『枕草子』の現代語訳:89

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『うつくしきもの 瓜に描きたるちごの顔~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

146段

うつくしきもの

瓜(うり)に描きたる児(ちご)の顔。雀の子の、ねず鳴きするに、躍り来る。二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひ来る(はいくる)道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。頭は尼そぎなる児の、目に髪のおほへるを、掻き(かき)はやらで、うち傾きて、物など見たるも、うつくし。大きにはあらぬ殿上童(てんじょうわらわ)の、装束きたてられて歩くも、うつくし。をかしげなる児の、あからさまに抱きて遊ばしうつくしむ程に、かいつきて寝たる、いとらうたし。

雛の調度(ひなのちょうど)。蓮の浮葉のいと小さきを、池より取り上げたる。葵のいと小さき。何も何も、小さき物は、皆うつくし。

いみじう白く肥えたる児の二つばかりなるが、二藍(ふたあい)の薄物(うすもの)など、衣長(きぬなが)にて、襷(たすき)結ひたるが(ゆいたるが)、這ひ出でたるも、また、短きが袖がちなる着てありくも、皆うつくし。八つ、九つ、十ばかりなどの男子(をのこご)の、声は幼げにて書(ふみ)読みたる、いとうつくし。

鶏の雛(とりのひな)の、足高(あしだか)に白うをかしげに、衣短なるさまして、ひよひよとかしかましう鳴きて、人の後(しり)、前(さき)に立ちてありくも、をかし。また、親の、ともに連れて立ちて走るも、皆うつくし。かりのこ。瑠璃の壺。

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[現代語訳]

146段

かわいらしいもの。

瓜に描いた赤ちゃんの顔。雀の子が、チュンチュンと鼠鳴きして、はねながらやって来る。二つ三つほどの幼児が、急いで這ってくる途中に、とても小さい塵があるのを目敏く見つけて、とてもかわいらしい指でつまんで、大人などに見せているのは、とてもかわいいものだ。髪の毛を尼削ぎにした子供が、目に髪がかぶさっているのを、掻きのけることをしないで、頭を傾けて何か見ているのもかわいらしい。そんなに大きくはない殿上童が、装束で着飾らせられて歩いている姿も、かわいらしい。かわいい赤ちゃんが、ちょっと抱いて遊んであげてかわいがっていると、取り付いて眠ってしまうが、その様子はとてもかわいいものだ。

人形の道具。蓮の浮葉でとても小さいものを、池から取り上げたもの。葵のとても小さいもの。何でもかんでも、小さい物は、皆かわいい。

とても色白で太った赤ちゃんの二歳ほどの子が、二藍の薄物など丈の長い着物を着て、襷(たすき)を掛けたものが這い出てきたのも、また短い着物で袖ばかりに見えるようなものを着てあちこち歩くのも、みんなかわいらしい。八つか九つ、十ぐらいの年の男の子が、幼い声を張り上げて書物を読んでいるのは、みんなかわいらしい。

鶏の雛で、足が長くて白くて愛らしい、丈の短い着物を着たような姿をして、ピヨピヨとやかましく鳴いて、人の後ろにいってあちこち歩いているのもかわいい。また、親鶏が一緒に連れ立って走っている姿も、みんなかわいらしい。水鳥の卵。ガラス製の壺。

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[古文・原文]

147段

人ばへするもの

ことなることなき人の子の、さすがにかなしうしならはしたる。しはぶき。恥かしき人に物言はむとするにも、まづ先に立つ。

あなた、こなたに住む人の子の、四つ、五つなるは、あやにくだちて、物取り散らし、損なふを、引きはられ制せられて、心のままにもえあらぬが、親の来たるに所得て、「あれ見せよ。や、や、母」など、ひきゆるがすに、大人と物言ふとて、ふとも聞き入れねば、手づから引き捜し出でて、見騒ぐこそ、いとにくけれ。それを、「まな」とも取り隠さで、「さなせそ。そこなふな」などばかり、うち笑みて言ふこそ、親もにくけれ。我はた、えはしたなうも言はで見るこそ、心もとなけれ。

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[現代語訳]

147段

人が側にいると調子に乗るもの

何ということもない人の子だが、さすがに親が甘やかし過ぎている子供。咳(せき)。身分の高い遠慮するような人に何か言おうとする時にも、咳は言葉よりも先に出てしまう。

あちらこちらに住む人の子で、四つ、五つくらいの子は、いたずら好きで、調度類を散らかしたり壊したりするのを、いつもは引っ張られて止められて、思いのままには出来ないのだが、親が来ていると調子に乗って、「あれ見せてよ。ちょっと、ちょっと、お母さん」などと言って、引っ張って揺さぶるけれど、母親は大人同士の会話に集中してしまって、すぐには聞きいれてくれないので、自分で引っ張りだしてきて、見て騒いでいるのは、とても憎たらしい。それを、「いけません」と取り上げもしないで、「そんなことをしちゃダメよ。壊してはいけませんよ」などと、子供に笑いかけながら注意しているのは、親も憎たらしい。自分もまた、厳しいことを相手に言えないで見ているだけなのは、何とも情けないことである。

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