻々の法施祈念、言語道断の事どもにてぞ候ひける。

さる程に山門の大衆国司加賀守師高を流罪に処せられ、目代近藤判官師経を禁獄せらるべきよし、奏聞度々に及ぶといへども、御裁許もなかりければ、しかるべき公卿・殿上人は、『あはれ、とくして御裁断あるべきものを。昔より山門の訴訟は他に異なり。大蔵卿為房(ためふさ)・太宰権帥季仲(だざいごんのそつ・すえなか)の卿は、さしも朝家に重臣たりしかども、山門の訴訟によつて、流罪せられ給ひにき。いはんや師高などは、事の数にてやはあるべき、子細にや及ぶべき』と、申し合はれけれども、大臣は禄を重んじて諌めず、小臣は罪に恐れて申さずと云ふ事なれば、おのおの口を閉じ給へり。

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[現代語訳・注釈]

こうなったら山門(比叡山延暦寺)に訴えようと、白山中宮の神輿を飾り立てて比叡山に向かった。8月12日の午の刻に、白山中宮の神輿が比叡山東坂本に到着したという知らせがあった。北国の方から雷が激しくなって都に向かってきたが、雪も降り積もってきて、比叡の山・洛中はもちろんのこと、常盤の山の梢まですっかり真っ白にしてしまった。山門の大衆は、神輿を客人の宮へと入れ申し上げた。この客人の宮には、白山妙理権現がいらっしゃるのである。

(山門と白山中宮とは)いわば父子の関係になる。訴えが認められるか否かは分からないが、親子の神として会えたことはただ嬉しいと思う。浦島太郎が七世を経てから孫に会ったことよりも、釈迦が出家した時に夫人の胎内にいた子が、後に霊山の釈迦に会ったことよりも勝るような宗教的悦び(法悦)である。三千の大衆が集まって、七社の神人が袖を連ね、神仏に読経し祈念する様子は、言語を絶するような壮観である。

しばらくすると、山門の大衆は国司加賀守師高を流罪にし、目代近藤判官師経を禁獄にして欲しいと、何度も朝廷に奏上したのだが、全く御裁許がない。それなりの官職にある公卿・殿上人は、『すぐにでも御裁許があるだろう。昔から山門の訴訟は特別な扱いであり、朝廷におけるあれほどの重臣であった大蔵卿為房公・大宰権帥季仲の卿であっても、山門の要求があるとすぐに流罪にされてしまったのだから。師高などは物の数でもないのに、何をもたついているのだろうか』と言い合っていたが、『大臣は禄を失うことを恐れて主君に諫言せず、また小臣は罪を恐れて黙っているものだ』ということで、皆はそれぞれ口を閉じてしまった。

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