『枕草子』の現代語訳:16

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清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

25段

にくきもの(続き)

また酒飲みてあめき、口を探り、鬚(ひげ)あるものはそれを撫で、盃(さかづき)、異人(ことひと)に取らするほどのけしき、いみじうにくしと見ゆ。「また飲め」と言ふなるべし、身ぶるひをし、頭ふり、口わきをさへ引き垂れて、童(わらはべ)の「こう殿に参りて」など謠ふ(うたう)やうにする。それはしも、誠によき人のし給ひしを見しかば、心づきなしと思ふなり。

物うらやみし、身の上嘆き、人の上言ひ、露塵のこともゆかしがり、聞かまほしうして、言ひ知らせぬをば怨じそしり、また僅かに聞き得たる事をば、わがもとより知りたることのやうに、異人にも語りしらぶるも、いとにくし。

もの聞かむと思ふほどに泣くちご。烏の集まりて飛び違ひ、さめき鳴きたる。

忍びて来る人、見知りて吠ゆる犬。あながちなる所に隠し臥せたる人の、いびきしたる。また忍び来る所に、長烏帽子(ながえぼうし)して、さすがに人に見えじと惑ひ入るほどに、ものにつきさはりて、そよろといはせたる。伊予簾(いよす)など掛けたるに、うちかづきて、さらさらと鳴らしたるも、いとにくし。

帽額(もこう)の簾(す)は、ましてこはしのうち置かるる音、いとしるし。それも、やをら引き上げて入るは、更に鳴らず。遣戸(やりど)を、荒くたてあくるも、いとあやし。少しもたぐるやうにして開くるは、鳴りやはする。あしうあくれば、障子なども、こほめかしうほとめくこそ、しるけれ。

ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声にわびしげに名乗りて、顔のほどに飛びありく。羽風さへ、その身のほどにあるこそ、いとにくけれ。

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[現代語訳]

25段

にくたらしいもの(続き)

また、酒を飲んで喚きたて、指で口の中をいじくり、鬚を生やしている人はそれを撫で回す、それで盃を他の人と渡そうとしている様子はとても憎らしく見える。「もう一杯、飲め」と言っているのだろうか、身体を揺すり頭を振って、唇を下に引き垂らして、子供たちが「国の守様の御館に伺って」を謡う時のような顔つきをしている。そういった無礼を、本当に高貴な身分のお方がしているのを見たので、本当に情けなくて嫌なものだと思った。

人のことを羨んで、自分については泣き言ばかりを言い、人の噂話ばかりをして、些細なことも詳しく知りたがり、話を聞きたいという顔をして、教えて上げないことを恨んで文句を言い、また少しばかり聞きかじったことを、自分が初めから知っていることのように、他の人に得意げな感じで語っているのも、とても憎たらしい。

人の話を聞こうとしている時に、泣き始める赤子。烏が群れになってあちこちを飛び回り、騒がしく羽音を立てて鳴いている様子。

人目を忍んで会いに来る男のことを覚えていて、吠えかかる犬。人に知られては大変なことになる場所で、やっとのことで共寝できた男が、いびきをかいていること。また人目を忍んで通っている女の所に、長烏帽子をかぶってくる男、人に見られないようにと苦労しながら屋敷の中に入ると、その長烏帽子が物に突き当たってしまい、がさがさと音を立ててしまったこと。伊予簾などが掛けてあるのに、それを潜って入ろうとして、サラサラという音を鳴らしたことも、(男の気が効かない様子が)とても憎らしい。

まして帽額(もこう)の簾の場合には、小さい端の部分が床に落ちてコトリと音を立てていることが明らかになってしまう。そういう時には、静かに簾を引き上げてから入れば、音は鳴らないものだ。板戸を手荒い感じで開けるのも、とても嫌なものだ。少し持ち上げるようにして開ければ、音など鳴りはしないのに。開け方が悪いので、障子戸などもゴトゴトと音を立ててしまい、周りに男が来ていることが丸分かりになるのだ。

眠たいと思って床に臥している時に、蚊が細い声で鳴きながら、顔の辺りを飛び回っていること。蚊は小さな身体なのに、羽風をしっかりと送ってくることが、とても憎らしいのだ。

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[古文・原文]

きしめく車に乗りて歩く者、耳も聞かぬにやあらむと、いとにくし。わが乗りたるは、その車の主さへにくし。また、物語するに、さし出でして、我ひとり才まくる者。すべてさし出では、童も大人もいとにくし。あからさまに来たる子ども、童を見入れ、らうたがりて、をかしき物取らせなどするに、ならひて、常に来つつ居入りて、調度うち散らしぬる、いとにくし。

家にても宮仕へ所にても、会はでありなむと思ふ人の来たるに、そら寝をしたるを、わがもとにある者、起しに寄り来て、いぎたなしと思ひ顔に、引きゆるがしたる、いとにくし。今まゐりの、さし越えて、物知り顔に教へやうなる事言ひ、後ろ見たる、いとにくし。

わが知る人にてある人の、はやう見し女のこと、ほめ言ひ出でなどするも、ほど経たることなれど、なほにくし。まして、さしあたりたらむこそ、思ひやらるれ。されど、なかなか、さしもあらぬなどもありかし。

はなひて誦文(じゅもん)する。おほかた、人の家の男主(おとこしゅう)ならでは、高くはなひたる、いとにくし。蚤(のみ)もいとにくし。衣の下に躍りありきて、もたぐるやうにする。犬の、諸声(もろこえ)に長々と鳴きあげたる、まがまがしくさへにくし。

あけて出で入る所、たてぬ人、いとにくし。

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[現代語訳]

ギシギシと軋むような車を乗り回す人。耳が聞こえないのだろうかと、とても憎らしい。自分がそんなうるさい車に乗った時には、その車の主人まで憎たらしく感じてしまう。また人が話をしている時に、出しゃばってきて、一人で自信満々に話の先を言ってくる人。差し出がましいでしゃばりな者は、子供でも大人でも憎らしいものだ。少しやってきた子供たちを可愛がって上げて、欲しいものを上げたりしたのだが、それに慣れてきて味をしめ、いつもやってきては家に居座り、調度品を散らかしていくのはとても腹立たしい。

自分の家でも宮仕えする職場でも、会いたくないと思っている人がやって来た時、眠ったふりをしていると、自分の使っている女が起こしにやってきて、主人は寝坊だなと思っているような顔をして、手荒く体を揺さぶってくるのはとても憎たらしい。新参の女房が古参の女房を差し置いて、物知り顔で人に物事を教えるようなことを言い、何かと後輩の女房の面倒を見ようとするのも、非常に憎らしい。

自分の知っている親しい男が、前に付き合っていた女のことを話し出して、褒めたりするのも、それが随分と昔のことであっても、やはり憎たらしいものだ。ましてそれが今も付き合いのある女であれば、もっと腹が立つだろうとその女の心中を思いやることができる。しかし、他の女のことを話されても、あまり腹が立たないこともあるのだ。

くしゃみをして呪文を唱える人。大体、一家の男主人以外の人が、周囲に憚らずに大きなくしゃみをしたのは、とても不快である。蚤(のみ)というのも、ひどく憎らしい。着物の下を飛び回って、着物を持ち上がるようにしてくる不快さ。犬が何匹も声を揃えて長々しく鳴いている、不吉な感じがして憎らしいものだ。

開けて出入りする場所の戸を閉めない人、非常に腹が立つ。

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