『源氏物語』の現代語訳:若紫21

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紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。

『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。『源氏物語』の“女君、例のしぶしぶに、心もとけずものしたまふ~”を、このページで解説しています。

参考文献
『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)

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[古文・原文]

女君、例のしぶしぶに、心もとけずものしたまふ。「かしこに、いとせちに見るべきことのはべるを思ひ給へ出でて、立ちかへり参り来なむ」とて、出で給へば、さぶらふ人びとも知らざりけり。わが御方にて、御直衣などはたてまつる。惟光(これみつ)ばかりを馬に乗せておはしぬ。

門うちたたかせ給へば、心知らぬ者の開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫、妻戸を鳴らして、しはぶけば、少納言聞き知りて、出で来たり。「ここに、おはします」と言へば、「幼き人は、御殿籠もりてなむ。などか、いと夜深うは出でさせ給へる」と、もののたよりと思ひて言ふ。

「宮へ渡らせ給ふべかなるを、そのさきに聞こえ置かむとてなむ」とのたまへば、「何ごとにかはべらむ。いかにはかばかしき御答へ聞こえさせ給はむ」とて、うち笑ひてゐたり。君、入り給へば、いとかたはらいたく、

[現代語訳]

女君は、いつものように嫌々ながら、心を打ち解けないままでいらっしゃる。「あちらに、どうしてもすぐに対処しなければならない事があったのを思い出しました、終わったらすぐに戻って来ます」と源氏の君は(女君に)言って、お出かけになるので、お側に仕える女房たちも外出を知らなかったのである。自分のお部屋の方で、お直衣などはお召しになる。惟光だけを馬に乗せてお出かけになられた。

門を打ち叩かせると、何も知らない者が開けたので、お車を静かに引き入れさせて、大夫(惟光)が、妻戸を叩いて、咳払いをすると、少納言の乳母がそれを聞いて察して、出て来た。「ここに、源氏の君がおいでになられています」と言うと、「幼い姫君は、おやすみになられております。どうして、こんな夜の深い時間にいらっしゃったのでしょうか」と、どこかに通った後の帰りがけかと思って言う。

「宮邸へお移りになられるそうですが、その前にお話し申し上げておきたいと思って参ったのです」とおっしゃると、「どのようなお話でございましょうか。どれだけしっかりしたお返事ができるでしょうか」と言って、微笑んでいた。源氏の君が、お入りになると、とても困ってしまい、

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[古文・原文]

「うちとけて、あやしき古人どものはべるに」と聞こえさす。「まだ、おどろいたまはじな。いで、御目覚まし聞こえむ。かかる朝霧を知らでは、寝るものか」とて、入り給へば、「や」とも、え聞こえず。

君は何心もなく寝給へるを、抱きおどろかし給ふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたると、寝おびれて思したり。

御髪かき繕ひなどし給ひて、「いざ、たまへ。宮の御使にて参り来つるぞ」とのたまふに、「あらざりけり」と、あきれて、恐ろしと思ひたれば、「あな、心憂。まろも同じ人ぞ」とて、かき抱きて出でたまへば、 大輔、少納言など、「こは、いかに」と聞こゆ。

「ここには、常にもえ参らぬがおぼつかなければ、心やすき所にと聞こえしを、心憂く、渡り給へるなれば、まして聞こえがたかべければ。人一人参られよかし」とのたまへば、心あわたたしくて、

[現代語訳]

「気を抜いている、見苦しい年寄りたちが寝ていますので」と申し上げてお止めになる。「まだ、姫君はお目覚めではないのでしょうね。どれ、私が目が覚めるように起こして差し上げましょう。このような朝霧を知らないで、寝ていて良いのでしょうか」とおっしゃって、ご寝室にお入りになるので、「ちょっと」とも、お止めできない。

姫君は何も知らないで寝ていらっしゃったが、源氏の君が抱いてお起こしになられると、目を覚まして、父宮がお迎えにいらっしゃったのかと、寝ぼけてお思いになった。

お髪をかき繕いなどされて、「さあ、いらっしゃい。父宮様のお使いとして私が参ったのですよ」とおっしゃると、「違う人でしょう」と、姫君が驚いて、怖いと思っている様子なので、「あぁ、情けないことです。私も宮様と同じただの人ですよ」とおっしゃって、抱きかかえて部屋を出られると、大輔(惟光)や少納言の乳母などが、「これは、どうなさったのですか」と申し上げる。

「ここには、常に参れないのが気がかりなので、気楽な所に移そうと申し上げたが、残念なことに、宮様の邸にお移りになるそうなので、ますますお話しをしづらくなるだろうから。誰か一人付いて参られよ」と源氏の君がおっしゃるので、少納言の乳母は気持ちが慌ててしまって、

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[古文・原文]

「今日は、いと便なくなむはべるべき。宮の渡らせ給はむには、いかさまにか聞こえやらむ。おのづから、ほど経て、さるべきにおはしまさば、ともかうもはべりなむを、いと思ひやりなきほどのことにはべれば、さぶらふ人びと苦しうはべるべし」と聞こゆれば、

「よし、後にも人は参りなむ」とて、御車寄せさせ給へば、あさましう、いかさまにと思ひあへり。

若君も、あやしと思して泣い給ふ。少納言、とどめ聞こえむかたなければ、昨夜縫ひし御衣どもひきさげて、自らもよろしき衣着かへて、乗りぬ。

二条院は近ければ、まだ明うもならぬほどにおはして、西の対に御車寄せて下り給ふ。若君をば、いと軽らかにかき抱きて下ろし給ふ。

少納言、「なほ、いと夢の心地しはべるを、いかにしはべるべきことにか」と、やすらへば、「そは、心ななり。御自ら渡したてまつりつれば、帰りなむとあらば、送りせむかし」とのたまふに、笑ひて下りぬ。にはかに、あさましう、胸も静かならず。「宮の思しのたまはむこと、いかになり果て給ふべき御ありさまにか、とてもかくても、頼もしき人びとに後れ給へるがいみじさ」と思ふに、涙の止まらぬを、さすがにゆゆしければ、念じゐたり。

こなたは住み給はぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御帳、御屏風など、あたりあたり仕立てさせ給ふ。御几帳の帷子引き下ろし、御座などただひき繕ふばかりにてあれば、東の対に、御宿直物召しに遣はして、大殿籠もりぬ。

[現代語訳]

「今日は、本当に都合が悪いと思います。宮様がいらっしゃった時には、どのようにお答え申し上げれば良いのでしょうか。自然と、年月を経て、一緒になられるご縁であれば、ともかくそうなられるでしょうが、とても深く考える暇もない急な事ですので、お仕えする女房たちもきっと困ってしまうでしょう」と申し上げると、

「よし、後からでも女房たちは参れば良いではないか」とおっしゃって、お車を寄せさせるので、驚きあきれてしまい、どうすれば良いのかと女房たちは心配し合っていた。

姫君も、怪しいとお思いになられてお泣きになる。少納言の乳母は、お止め申し上げる方法もないので、昨夜縫ったご衣装などをひっさげて、自分も適当な着物に着替えて、車に乗った。

二条院は近いので、まだ明るくならないうちにお着きになって、西の対にお車を寄せてお下りになる。姫君を、とても軽々と抱いて車からお下ろしになる。

少納言の乳母は「やはり、本当に夢のような心地がしますが、私はどうすれば良いのでしょうか」と言って、車から下りるのをためらっているので、

「それはあなたの気持ち次第でしょう。姫君ご本人はお移し申し上げてしまったのだから、帰りたいと思うなら、送って差し上げましょう」とおっしゃるので、笑って車を下りた。急な事で、驚きあきれて、胸もどきどきとしている。「宮様が叱責されることや、どうおなりになられるのが姫君の運命なのだろうか、とにもかくにも、身内の頼れる方々に先立たれたことがお気の毒なことである」と思うと、涙が止まらないのを、さすがに嫁入りの時の涙は不吉なので、じっと涙がこぼれないように堪えていた。

こちらは誰も住んでいない対の部屋なので、御帳などもないのであった。惟光を呼び寄せて、御帳、御屏風など、ここかしこに準備して整えさせる。御几帳の帷子を引き下ろし、ご座所など、ちょっと繕うだけでも使えるので、東の対に、御寝具類などを取り寄せに人を遣わして、おやすみになられた。

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