『枕草子』の現代語訳:75

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清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『関白殿、黒戸より出でさせ給ふとて、女房のひまなくさぶらふを~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

125段

関白殿、黒戸より出でさせ給ふとて、女房のひまなくさぶらふを、(道隆)「あないみじの御許(おもと)たちや。翁をいかに笑ひ給ふらむ」とて、分け出でさせ給へば、戸口近き人々、色々の袖口して、御簾引き上げたるに、権大納言の、御沓(おんくつ)取りて、はかせ奉らせ給ふ、いとものものしくきよげに、よそほしげに、下襲(したがさね)の裾(しり)長く引き、所狭くて(ところせくて)さぶらひ給ふ。あなめでた、大納言ばかりに沓取らせ奉り給ふよ、と見ゆ。

山の井の大納言、その御次々、さならぬ人々、黒きものをひき散らしたるやうに、藤壺の塀のもとより登花殿(とうかでん)の前まで居並み(いなみ)たるに、細やかになまめかしうて、御佩刀(おんはかし)など引きつくろはせ給ひ、やすらはせ給ふに、宮の大夫殿は、戸の前に立たせ給へば、ふと居させ給へりし思ふ程に、少し歩み出でさせ給へば、ふと居させ給へりしこそ、猶いかばかりの昔の御行ひのほどにかと見奉りしこそ、いみじかりしか。

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[現代語訳]

125段

関白様が黒戸からお帰りになるということで、女房が隙間もなく仕えている所を、(道隆)「あぁ、とても美しい女房たちだ。この醜い老人をどんなにか笑っているだろうか」と、女房たちをかき分けるようにしてお出でになるので、戸口に近い女房たちが、色々な袖口を見せながら御簾を引き上げてみると、権大納言(ごんだいなごん)が関白様のお靴を取ってお履かせ申し上げている姿、とても重々しくて清らかで、下襲の裾を長く引いて、そこが狭いような身なりで畏まっていらっしゃる。あぁ、素晴らしい、大納言ほどの身分の人に靴を履かせることができる高貴な人よ、と見ていた。

山の井の大納言やその兄弟たち、その他の人々が、黒いものを引き散らしたように、藤壺の塀の際から登花殿の前まで並んでひざまずいていらっしゃるのに、関白様はほっそりとした気品のある感じで、腰に佩いた太刀の具合をお直しになりながら、少し立ち止まっていらっしゃったが、中宮の大夫様は戸口の前の所にお立ちになっていたので、大夫様は関白様の弟だからひざまずかないのだろうかと思っているうちに、関白様が少し歩き出されると、すぐにひざまずきになられたのは、やはりどれほど前世で善行を積まれた果報なのだろうかと拝見したのは、とても素敵なことだった。

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[古文・原文]

125段(終わり)

中納言の君の、忌日(きにち)とて、くすしがり行ひ給ひしを、(清少納言)「賜へ(たまえ)、その数珠、しばし。行ひしてめでたき身にならむ」と、借るとて、集りて笑へど、なほ、いとこそめでたけれ。御前に聞しめして、(宮)「仏になりたらむこそは、これよりは勝らめ」とて、打ち笑ませ給へるを、まためでたくなりてぞ見たてまつる。

大夫殿(だいぶどの)の居させ給へるを、かへすがえす聞ゆれば、(宮)「例の思ふ人」と笑はせ給ひし、まいて、この後の御有様を見奉らせ給はましかば、理(ことわり)とおぼしめされなまし。

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[現代語訳]

125段(終わり)

中納言の君が、命日ということで、真面目ぶってお勤めをしておられたのを、清少納言が「お貸ししてください。その数珠を、しばらくの間だけ。お勤めをして素晴らしい身の上になりたいわ」と、数珠を借りようとして、みんなで集まって笑ったけれど、やはりそのお勤めは素晴らしいことだ。中宮がお聞きになられて、「仏になったのであれば、関白様より優れているだろうに」と言ってお笑いになられたのを、また素晴らしいなと思って拝見させて頂く。

大夫様がひざまずきになられたことを、何度も何度もお伝え申し上げると、「例のあなたが思っている人のことですからね」とお笑いになられたが、この後の大夫様の出世をご覧になられていたならば、関白様が素晴らしいという道理を当然のものと思われたであろう。

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