『枕草子』の現代語訳:18

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

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石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

[古文・原文]

28段

心ゆくもの

よく描いたる女絵(おんなえ)の、言葉をかしう付けて多かる。物見の帰さ(かえさ)に、乗りこぼれて、男(をのこ)どもいと多く、牛よくやる者の、車走らせたる。白く清げなる陸奥紙(みちのくがみ)に、いといと細う、書くべくはあらぬ筆して、文書きたる。うるはしき糸の練りたる、あはせ繰りたる。てうばみに、てう多く打ち出でたる。ものよく言ふ陰陽師して、川原に出でて、呪詛の祓へしたる。夜、寝起きて飲む水。

徒然なるをりに、いとあまり睦ましうもあらぬまらうと(客人)の来て、世の中の物語、この頃ある事のをかしきもにくきも怪しきも、これかれにかかりて、公私(おほやけ・わたくし)おぼつかなからず、聞きよきほどに語りたる、いと心ゆくここちす。

社寺などに詣でて、物申さするに、寺は法師、社(やしろ)は禰宜(ねぎ)などの、くらからずさはやかに、思ふほどにも過ぎて、滞らず聞きよう申したる。

[現代語訳]

28段

満足するもの

上手く描いている女絵で、気の利いた注釈の言葉が多く付けられているもの。見物の帰りがけに、車から衣裳を出して、車添いの大勢の家来の男たちが従って、牛の取り扱いに慣れた従者が、牛車を速く走らせている様子。真っ白で清らかな陸奥紙に、非常に細い文字で、ほとんど文字が書けないくらいの細筆で手紙を書けた時。綺麗な練糸を、二筋合わせて繰ったもの。てうばみに、調目を多く打ち出した時。よく喋る陰陽師を雇って川原にでて、呪詛のお祓いをしてもらった時。夜に目覚めた時に飲む水。

することもなくて退屈な時に、それほど親しくもないお客さんがやって来て、世の中の雑談をしていく。最近起こった面白い話でも、イライラする話でも、奇妙な話でも、あれこれと話し続けて、宮中の公の話題でも個人的な話題でも、とても情報が豊富であり、こちらが聞きやすいように配慮して話してくれるのは、本当に気持ちが良いものである。

社寺にお参りして、お願い事をお祈りしてもらう時に、寺なら法師、神社なら禰宜といった人たちが、予想していた以上に分かりやすくはっきりと淀みなく、こちらの願意(願っている事柄)を申してくれた時。

[古文・原文]

29段

檳榔毛(びろうげ)はのどかにやりたる。急ぎたるは、わろく見ゆ。

網代(あじろ)は走らせたる。人の門の前などより渡りたるを、ふと見やるほどもなく過ぎて、供の人ばかり走るを、誰ならんと思ふこそ、をかしけれ。ゆるゆると久しく行くは、いとわろし。

[現代語訳]

29段

檳榔毛(びろうげ)の高級な車は、ゆっくりと走らせたほうが重々しく見える。急いで走らせてしまうと、軽々しいものに見えてしまう。

網代(あじろ)の車は走らせたほうが良い。家の門の前を通っていった車が、ゆっくり眺める間もなく通り過ぎてしまい、お供の従者たちの姿だけが見える。それでいったい今の車は誰の車なのかしらと思うのが面白いのである。そこで時間をかけてゆっくりゆっくりと通り過ぎるなんていうのは、あまりに風情がないのである。

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