『枕草子』の現代語訳:15

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

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石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

[古文・原文]

23段

たゆまるるもの

精進の日の行ひ。遠きいそぎ。寺に久しく籠りたる。

24段

人にあなづらるるもの

築土(ついじ)の崩れ。あまり心よしと人に知られぬる人。

[現代語訳]

23段

怠けがちなもの。

精進の日のお勤め。遠い予定のための準備。お寺に長く籠って修行すること。

24段

人に侮られるもの。

築地塀の崩れている状態。他人からあまりにお人好しな人(何も言い返さない人)だと思われている人。

[古文・原文]

25段

にくきもの

急ぐことあるをりに来て、長言(ながごと)する客人(まろうど)。あなづりやすき人ならば、「後に」とても、追ひやりつべけれど、さすがに心はづかしき人、いとにくく、むつかし。硯に髮の入りて、すられたる。また、墨の中に、石のきしきしときしみ鳴りたる。

にはかにわづらふ人のあるに、験者(げんじゃ)もとむるに、例ある所になくて、外に尋ねありくほど、いと待ち遠に久しきに、からうして待ちつけて、よろこびながら加持せさするに、このころ物怪にあづかりて極じ(ごうじ)にけるにや、居るままにすなはち、ねぶり声なる、いとにくし。

なでふことなき人の、笑がちにて、ものいたう言ひたる。火桶の火、炭櫃(すびつ)などに、手のうらうち返しうち返しおしのべなどして、あぶりをる者。いつか、若やかなる人など、さはしたりし。老いばみたる者こそ、火桶のはたに足をさへもたげて、物言ふままに押しすりなどはすらめ。さやうの者は、人のもとに来て、居むとする所を、まづ扇してこなたかなたあふぎちらして、塵はき捨て、居も定まらずひろめきて、狩衣(かりぎぬ)の前、巻き入れても居るべし。かかることは、いふかひなき者の際にやと思へど、少しよろしき者の、式部大夫(しきぶのたいふ))などいひしが、せしなり。

[現代語訳]

25段

にくらしいもの。

急な用事がある時にやって来て、長話をするお客。軽々しく扱える人であれば、「また後でね」とか言って追い返してしまうこともできるが、気を遣わなければならない高位の貴族であれば、やはり簡単には追い返せないので、にくたらしく思ってしまう。硯の中に髪の毛が入っているのに、そのまま擦ってしまった時。墨の中に石が混じっていて、きしきしという不快な音が立った時。

急な病人がでたので験者を呼ぼうとしたのに、いつも居る所に居なくて、それ以外の場所を探し歩いている間、非常に待ち遠しく思ってしまう。長く待ち続けてやっと験者がやって来て、喜びながら病気平癒の加持祈祷をさせようとするのだが、最近は物怪の調伏の仕事が多くて疲れきっているのだろうか、祈り始めるや否やもう眠たそうな声になっているのは、(こんないい加減な験者をずっと待っていたのかと思うと)とても憎たらしい。

大したこともない人が、顔に笑みを浮かべて、得意気にものを言っている様子。(寒さに耐え切れないのだろうか)火鉢の火や囲炉裏に、手のひらを何度も何度もひっくり返したり擦りあわせたりしながら、炙っている者。いつ若々しい人が、そのようなことをしただろうか。(常識を知らずに)年老いた者に限って、火鉢の端に足まで載せて、話しながらその足を擦り合わせたりなどしている。そういった非礼な老人は、人の家にやって来た時にも、自分の座ろうとする所を扇でばたばたと扇ぎちらしてゴミを払いのけようとする。扇をばたばたとさせながら座る場所がなかなか決まらず、遂には狩衣の垂れた部分をひざ下に巻き込んだまま座ってしまったりする。このような礼儀知らずの情けない行為は、身分が低い下賤の者だけがすると思っていたのだが、ある程度高い身分である式部大夫などといった人が実際にしたことで憎らしい。

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