『竹取物語』は平安時代(9~10世紀頃)に成立したと推定されている日本最古の物語文学であり、子ども向けの童話である『かぐや姫』の原型となっている古典でもあります。『竹取物語』は、『竹取翁の物語』や『かぐや姫の物語』と呼ばれることもあります。竹から生まれた月の世界の美しいお姫様である“かぐや姫”が人間の世界へとやって来て、次々と魅力的な青年からの求婚を退けるものの、遂には帝(みかど)の目にも留まるという想像力を駆使したファンタジックな作品になっています。
『竹取物語』は作者不詳であり成立年代も不明です。しかし、10世紀の『大和物語』『うつほ物語』『源氏物語』、11世紀の『栄花物語』『狭衣物語』などに『竹取物語』への言及が見られることから、10世紀頃までには既に物語が作られていたと考えられます。このウェブページでは、『おのおの仰せ承りてまかりぬ~』の部分の原文・現代語訳(意訳)を記しています。
参考文献
『竹取物語(全)』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),室伏信助『新装・竹取物語』(角川ソフィア文庫),阪倉篤義 『竹取物語』(岩波文庫)
[古文・原文]
おのおの仰せ承りてまかりぬ。『竜の首の珠取り得ずは帰り来な』とのたまへば、いづちもいづちも、足の向きたらむ方へ往(い)なむず。『かかる好き事をし給ふこと』とそしりあへり。賜はせたる物、おのおの分けつつ取る。あるいはおのが家にこもり居、あるいはおのが行かまほしき所へ往(い)ぬ。親・君と申すとも、かくつきなきことを仰せ給ふことと、ことゆかぬもの故、大納言をそしりあひたり。
『かぐや姫すゑむには、例やうには見にくし』とのたまひて、麗しき屋を造り給ひて、漆を塗り、蒔絵して壁し給ひて、屋の上には糸を染めて、いろいろふかせて、内々のしつらひには、いふべくもあらぬ綾織物に絵を書きて、間ごと張りたり。もとの妻(め)どもは、かぐや姫を必ずあはむ設けして、独り明かし暮らし給ふ。
[現代語訳]
家来たちはそれぞれが命令を仰せつかって出発した。『竜の首に掛かっている珠を取ってくるまで帰ってくるな。』と命令されたので、あちらへこちらへと、足が向かうままの方角へ適当に出かけていった。『このような物好きな探索を良くやるものだな。』と主君の非難をし合っていた。しかし、主君から下賜された支給品は、それぞれにきっちり分配していた。ある者は自宅に篭ったままだったり、ある者は自分が行きたい場所に行っているだけだった。親や主君といっても、このようなできるはずがない無茶なことを命令するとはと、どうしようもない難題なので、大納言をただこき下ろしていた。
大納言は『かぐや姫が妻として住むには、人並みの屋敷では見苦しい』とおっしゃって、豪邸を建設して、壁に漆を塗って蒔絵まで施し、屋根は五色の糸で染めて葺き上げた。部屋の内装は、これ以上ないような美しい綾織物に絵を描いて、柱と柱の間に張り巡らした。元の妻たちとは離縁して、かぐや姫と結婚するための準備を整え、大納言は独りで暮らしていたのだった。
[古文・原文]
遣わしし人は、夜昼待ち給ふに、年越ゆるまで音もせず。心もとながりて、いと忍びて、ただ舎人(とねり)二人、召し継ぎとして、やつれ給ひて、難波の辺におはしまして、問ひ給ふことは、『大伴の大納言殿の人や、船に乗りて竜殺して、そが首の珠取れるとや聞く』と問はするに、船人、答へて言はく、『怪しきことかな』と笑ひて、『さる業(わざ)する船もなし』と答ふるに、『をぢなきことする船人(ふなびと)にもあるかな。え知らで、かく言ふ』とおぼして、『我が弓の力は、竜あらばふと射殺して、首の珠は取りてむ。遅く来る奴ばらを待たじ』とのたまひて、船に乗りて、海ごとに歩き給ふに、いと遠くて、筑紫の方の海に漕ぎ出で給ひぬ。
いかがしけむ、疾き(はやき)風吹きて、世界くらがりて、船を吹きもて歩く。いづれの方とも知らず、船を海中にまかり入りぬべく吹きまはして、浪は船にうち掛けつつまき入れ、雷は、落ちかかるやうにひらめきかかるに、大納言は惑ひて、『まだかかるわびしき目見ず。如何(いか)ならむとするぞ』とのたまふ。かぢ取り答へて申す、『ここら船に乗りてまかり歩くに、まだかかるわびしき目を見ず。御船(みふね)海の底に入らずは、雷落ちかかりぬべし。もし幸ひに神の助けあらば、南海に吹かれおはしぬべし。うたてある主の御もとに仕うまつりて、すずろなる死にをすべかめるかな』とかぢ取り泣く。
[現代語訳]
大納言は派遣した家来たちの帰りを、昼も夜も待っていたのだが、その年が過ぎても何の報告も入ってこない。心もとなくなり不安になって、大納言はお忍びでたった二人だけの護衛の者を連れて難波の港まで案内させ、『大伴大納言の家来たちがここから船出して、竜を殺して首にかかっている珠を取ったという話を聞いたことがないか。』と質問させた。船長は『不思議な話ですな。』と笑って、『そんな仕事をする船なんかここにはないですよ。』と答えた。
『臆病で怖じ気づいた船長だな。私の力を知らないから、あんなことを言うのだ。』と思って、『私の弓の実力であれば、竜などは一撃で射ち殺して、首の珠を取ることができる。のろのろしている家来どもを待つ必要などない。』と言って、船に乗りあちこちの海を巡っていると、遥か遠くの筑紫の海にまでやって来てしまった。
どうしたことか、海では暴風が吹き荒れて、周囲は真っ暗になり船が荒波に飲み込まれそうになった。方角が分からなくなり、暴風が船を海中に引き込むかのように吹きすさび、荒波が船を襲ってきて飲み込もうとし、雷が今にも落ちそうな感じで輝いた。大納言は狼狽してしまい、『こんな酷い目に遭ったことなどない。一体どうなるのだろうか。』と言った。
船長は、『この辺りを船で乗り回してきたが、このような酷い荒れ模様になったのは初めてだ。船が海中に引きずり込まれなくても、雷が落ちてくるでしょう。もし幸運にも神の助けがあれば、南の海にでも流されていくことになるでしょうが。とんでもない主人に雇われて、淋しい死に方をすることになりそうだ。』と言って泣いた。
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