清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。
このウェブページでは、『枕草子』の『ふと心劣りとかするものは、男も女も、言葉の文字いやしう使ひたるこそ~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。
参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)
[古文・原文]
188段
ふと心劣りとかするものは、男も女も、言葉の文字いやしう使ひたるこそ、よろづのことよりまさりて、わろけれ。ただ文字一つに、あやしうあてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ。さるは、かう思う人、ことにすぐれてもあらじかし。いづれをよしあしと知るにかは。されど、人をば知らじ、ただ、ここちにさおぼゆるなり。
いやしきことも、わろきことも、さと知りながらことさらに言ひたるは、あしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなく言ひたるは、あさましきわざなり。また、さもあるまじき老いたる人、男などの、わざとつくろひ、ひなびたるは、にくし。まさなきことも、あやしきことも、大人なるはまのもなく言ひたるを、若き人はいみじうかたはらいたきことに消え入りたるこそ、さるべきことなれ。
何ごとを言ひても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「なにとせむとす」といふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、やがていとわろし。まいて、文(ふみ)に書いては、言ふべきにもあらず。物語などこそ、あしう書きなしつれば、いふかひなく、作り人さへいとほしけれ。「ひてつ車に」と言ひし人もありき。「もとむ」といふことを「みとむ」なんどは、皆言ふめり。
[現代語訳]
188段
ふと劣っているように感じるものは、男でも女でも、下品な会話(言葉)の文字を使うような人は、何よりも勝って、悪いものである。ただ言葉一つで、不思議なことに上品にも下品にもなるのは、どういうことなのだろうか。そうはいっても、このように思う私が、格別に言葉遣いに優れているというわけでもあるまい。どちらの言葉使いが良いとか悪いとかをどうやって知ることができるのだろうか。しかし、人のことは知らないが、ただ、私の心で良いとか悪いとか思ってしまうのである。
下品な言葉も、悪い言葉も、そうと知っていながらわざと言ったのは、悪くもない。自分の癖になっている言葉を、隠さずに言ってしまったのは、みっともないことである。また、そんな言葉使いをすべきではない老人や男などが、わざと取り繕って、田舎びた言葉使いをしたのは憎たらしい。乱暴な言葉でも下品な言葉でも、年配の女房が気にせずに言ってしまうのを、若い女房がとても恥ずかしく思って消え入りそうな様子は、当たり前のことではある。
何を言うにしても、「それはそうしましょう」「言いましょう」「何々しましょう」という「と」という言葉を省いて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」などと言えば、とても悪い言葉使いになる。まして、手紙にそんな言葉を書いては、言うまでもなく悪いものだ。物語などになると、悪い言葉使いで書かれていると、言うまでもなく、物語を作った人さえ情けなく思われる。「ひてつ車に」と言った人もいた。「もとむ」ということを「みとむ」などと、皆は言うようである。
[古文・原文]
189段
宮仕へ人のもとに来などする男の、そこにてもの食ふこそ、いとわろけれ。食はする人もいとにくし。思はむ人の「なほ」など、心ざしありて言はむを、忌みたらむやうに、口をふたぎ、顔をもてのくべきにもあらねば、食ひをるにこそはあらめ。いみじう酔ひて、わりなく夜ふけてとまりたりとも、さらに湯漬けをだに食はせじ。心もなかりけりとて、来ずは、さてありなむ。里などにて北面(きたおもて)より出だしては、いかがはせむ。それだに、なほぞある。
[現代語訳]
189段
宮仕えしている女房の局にやってくる男が、そこで物を食べるのは、とてもみっともない。食べさせる女房もとても情けない。自分を思ってくれる女が「そう言わずどうぞ」など、心を込めて言ってくるのを、忌み嫌うように、口をふさいで、顔を背けるわけにもいかないだろうから、食べているのであろう。ひどく酒に酔って、仕方なく夜が更けてから泊まっても、湯漬けさえも絶対に食べさせないでおこう。優しい心がないといって、来なくなれば、それはそれで仕方ない。里に下がっている時に、隠して食事を出すような時は、どうであろうか。それであっても、やはりみっともないものではある。
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