『枕草子』の現代語訳:92

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『うらやましげなるもの 経など習ふとて~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

153段

うらやましげなるもの

経など習ふとて、いみじうたどたどしく、忘れがちに、返す返す同じ所を読むに、法師は理(ことわり)、男も女も、くるくるとやすらかに読みたるこそ、あれがやうにいつの世にあらむと、おぼゆれ。

心地など煩ひて臥したるに、笑うち笑ひ、物など言ひ、思ふ事なげにて歩みありく人見るこそ、いみじううらやましけれ。

稲荷(いなり)に思ひおこして詣でたるに、中の御社(みやしろ)のほどの、わりなう苦しきを念じ登るに、いささか苦しげもなく、遅れて来と見る者どもの、ただ行きに先に立ちて詣づる、いとめでたし。二月午の日(うまのひ)の暁に急ぎしかど、坂のなからばかり歩みしかば、巳の時(みのとき)ばかりになりにけり。やうやう暑くさへなりて、まことにわびしくて、など、かからでよき日もあらむものを、何しに詣でつらむとまで、涙も落ちて、休み極ずる(ごうずる)に、四十余ばかりなる女の、壺装束などにはあらで、ただ引きはこえたるが、「まろは、七度詣でし侍るぞ。三度は詣でぬ。いま四度はことにもあらず。まだ未(ひつじ)に下向(げこう)しぬべし」と、道に逢ひたる人にうち言ひて、下り行きしこそ、ただなる所には目にもとまるまじきに、これが身にただ今ならばやと、おぼえしか。

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[現代語訳]

153段

羨ましく思えるもの

経など習う時、とてもたどたどしく、忘れやすくて、何度も何度も同じ所を読むのに、お坊さんが上手なのは当然だが、男でも女でも、すらすらと簡単に読み上げているのは、あの人のようにいつになったらなれるのだろうかと思ってしまう。

病気が悪くなって寝ている時に、笑いに笑ったり、おしゃべりをしたり、何の苦しみもなく歩き回っている人を見るのは、ひどくうらやましく感じてしまう。

稲荷神社に決心してお参りした所、中の御社のあたりでとても苦しいのを我慢して登っているのに、少しも苦しそうな感じもなく、後から遅れてやってきた人たちが、ただ抜かして行って先にお参りをするのは、とても凄いことだ。二月の午の日の明け方に、急いで出発したけれど、坂の半分ほどを登ったところで、もう10時くらいになってしまった。段々と暑くさえなってきて、本当に情けなくて、どうして、こんな日でなくてももっと良い日があっただろうにと、何をしにお参りに来たのだろうかとまで思って、涙もこぼれてきて、疲れきって休んでいると、四十歳を過ぎたくらいの女で、壺装束を着ておらず、ただ着物の裾をたくし上げただけの女が、「私は七度詣でをするんです。もう三度はお参りしました。後四度くらいは大したことではありません。二時頃には、もう家へと帰ります。」と、道で会った人に話して、坂を下りて行ったのは、普通の所では目にも留まらない女だが、この女の人の身に今すぐ成り代わりたいと思ってしまった。

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[古文・原文]

153段(終わり)

女子(おんなご)も男子(をのこご)も、法師も、よき子ども持たる人、いみじううらやまし。髪いと長く麗しく、下りばなどめでたき人。また、やむごとなき人の、よろづの人にかしこまられ、かしづかれ給ふ、見るもいとうらやまし。手よく書き、歌よく詠みて、物のをりごとも、まづ取り出でらるる、うらやまし。

よき人の御前に、女房いとあまたさぶらふに、心にくき所へ遣はす仰書(おおせがき)などを、誰も、いと鳥の跡にしもなどかはあらむ、されど、下などにあるをわざと召して、御硯(おすずり)取りおろして書かせさせ給ふも、うらやまし。さやうの事は、所の大人などになりぬれば、まことに難波(なにわ)わたり遠からぬも、事に従ひて書くを、これは、さにはあらで、上達部(かんだちめ)などの、また、はじめてまゐらむと申さする人の娘などには、心ことに、紙よりはじめてつくろはせ給へるを、集りて、たはぶれにもねたがり言ふめり。

琴、笛など習ふ、また、さこそはまだしきほどは、これがやうにいつしか、とおぼゆらめ。

内、春宮(とうぐう)の御乳母(おんめのと)。上の女房の、御方々いづこもおぼつかなからず、まゐりかよふ。

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[現代語訳]

153段(終わり)

女の子でも男の子でも、坊さんにした子でも、出来の良い子供を持っている人は、とてもうらやましい。髪がとても長くて立派で、髪の垂れ具合が素晴らしい女。また、身分の高い人が、みんなに頭を下げられて仕えてもらっているのも、それを見るととてもうらやましい。文字が上手で、歌を詠むのも上手くて、何か事があるたびに、最初に選び出されるというのは、うらやましい。

身分の高い人の御前に、女房たちが大勢侍っているのに、簡単には扱えない立派な人の所に送られる代筆のお手紙などを、誰であってもそういうお手紙では、鳥の跡のような下手な字を書くことはないのだが、局に下がっている人をわざわざお呼び出しになって、ご自分の御硯を下賜されてまでお書かせになるのも、うらやましい。そういう事は、局でお仕えする年輩の女房などになれば、本当に文字が下手な悪筆の人だって、序列に従って若い女房よりも先に書くことになるのだが、これはそうではなくて、上達部の娘とかの、宮仕えをさせようとして人に仲介を頼んでいる所の娘とかに手紙を送られる時には、特に気を遣われて、紙をはじめとして良い物をお揃えになるのを、女房たちは集まって、戯れに何かと妬ましげに言うようである。

琴や笛などを習う時もまた、それほど上達していない間は、上手な人のようにいつになったらなれるのだろうと、思われることだろう。

帝や東宮の御乳母。帝におつきの女房で、方々の後宮のどこにでもお目通りが許されており、参上して通うことができる人。

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