『中庸』の書き下し文と現代語訳:10

儒教(儒学)の基本思想を示した経典に、『論語』『孟子』『大学』『中庸』の四書(ししょ)がありますが、ここでは極端な判断を避けてその状況における最適な判断を目指す中庸(ちゅうよう)の大切さ・有利さを説いた『中庸』の解説をしています。『中庸』も『大学』と同じく、元々は大著『礼記』の中にある一篇ですが、『史記』の作者である司馬遷(しばせん)は『中庸』の作者を子思(しし)としています。

中庸の徳とは『大きく偏らない考えや判断に宿っている徳』という意味であるが、必ずしも全体を足して割った平均値や過不足のない真ん中のことを指しているわけではない。中庸の“中”は『偏らないこと』、“庸”は『普通・凡庸であること』を意味するが、儒教の倫理規範の最高概念である中庸には『その場における最善の選択』という意味も込められている。『中庸』の白文・書き下し文・現代語訳を書いていきます。

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金谷治『大学・中庸』(岩波文庫),宇野哲人『中庸』(講談社学術文庫),伊與田覺『『中庸』に学ぶ』(致知出版社)

[白文]

右第九章

子曰、天下国家可均也。爵禄可辞也。白刃可踏也。中庸不可能也。

[書き下し文]

右第九章

子曰く、天下国家をも均しくすべきなり。爵禄をも辞すべきなり。白刃をも踏むべきなり。中庸は能くすべからざるなり。

[現代語訳]

先生がおっしゃった。有徳な士大夫(君子)は天下国家といえどもそれを平らかに治めることができる。高位高官の地位と収入をも自ら辞退することができる。白刃の危険を恐れずにそれに挑むことができる。しかし、極端を避ける中庸というのは、『天下の統治・高官の辞退・白刃への勇気』以上に実践することが難しいのである。

[補足]

孔子が『中庸の徳』の実践の難しさを説いた章である。有徳で有能な君子(士大夫)であれば、『高位高官の誘惑・戦乱(殺される危険)の恐怖』には禁欲・勇気で打ち勝つことができるし、その結果として乱れた天下国家を平らかに統治することもできる。しかし、私利私欲を捨てて義理と仁徳を両立させ、極端な行動を避けてバランスを取る『中庸』は、君子であってもそれを実践することは極めて難しいのだという。

[白文]

右第十章

子路問強。子曰、南方之強与。北方之強与。抑而強与。寛柔以教、不報無道、南方之強也。君子居之。褥金革、死而不厭、北方之強也。而強者居之。故君子和而不流、強哉矯。中立而不倚、強哉矯。国有道、不変塞焉、強哉矯。国無道、至死不変、強哉矯。

[書き下し文]

右第十章

子路、強(きょう)を問う。子曰く、南方の強か。北方の強か。抑も(そもそも)而(なんじ)の強か。寛柔(かんじゅう)もって教え、無道に報ぜざるは、南方の強なり。君子これに居る。金革を褥(しとね)とし、死して厭わざるは、北方の強なり。而して(しかして)強者これに居る。故に君子は和して流(りゅう)せず、強なるかな矯(きょう)たり。中立して倚らず(よらず)、強なるかな矯たり。国道(みち)あれば塞(そく)を変ぜず、強なるかな矯たり。国道なければ死に至るまで変ぜず、強なるかな矯たり。

[現代語訳]

子路が『強さ』について質問した。先生はおっしゃった。南方の強さのことか、北方の強さのことか、お前自身の強さのことかと。寛容で柔和な態度を崩さずに道理を教え、無道な暴力に対しても報復せずに耐え抜くのは、南方の人たちの強さである。これは君子がいる境地である。金革の鎧を寝具として、死ぬことを厭わずに敵と戦って破るのは、北方の人たちの強さである。これは武力に訴える強者がいる境地である。君子は人と調和しても流されてしまうことはない、これが矯(強くて正しい形)とした真の強さである。中立してどちらにも極端に偏らない、これが矯とした真の強さである。国家に道が行われていても自分の昔からの信念を変えない、これが矯とした真の強さである。国家に道が行われずに乱れていても、自分自身は善を行うための道を死ぬまで変えないこと、これが真の強さなのである。

[補足]

孔子の初期の弟子である子路は、一本気な侠気に秀でた荒っぽい男でもあったが、その侠客のような腕っ節に自信のある血の気の多い子路が、師の孔子に対して『強さとは何なのか』という本質的な問いかけをした章である。孔子は『柔弱でありながらも忍耐力に優れた南方の強さ』と『絶えず戦乱に備えていて武力(暴力)で圧倒する北方の強さ』の両方を否定して、『君子としての真の強さのあり方』を説いている。孔子は『中庸の徳』の大切さを語りながら、『国の道・正義』の有無を問わず(周囲の他人や環境がどのようなものであっても)、自分自身が信じる善と道義を最期まで貫き通すことの価値を子路に教えているのである。

[白文]

右第十一章

子曰、素隠行怪、後世有述焉。吾弗為之矣。君子遵道而行、半塗而廃。吾弗能已矣。君子依乎中庸、遁世不見知而不悔。唯聖者能之。

[書き下し文]

右第十一章

子曰く、隠れたるを素め(もとめ)怪しきを行うは、後世述ぶるあらん。吾はこれを為さず。君子道に遵って(したがって)行い、半塗(はんと)にして廃す。吾は已む能わず(あたわず)。君子中庸に依り(より)、世を遁れ(のがれ)知られずして悔いず。唯(ただ)聖者のみこれを能くす(よくす)。

[現代語訳]

孔子がおっしゃった。隠微な方法を求めて怪異な超能力を行う者は、世の中の受けが良いこともあって、後世これを語り伝える人が確かにいるだろう。だが、私は決してそういった神秘的なこと(超能力があるような真似)はしない。君子は道に遵った行動をするが、それでも力及ばずに、途中でやめてしまわざるを得ないこともある。だが私はやめようにもやめることができない。君子は中庸に依拠して、欲望渦巻く世俗を逃れて、自分の見識や才能が人に認められなくても後悔などすることがない。このようなことは、ただ聖者だけが実践できる道なのである。

[補足]

孔子は『世俗的な欲望・名声・自己顕示』を求める人は君子とは言えないとして、『人目を惹くような超能力・神秘的な事柄』についても否定的であった。特に『人に認められなくても、それをせずにはいられないという正しい道』を重視しており、中庸の徳を持って俗世(立身出世の世界)から離れて隠棲するような生き方も肯定していた。 大半の人は『人に全く知られない善行・努力』に価値を見出すことができないし、優秀な人でも『誰にも知られず認められないような不遇の状態』が続けば自暴自棄でひねくれてしまいやすい。だが、孔子は常に『自分自身にとって恥じない生き方・正しい道の貫徹』をするように弟子たちにも薦め、人に自分の価値を知られなくても腐ってはならないと説いた。

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