『枕草子』の現代語訳:109

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『風は嵐。三月ばかりの夕暮れにゆるく吹きたる雨風~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

190段

風は嵐。三月ばかりの夕暮れにゆるく吹きたる雨風(あまかぜ)。

八、九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨の脚横さまに、騒がしう吹きたるに、夏とほしたる綿衣(わたぎぬ)のかかりたるを、生絹(すずし)の単衣(ひとえぎぬ)重ねて着たるも、いとをかし。この生絹だに、いと所狭く暑かはしく、取り捨てまほしかりしに、いつのほどにかくなりぬるにかと思ふも、をかし。

暁に、格子(こうし)、妻戸(つまど)を押しあけたれば、嵐のさと顔にしみたるこそ、いみじくをかしけれ。

九月つごもり、十月のころ、空うち曇りて、風のいと騒がしく吹きて、黄なる葉どものほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。桜の葉、椋(むく)の葉こそ、いととくは落つれ。

十月ばかりに、木立多かる所の庭は、いとめでたし。

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[現代語訳]

190段

風は嵐。三月頃の夕暮れに、ゆるく吹いた雨風。

八~九月の頃に、雨混じりに吹いた風は、とてもしみじみとした趣きがある。雨脚が横殴りに、騒がしい感じで風の吹いている時、夏を通して使った綿入れの衣が掛かっているのを、生絹(すずし)の単衣に重ねて着たのも、とても面白い。この生絹の単衣だって、とても大げさで暑苦しく、脱ぎ捨ててしまいたいほどだったのに、いつの間にこんなに涼しくなったのかと思うのも、面白い。

明け方に、格子や妻戸を押しあけたところ、嵐がさっと冷たく顔に沁みたのは、とてもしみじみとした風情を感じさせた。

九月の末、十月の頃、空が曇って、風がひどく騒がしく吹いて、黄色くなった木の葉がはらはらと散って落ちるのは、とても哀れな情感を誘う。桜の葉、椋(むく)の葉は特に、早々と散ってしまう。

十月頃に、木立の多い家の庭は、とても素晴らしい。

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[古文・原文]

191段

野分(のわき)のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀(たてじとみ)、透垣(すいがい)などの乱れたるに、前栽(せんざい)ども、いと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩(はぎ)、女郎花(おみなえし)などの上に、よころばひ伏せる、いと思はずなり。格子のつぼなどに、木の葉を殊更にしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。

いと濃き衣(きぬ)のうはぐもりたるに、黄朽葉(きくちば)の織物、薄物(うすもの)などの小袿(こうちぎ)着て、まことしう清げなる人の、夜は風の騒ぎに寝られざりければ、久しう寝起きたるままに、母屋(もや)よりすこしゐざり出でたる、髪は風に吹きまよはされて、少しうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。

物あはれなる気色に見いだして、「むべ山風を」など言ひたるも心あらむと見ゆるに、十七、八ばかりにやあらむ、小さうはあらねど、わざと大人とは見えぬが、生絹(すずし)の単衣のいみじうほころびたえ、花もかへり濡れなどしたる、薄色の宿直物(とのいもの)を着て、髪色に、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて、丈ばかりなりければ、衣の裾にはづれて、袴のそばそばより見ゆるに、童女(わらわべ)、若き人々の、根ごめに吹き折られたる、ここかしこに取り集め、起こし立てなどするを、羨しげに押し張りて、簾に添ひたる後手(うしろで)も、をかし。

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[現代語訳]

191段

台風(野分)の翌日は、とても趣深くて面白いものである。立蔀(たてじとみ)や透垣(すいがい)などが強風で乱れていて、庭の植え込みが、とても心苦しい状態になっている。大きな木々も倒れ、枝なども吹き折られているのが、萩や女郎花(おみなえし)などの上に、横になって倒れているのは、とても残念なものである。格子の目などに、木の葉をわざわざ詰めたように、細かく吹き入れているのは、荒々しい風の仕業とは思えないほどである。

とても濃い紅の衣の、ツヤが抜けたものに、黄朽葉の織物の薄物などの小袿(こうちぎ)を着て、本当に綺麗な人が、夜は風の騒音で眠れなかったので、朝遅くまで寝坊してしまって、母屋から少しいざり出ている姿が、髪は風に吹き乱されて、少し膨らんで髪が立っているのが、肩にかかっている様子は、本当に素晴らしいものだ。

しみじみとした様子で外を眺めて、「むべ山風を」などと古歌を詠んだのも、物の情趣を感じる心があるように見えるのだが、17~18歳くらいであろうか、子供ではないけれど、特に大人とまでは見えない女が、生絹の単衣にかなりのほころびが見え、薄い藍色が色あせた花が濡れたようにしっとりとしていてその上に、薄色の夜着を着て、髪は色が良くて細かく手入れされていて綺麗であり、髪の末も薄(すすき)のようにふっさりして、身の丈ほどの髪の長さなので、着物の裾よりも長くて、袴の下のほうにまとわりついて見える。そんな女が、童女や若い女房たちが、根ごと台風に吹き折られた植え込みの草木を、あちこち取り集め、起こし立てたりしているのを、羨ましそうに簾を外に押し上げ、簾にぴったり身を寄せて見ているのだが、そんな後ろ姿も趣があるものである。

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