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映画「天気の子」の感想

天気の子の画像 映画

陽菜が「晴れ女」の特殊能力を手に入れたきっかけは、お母さんの回復を祈るため、代々木の廃ビル屋上にある小さな鳥居をくぐったことでした。しかし、陽菜は「晴れ女」の能力を得た代償として、「雨を晴れに変える能力を使うごとに身体が透明化して消えていく人柱の運命」を背負うことになったのです。

須賀圭介の姪である夏美の気象神社での聞き込みによって、「天気の巫女は人柱として犠牲になるという運命・伝承」が分かったのですが、陽菜が天気の回復を祈らなければ東京をはじめとする日本の異常気象は終わりがないような状態になっていきます。

逃避行の途中、どこの宿にも入れてもらえず、三人は仕方なくラブホテルに泊まりますが、このホテルの描写もリアリティーを追求していて、広いお風呂や大きなベッド、カラオケなどの設備、色々な食事メニューに、最後の晩餐であるかのように大はしゃぎする三人の様子が微笑ましく感じられます。

陽菜は自分の年齢を18歳と偽っていて、はじめ帆高は年上のお姉さんとして見ていましたが、実際はまだ14歳の中学生で自分よりも幼い存在であったことに気づきます。陽菜が少し真剣な表情で「この雨にやんでほしい?」と問いかけ、自分の消えかけている透明化した身体を見せると、帆高は動揺して陽菜が消えてしまうという強い不安に襲われますが…朝になって目を開けると陽菜の姿は完全に消えていたのです。

警察に追われながらも、陽菜を取り戻すために晴れ女の能力を得る原因となった代々木の廃ビル屋上にある鳥居を目指す帆高。はじめは祈れば雨を晴れにできる便利な特技くらいにしか思っていなかった陽菜の能力が、「みんなのために人柱となる過酷な運命」を背負わされていたと知り、「帆高は晴れる日がなくなったとしても陽菜がいる世界を取り戻したい」と考えて鳥居に飛び込みます。

新海誠監督の作品ですから、最後は当然ハッピーエンドに結びついていきますが、「二人が長く離れ離れになった後の感動的な再会の予感」で締めてくるエンディングは、自然に「君の名は」のラストともデジャブ(既視感)のように重なってきます。

物語の構成ができすぎているとも言えますが、「(陽菜が天気の巫女として人柱になる運命を回避したため)雨が降りやまない異常気象が続いている世界」と「(陽菜を犠牲にしてまで天気を正常化する必要がない)作中における世界ははじめから異常なんだという開き直り」が小気味良く感じられるラストでした。

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