朝に道を聞けば夕べに死すとも可なり
(あしたにみちをきけばゆうべにしすともかなり)
[意味]
朝に、人としての重要な道を聞いて悟ることができたならば、たとえ夕方に死んでも良い、それでもう心残りはないという意味である。
人としての正しい『道』を聞いて知ること、悟ることが最も大切であるという意味。
原典は、孔子の言行録を収めた『論語 里仁篇』である。
[対義語のことわざ]
酔生夢死(すいせいむし)
[用例]
学師から物事の真理について教えられたその弟子は、『朝に道を聞けば夕べに死すとも可なり』の覚悟で死地へと飛び込んでいった。
『朝に道を聞けば夕べに死すとも可なり』と『論語』ではいうが、人としての道(真理)を言葉で聞いて知ったとしても、それを世のため人のために実践しなければ『道』を知ることの意味もないのではないだろうか。
参考文献
時田昌瑞『岩波 ことわざ辞典』(岩波書店),『新明解故事ことわざ辞典』(三省堂),日向一雅『ことわざ新辞典』(高橋書店)
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