『源氏物語』の現代語訳:帚木15

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紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。

『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。『源氏物語』の“女も、さる御消息ありけるに、思したばかりつらむほどは、浅くしも思ひなされねど、~”が、このページによって解説されています。

参考文献
『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)

[古文・原文]

女も、さる御消息ありけるに、思したばかりつらむほどは、浅くしも思ひなされねど、さりとて、うちとけ、人げなきありさまを見えたてまつりても、あぢきなく、夢のやうにて過ぎにし嘆きを、またや加へむ、と思ひ乱れて、なほさて待ちつけきこえさせむことのまばゆければ、小君が出でて往ぬるほどに、『いとけ近ければ、かたはらいたし。なやましければ、忍びてうち叩かせなどせむに、ほど離れてを』とて、渡殿に、中将といひしが局したる隠れに、移ろひぬ。

さる心して、人とく静めて、御消息あれど、小君は尋ねあはず。よろづの所求め歩きて、渡殿に分け入りて、からうしてたどり来たり。いとあさましくつらし、と思ひて、『いかにかひなしと思さむ』と、泣きぬばかり言へば、『かく、けしからぬ心ばへは、つかふものか。幼き人のかかること言ひ伝ふるは、いみじく忌むなるものを』と言ひおどして、『「心地悩ましければ、人びと避けずおさへさせてなむ」と聞こえさせよ。あやしと誰も誰も見るらむ』

と言ひ放ちて、心の中には、『いと、かく品定まりぬる身のおぼえならで、過ぎにし親の御けはひとまれるふるさとながら、たまさかにも待ちつけたてまつらば、をかしうもやあらまし。しひて思ひ知らぬ顔に見消つも、いかにほど知らぬやうに思すらむ』と、心ながらも、胸いたく、さすがに思ひ乱る。『とてもかくても、今は言ふかひなき宿世なりければ、無心に心づきなくて止みなむ』と思ひ果てたり。

[現代語訳]

女もそのようなお手紙があったので、自分に逢おうとして工夫して下さる源氏のお気持ちのほどは、浅いものとは思わなかったが、そうだからといって、気を許してみっともない様子をお見せするのも、はしたないものである。夢のように過ぎ去ってしまった過去の嘆きを、再びまた味わおうとするのかと、思い悩んで、やはりこうしてお待ち申し上げていることが気恥ずかしいので、小君が出て行くとすぐに、『とても近いので、失礼なように感じてしまいます。気分が悪いので、こっそりと肩・腰でも叩いてもらいたいので、少し離れた所のほうが良いのです。』と言って、渡殿にある中将という女房が待っている部屋へと移ってしまった。

源氏は初めからそのつもりで、供人たちを早く寝かせており、小君に女の都合を聞かせにやるのだが、小君は女の居場所を尋ね当てることができない。色々な場所を探して回って、渡殿に入り込んで、やっとのことで探し当てることができた。本当にひどく冷たい事をするなと思って、『私がどんなに役立たずな者だと、源氏の君に思われてしまうでしょう。』と、泣き出してしまいそうに言うと、『そんな不埒な考えを、子どもが持っていいとは思えません。子供がこのような男女の事を取次ぎするのは、とても悪いことだと言うのに』と厳しく言って、『「気分がすぐれないので、女房たちを側に置いて体を揉ませています」とお伝えしなさい。こんな所に来ていると、皆が変に思ってしまいます。』

と言い放ったが、内心では、『本当にこのように結婚してしまった身分の定まった状況ではなく、亡くなった親の面影の残っている旧邸にいたままで、偶然にも源氏の君をお待ち申し上げるならば、喜んでそうしたいところなのですが。敢えて源氏のお気持ちを分からないように装って無視したのも、どんなに身の程を知らない女のように思われているだろう。』と、自分でそういう風にしているものの、胸が痛くてやはり心が乱れる。『いずれにせよ、今はどうにもならない運命(人妻である現状)なのだから、このまま非常識な気にくわない女ということで押し通そう。』と思って諦めた。

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[古文・原文]

君は、いかにたばかりなさむと、まだ幼きをうしろめたく待ち臥し給へるに、不用なるよしを聞こゆれば、あさましくめづらかなりける心のほどを、『身もいと恥づかしくこそなりぬれ』と、いといとほしき御気色なり。とばかりものものたまはず、いたくうめきて、憂しと思したり。

『帚木の 心を知らで 園原の 道にあやなく 惑ひぬるかな 聞こえむ方こそなけれ』

とのたまへり。女も、さすがに、まどろまざりければ、

『数ならぬ 伏屋に生ふる 名の憂さに あるにもあらず 消ゆる帚木』

と聞こえたり。

小君、いといとほしさに眠たくもあらでまどひ歩くを、人あやしと見るらむ、とわびたまふ。

[現代語訳]

源氏の君は、小君がどのように計らってくれるのかと、まだ小さいので不安に思いながらも横になって待っていらっしゃると、ダメであると申し上げるので、女のあさましいほどの冷たさ(強情さ)を知って、『我が身まで本当に恥ずかしくなってしまったよ。』と、とてもお気の毒な様子である。しばらくは何もおっしゃらずに、ひどく悲しげに嘆息なさり、辛いという風にお思いになられている。

『近づけば消えるという帚木のようなあなたの心を知らずに、園原への道で空しく迷ってしまいました。申し上げる術さえもありません。』

と歌を詠んで贈られた。女もやはり苦悶していて眠れずにいたので、

『しがない境遇に生きるわたしなどは情けない身の上ですから、見えても触ることができない帚木のように、あなたの前から姿をただ消すのです。』

と返歌を贈り返してお答えした。

小君が、源氏をとてもお気の毒に思って、眠気も忘れてうろうろと行き来しているのを、女は他の女房たちが変に思うのではないかと心配なさっている。

[古文・原文]

例の、人びとはいぎたなきに、一所すずろにすさまじく思し続けらるれど、人に似ぬ心ざまの、なほ消えず立ち上れりける、とねたく、かかるにつけてこそ心もとまれと、かつは思しながら、めざましくつらければ、さばれと思せども、さも思し果つまじく、

『隠れたらむ所に、なほ率て行け』とのたまへど、『いとむつかしげにさし籠められて、人あまたはべるめれば、かしこげに』と聞こゆ。いとほしと思へり。

『よし、あこだに、な捨てそ』

とのたまひて、御かたはらに臥せ給へり。若くなつかしき御ありさまを、うれしくめでたしと思ひたれば、つれなき人よりは、なかなかあはれに思さるとぞ。

[現代語訳]

いつものように、供人たちは眠りこけているが、源氏一人はぼうっとした感じで思い続けていらっしゃる。他の女とは違う気の強さが、やはり消えるどころかはっきり現れてきて、思い通りにならないのが悔しく、こういう女であったからこそ心が惹かれたのだと、一方ではお思いになる。しかし、女の冷たい対応が癪に障って自分が情けないので、もうどうでも良いやとお思いにもなるが、そう簡単には諦めきれず、

『隠れている所に、それでも連れて行け。』とおっしゃるが、『とてもむさ苦しい所に籠もっていて、女房も大勢いますので、源氏を連れて行くのは畏れ多いことで。』と申し上げる。小君は源氏をとても気の毒に思っていた。

『ではもう良い、お前だけはわたしを見捨ててくれるなよ。』

とおっしゃって、お側に小君を寝かせられた。若くて優しげな小君の姿を、嬉しく感じ素晴らしいとも思っているので、あの薄情なつれない女よりも、かえってかわいく思われたりもした。

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