『枕草子』の現代語訳:22

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清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

33段

七月ばかり、いみじう暑ければ、よろづの所あけながら夜もあかすに、月のころは、寝おどろきて見いだすに、いとをかし。闇もまたをかし。有明はた、言ふもおろかなり。

いとつややかなる板の端近う、あざやかなる畳一枚うち敷きて、三尺の几帳、奥の方に押しやりたるぞ、あぢきなき。端にこそ立つべけれ。奥の後めたからむよ。人は出でにけるなるべし、薄色の、裏いと濃くて、表(うへ)は少しかへりたるならずは、濃き綾のつややかなるが、いとなえぬを、頭ごめにひき着てぞ寝たる。香染め(こうぞめ)のひとへ、もしは黄生絹(きすずし)のひとへ、紅のひとへ袴の腰のいと長やかに衣(きぬ)の下より引かれたるも、まだ解けながらなめり。

そばの方に髮のうちたたなはりてゆるらかなるほど、長さ推しはかられたるに、またいづこよりにかあらむ、朝ぼらけのいみじう霧立ちたるに、二藍(ふたあい)の指貫(さしぬき)に、あるかなきかの色したる香染めの狩衣(かりぎぬ)、白き生絹(すずし)に紅の透す(とほす)にこそはあらめ、つややかなる、霧にいたうしめりたるを脱ぎ垂れて、鬢(びん)の少しふくだみたれば、烏帽子(えぼうし)の押し入れたるけしきもしどけなく見ゆ。

朝顔の露落ちぬさきに文書かむと、道のほども心もとなく、「麻生(をふ)の下草」など、口ずさみつつ、わが方に行くに、格子のあがりたれば、御簾(みす)のそばをいささか引き上げて見るに、起きて去ぬらむ人もをかしう、露もあはれなるにや、しばし見立てれば、枕上(まくらがみ)の方に、朴(ほぼ)に紫の紙張りたる扇、ひろごりながらあり。陸奥紙(みちのくがみ)の畳紙(たたうがみ)の細やかなるが、花か紅(くれない)か、少しにほひたるも、几帳のもとに散りぼひたり。

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[現代語訳]

33段

七月の時期はとても暑いので、どこもかしこも開け放したままで夜を明かすのだが、月が出ている頃は、ふと目覚めて外を眺める、その風情が美して素晴らしい。月のない暗闇もまた良いものだ。有明の月の美しさは、今更言うまでもないだろう。

とても綺麗に磨き上げた板敷の間の端近くに、真新しい畳を一枚敷いて、三尺の几帳(机)を部屋の奥へと押しやってしまったのはどうにも味気ない。几帳は端の方にこそ立てておくべきものなのに。奥のほうが気になってしまう人なのだろうか。男の人はもう帰ってしまったようだが、女は裏はとても色が濃くて表は少し色が褪せたような薄紫色の衣、あるいは濃い紅でつやつやとした綾織の糊が効いた上着を、頭から被るようにして眠っている。下は丁子染め(ちょうじぞめ)の単(ひとえ)、あるいは黄色の生絹(すずし)の単を着て、紅の単袴(ひとえばかま)の腰紐が着物の下から長々と延びて出てきているのを見ると、まだ衣が解けたままの状態であるらしい。

衣の近くに髪が幾重にも重なってうねっているから、その髪の長さが推測される。またどこからか帰っている男なのか、朝方の一面に霧が立ち込めている中から、二藍の指貫に色があるかないか分からないほどの薄い香染めの狩衣を着て、白い生絹の単が下の衣の紅色を透かして見せて艶やかな色合いに見える。その衣裳が生憎の霧に酷く濡れて湿っているのだが、それを着こなしている。鬢の毛が少し乱れていて、上から押し入れた烏帽子のかぶり方も投げやりのように見える。

男は朝顔の露が落ちないうちに、女への手紙を書き残そうとして、帰り道も気が気ではなく、「麻生(をう)の下草」などと歌を口ずさみながら、自分の部屋のほうに行っていたが、格子が上がっているので、御簾の端を少し引き上げて中を見ると、(男が帰ったばかりといった感じの女が横になっているので)朝に起きて帰ったばかりの男の心情を想像すると面白く、露の落ちないうちに帰った男に情趣を感じて、暫く寝ている女を見ていた。

枕上のあたりに、朴(ほお)に紫色の紙を張った夏扇が、広げたままで置いてある。陸奥紙の懐紙を細かく切ったのが、花色か紅色か、暗い中では定かではないけれど、少し良い香りを漂わせて几帳のあたりに散らばっている。

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[古文・原文]

33段(終わり)

人けのすれば、衣(きぬ)の中より見るに、うち笑みて、長押(なげし)におしかかりて居ぬ。恥などすべき人にはあらねど、うちとくべき心ばへにもあらぬに、ねたうも見えぬるかな、と思ふ。「こよなき名残の御朝寝(ごあさい)かな」とて、簾の内に半ば入りたれば、「露よりさきなる人のもどかしさに」と言ふ。をかしきこと、とり立てて書くべきことならねど、とかく言ひかはすけしきどもは、にくからず。

枕上なる扇、わが持ちたるしておよびてかき寄するが、あまり近う寄り来るにやと、心ときめきして、引きぞ下らるる。取りて見などして、「疎くおぼいたること」など、うちかすめ恨みなどするに、明うなりて、人の声々し、日もさし出でぬべし。霧の絶え間見えぬべきほど、急ぎつる文もたゆみぬるこそ、後ろめたけれ。

出でぬる人も、いつのほどにかと見えて、萩の露ながらおし折りたるに付けてあれど、えさし出でず。香の紙のいみじうしめたる匂ひ、いとをかし。あまりはしたなきほどになれば、立ち出でて、わが起きつる所もかくやと思ひやらるるも、をかしかりぬべし。

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[現代語訳]

33段(終わり)

人の気配がするので、女がかぶって寝ていた着物の中から見てみると、男が微笑みながら長押に寄りかかって座っている。顔を見せないほど遠い関係でもないが、それほど打ち解けて親密な関係の相手でもないので、こんなだらしない姿を見られて恥ずかしい(悔しい)と女は思った。「これは名残惜しさを感じさせるような朝寝ですね」と言って、男は簾の中に半身を乗り出して入れてきたので、女は「露が置くよりも早く帰ってしまった男がもどかしいので」と答えた。面白いことや特別に書き立てるようなやり取りではないけれど、このように気さくに言い交わす様子は悪いものでもない。

男が枕の上にある扇を、自分の持っている扇で及び腰で引き寄せようとすると、女はあまりに近くに寄り過ぎではないかしらと思って、胸がドキドキしてしまい、御簾の奥の方に身体を引っ込めた。男は扇を手に取って見ながら、「よそよそしく振る舞うものですね」などと、軽く思わせぶりな恨みごとを言ったりするうちに、辺りも明るくなって人々の声がするようになり、日も昇ってくる様子だ。霧も所々で晴れてきており、男は急いで(自分の女への)手紙を書こうと思っていたのだが、こんな所で別の女と馴れ合って道草を食ってしまったのは後ろめたいことである。

女の元から帰っていった男も、いつの間に書いたのだろうか、露がついたままの萩の枝に手紙をつけて送ってきていたが、この男がいるので使いの者が手紙を渡せずにいた。丁子染めの紙に焚き染めた香の匂いが、とても情趣を感じさせる。明るくなって体裁が悪い時間になったので、男はこの女の元を立ち去っていったが、自分が訪れていた女の所も、こんな風に意外な展開になっているのか(自分以外の男が寄り道をして声を掛けているのか)と想像するのも面白い。

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